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Little by little 6話

 

 第6話
 
 
 
 「おやすみなさい。私だけの、お姫さま。」

 トキヤの優しい声は、夢だったのか、現実だったのか。




 ぼんやりと目が覚めた。
 
 頭が重い。腕が煩わしい。

 ――――――― 腕が、煩わしい?

 春歌は自分の左腕を動かした。危険を察知して段々思考がはっきりとする。目を開けると自分の左手首がベッド上部に繋がれていて、驚いて、必死に重すぎる体を起こした。

 柔らかさと厚みの無い布が手首にきりっと喰い込む。

 (手ぬぐい・・・かな・・? サラシ、みたいな感じの・・・布には違いないけど・・・どうしてこんな・・・。)

 考えながら起き上るが、力がうまく入らなくて、少ししか体が持ち上がらない。

 「っ・・・。」

 頭がどこかで鈍く痛い。
 
 そうだ。あの時も、トキヤが隣に居て目覚めたあの時も、何故か自分は部屋にCDを取りに行った後の記憶が無く、目覚めたらあの状態だった。
 こんな風に頭が痛くて、思い出せないのではなくて、思い出すモノが無い。と思ったのを覚えている。

 そしてやっと、自分の足の奇妙な感覚に気付いた。

 「・・・・!」

 身が収縮した気がした。
 ベッドに居る春歌の脚を掲げ、トキヤが口付けている。彼は、無心で春歌の脹脛を唇でなぞっていた。

 しかし起き上って、呆然と自分を見詰めている春歌に気付くと、その脚を離さず、特に何の衒いも無く口を開いた。

 「ああ、目が覚めましたか。どうです気分は。ジュースでもいかがですか。」

 この不可解な状況で、単純な日常会話を口にするトキヤに違和感しか覚えなかった春歌は、可否のどちらも返事が出来ず、黙っていた。
 その様子に、特に不満そうな顔もせず微笑を称えて、春歌の答えを待たず、トキヤは部屋を出て、少し大きめの瓶を持って戻って来た。
 
 「これ、お取り寄せで有名な林檎ジュースだそうですよ。・・・どうしたんです? そんな怯えたような顔をして。・・・ああ、大丈夫です。もう睡眠薬は入っていません。疑うなら、口移しで飲ませてあげますよ。」

 睡眠薬。
 その言葉に、春歌ははっとする。

 だがその時にはもう、トキヤに口移しでジュースを飲まされていた。反射的に飲み込んでしまう。

 兎に角、神経も体も意思もバラバラなのだ。
 春歌にとって今の自分の体は、中心が定まらない。トキヤの動作の10分の1のスピードでしか動けない、出来上がったばかりの機械仕掛けの試作中のオモチャと変わらない。

 それでも冷たく甘い果汁が、鈍く重い頭をさっきよりも少しハッキリさせてくれた。

 「一ノ瀬さん・・・。」

 春歌の硬い声での呼びかけに、トキヤが笑顔を向ける。
 その笑顔がやたら綺麗で、春歌は息が止りそうになりながら言葉を紡ぐ。

 「・・・私、あの時、CDを取りに行ったのは覚えてます。でも、そのすぐ後の記憶が無いんです・・・。気付いたら、一ノ瀬さんとベッドで寝てたんです。一ノ瀬さんとベッドに腰掛けて話した記憶が、無いんです。」

 「それはそうでしょう。君はもう、部屋に入った時にぐらついていました。CDを手に取った時には倒れ込んでしまいましたし。そのままベッドに寝かせましたよ。」

 「それも、睡眠薬・・・。」

 「ええ、そうです。起きた時、辛そうでしたね。ああいう薬は、得てして目覚めが良くない。」

 トキヤの笑顔は崩れない。

 「大丈夫、あの時も今回も、量は極少量にしてます。だから効くまでに、普通より時間もかかるのですがね。でも、本当に君はお人好しというか、2度も同じ相手の同じ手に引っ掛かるなんて・・・くくっ、ある意味、有り難い。」

 目の前のトキヤは、今までに見た事が無いほど楽しそうにしている。
 遠くを見る目で、彼は話し始めた。

 「君の可愛い喘ぎ声、私の部屋までよく聞こえてきましたよ。君は普段大人しいクセに、あの時の声は大きいんですね。」

 「っ!」

 「音也はバカですが、バカだからこそ動物的に、自分のモノを狙う敵の存在を敏感に察知出来るらしい。ある日から、君の部屋でしか会わなくなったでしょう。君の声すら、他の男に聞かせるのは嫌だったんでしょうね。同じ男として、解らないでもありませんが。」

 春歌は、これは夢なのではないか。夢ならば、どこかに目覚める入口があるのではないかと、見当違いな焦りすら感じていた。
 
 これが現実なのか。睡眠薬を飲まされるなど、テレビや小説でしか見たコトがない。自分にはそんな世界は関係ないはずだと焦れていた。

 「君が夕飯に誘ってくれた時、音也が忙しくてすれ違っているのだろう・・・と察しはつきました。一瞬迷いましたが、君の方から来てくれた以上、これはチャンスだと思いましたね。」

 喋り続けるトキヤは、昔と変わらないトキヤのはずなのに。
 怖いのだ。怖くて後ずさる事も出来ない。


 「どうして音也などと・・・ずっと、そう思っていましたよ。だから、君と音也の心が少しでも離れれば、数日で君の心を私のモノにする自信はありました。だからどうしてもその間、連絡を取って貰う訳には行かなかったんですよ。すぐバレるかと思ってましたが、存外、君は音楽以外に頭が働かないらしい。本当に助かりました。」

 「どうやって・・・。」

 「簡単です。」

 笑顔のままトキヤは続ける。

 「あれだけ暗証番号は他人に推測されにくいものに、と警察や携帯電話各社が声高に訴えてる中、本当に君は・・・。お陰で、2度目の入力で簡単にロックが外れました。盗聴器を仕掛けてケータイの暗証番号を探していたら、もっと時間を取られるだろうと思っていましたが、嬉しい誤算でしたよ。」

 「盗、聴器・・・?」

 「・・・本当に呆れますね。まぁ、そんな所が可愛いですよ。君、昨日ホテルで私が随分タイミング良く現れたとは思いませんでしたか? 朝、君が事務所に電話してたの、全部聞かせて貰ってたんですよ。早朝から撮影したからって、ホテルで部屋まで取って仮眠する程、私はヤワじゃありませんよ。というよりまぁ、あの日の私の撮影は早朝からでは無く、昼過ぎからでしたけどね。」

 「そ、んな・・・。」

 俄かには信じられない。そんな表情の春歌を見て、彼はふっとまた微笑する。春歌は、縋るような声でトキヤに言った。

 「そんなの嘘です。だって、一ノ瀬さんずっと優しくしてくれたじゃないですか。あの時だって、ただ寝てただけで何もしてないって、そう言ってたじゃ無いですか。」

 「それこそ嘘ですよ、そんなの。」

 「な・・・!」

 「ああ正確には、君とは何もしてません。君は寝ていただけですから。共同作業という論点で言えば、君とは何もしてないという言い方に間違いは無いでしょう。だから、音也にああ言ったのも嘘ではないですかね。私が一方的に、君に色々しただけですから。」

 意味が判らないという顔をする春歌の髪を、トキヤがそっと指で梳いた。

 「あの晩、君はぐっすり寝てましたよ。本当に可愛い寝顔だった。思わず服を脱がせて、体じゅう舐め回してしまいました。・・・勿論、ココも。」

 いきなり脚の間に手を入れてきたトキヤに驚いて揺れた春歌の体を、逃がすまいとトキヤが抱き寄せる。

 「君の全身を味わいつくして、その後、君の柔らかい太腿や、眠っていてもいやらしく天辺を尖らせていた胸に挟ませてもらいました。私の唾液と先走りでちゃんとぬるついて、気持ち良すぎて沢山出てしまった・・・。折角ですから、出したもの全部、君の体に塗りつけてあげましたよ。興奮して一度では収まらなくて、2回もしてしまって、2度目に出した分は、入口に塗ってあげました。あまり中まで指を入れて、目を覚まされても困りますからね。」

 怖くてその場面を想像できず、春歌はガチガチに体を強張らせた。
 ぬるりとした粘着性を帯びた氷が、体をざぁっと這うような恐怖感で走り抜ける。
 
 トキヤが、どういうつもりか、そんな背中を優しく撫でる。

 「全身私の精液に塗れた君を、ずっと見ていたかったんですが、バレると困るので、ちゃんとお湯で綺麗に拭いてあげました。私はね、力づくでは無くて、君の方から望んで私の所へ来てほしかったんです。だからあの時も、犯す事はしなかった。君が自分から、私を求めてくれるのを待ちたかった。跡を残さないように君の体で果てるのは、なかなか自制心が要りましたよ。何度吸いつきたい衝動を抑えた事か・・・。バレなくて良かったです。随分念入りに、音也は君の体を確認していたようですからね。」

 「まさか、あの後の、私と音也くんの・・・。」

 「ええ、全部聞かせて頂きました。音也の激昂振りは面白かったですよ。私は中に入れたりはしてないのに、必死に君の体を探ってましたね。綺麗に拭いてあげておいて良かったです。あの時点でバレたら、計画はそこで終わってしまいますからね。」

 「・・・・。」

 怖い。
 春歌の頭をその感情が占める。

 「君も、やっと私の方を向いてくれたと思ったのに・・・。折角少しずつ、君の気持ちを私のモノにしていくのが、上手くいっていると思ったのに・・・。まさか、ゆうべ音也があんな行動に出るとは思いも寄りませんでした。日向さんが居るからすぐに乗り込んで来られない筈だという事も、ちゃんと計算してあったのに。・・・全く社長が予想外の行動をしてくれた所為で・・・。」

 余程忌々しいと思っているようで、トキヤは初めて顔を顰めて軽く舌打ちをした。

 「君が、音也に引っ張られて私の手を離した時、どれほど私がショックだったか、判らないでしょう。」

 春歌は言葉も出ず、トキヤの顔を見た。

 「こんなに好きなのに。君が嫌がるコトをするのは可哀想だと思って、無理矢理犯しもせずに、ずっと、少しずつ君の心が向くのを待っていたのに。君は私を受け入れながら、私に甘えながら、結局最後は音也の手を取った。」

 トキヤは既に笑顔では無かった。
 春歌は後ずさる。だがここはベッドの上だ。後ろなど、無い。

 「あんな男のどこがいいんです!? 空気の読めない、頭の悪い、あんな男より、私の方が絶対に君を・・・!」

 「いやぁ!」

 乱暴に押し倒され、春歌は悲鳴を上げた。
 左腕が自由にならない。多少振り回す事は出来るが、所詮繋がれていて、逃げ出すのは不可能だ。それが益々恐怖を濃くさせる。

 「そう言えば、ここ、触られて感じてたようですが。」

 トキヤの指が、春歌の尻へ回る。
 咄嗟に全力で逃げようとしても、腕がベッドから離れない。

 「・・・やめて・・・!」

 「音也は指だけで済ませてくれたようですが、私は君のすべてが欲しい。もうこれからは、君は私のモノです。それを思い知らせてあげましょう。」

 「いやぁあああ!」

 どこにあったのか冷たい何かを窪みに塗り込められた。
 春歌にとって、それが何かはどうでも良かった。何を置いても逃げたくて、必死で手を縛る布を解こうと焦った。押さえ付けられても尚足掻く春歌に圧し掛かったトキヤは、いきなり無言で、硬く反り返った自身をそこへ無理矢理突き入れ捩じ込んだ。

 「ひぎぁああああああああ! 痛っ、痛いぃい! 抜いて!抜いて!痛いっ、痛!」
 
 今まで経験した事の無い有り得ない程の強い痛みで、息も絶え絶えに絶叫する春歌の口を片手で塞ぎ、トキヤはお構いなしに前後に擦りあげた。

 「うるさいですねっ・・・。声など出さずに、私が君のコチラの初めてを貰っているのを実感して下さい。痛いですか? その方がいい。痛ければ痛い程、君の中で、私の記憶がより強く残る・・・!」

 あまりの悲惨な痛みに、春歌は体を動かすことが出来なかった。
 全神経が非常事態宣言を出し、完全保守に切り替わる。入って来たものを自分の意思で追い出せない以上、ただただ、痛みが早くなくなるのを待つしかないと判断し、出来る限り痛みを拾わないよう、歯を食いしばり、じっと息を潜め動きを止めた。

 トキヤが、そんな春歌を見て目を細める。
 
 「無駄なコトを。どうせもう、2度と私以外の男に抱かれる日など来ないのですから、素直に快楽を追求した方が得ですよ・・・しかし。」

 ずるりと抜き切る寸前まで動かされ、春歌の喉が攣る。
 ギリギリと噛んだ奥歯が欠けそうに軋む。
 
 「初めては確かに痛いでしょうねえ。君の体に、これでしっかり刻まれる。私に犯されたこの痛みが・・・。」

 「ぅあああ、やめっ、やめてくださっ・・・痛い、痛いいいっ。」

 「やめてほしいですか?」

 トキヤが耳元で、吐息で囁いた。
 
 「・・・ぅう。」

 「いいですよ。止めてあげても。ただし、音也と別れると、今ここで私に約束するなら、ですが。」

 「そ、んなっ・・・。それは・・・許して・・・お願い・・・お願いですからっ。」

 「そうですか・・・。こんな簡単な条件にもすぐ頷けませんか。交渉決裂、どうぞ泣き叫んで下さい。君の泣き顔は興奮する。そうですねぇ、ああは言いましたが、案外黙って耐えずに泣き喚いた方が、私を煽って早く終わるかもしれませんよ、ふふっ。」

 ずずっと、また奥までトキヤの熱い塊が入ってくる。
 春歌は痛みで失神寸前だった。声すら喉が痛みに引き摺られて上がらないのだ。

 「やめっ・・・くうっ・・も、やめて・・・!」

 「私もキツイですよ・・・。さっさと動かしてイかないと、私が困る。」

 「やめて、やめて! もう動かさな、で・・・ お・・お願い、します・・・。音也くんと、別れるのだけは、どうか・・他のコトならっ、一ノ瀬さんの言う事、聞きますから、だからっ。」

 シーツに顔を押し付け、流れる涙をそれに吸い取らせながら、春歌は強烈な痛みに心を折られてトキヤに懇願した。
 涙の染みがどんどん広がるシーツを見たトキヤが、満足げな息を吐いた。

 「もっと泣きなさい、ほらっ! 」

 「きゃあああ! いやぁあ痛いいい!」

 「泣いてる君を、もっと滅茶苦茶にしてあげます。君を犯し尽して、音也と別れると、君の口から言わせてみせます。私以外の誰にも満足できないように、私以外を求めなくなるようにしてあげますよ!」

 
 手を伸ばしても、多分今掴めるものは地獄。
 
 脳裏に音也の優しい笑顔が浮かび、どんな理由であれ彼を裏切った自分を責めながら、春歌は半分気を失った。

 
 

 

 

 
              To Be Continued・・・
 
 
 

 

 

 

 
 

 

Little by little 最終回

 

 最終回



 
 長時間ぐったりと動かない春歌を、トキヤはそっと寝かしておいた。

 所詮左手一か所だけでも繋がれているのだから、逃げられないだろうと思っているのか、少し経つと、仕事があるからと言い残し、部屋を出て行った。

 痛くて痛くて、寝返りを打つのも辛く、春歌はただベッドで毛布にくるまりじっとしていた。
 どうやってココから逃げようか。大体、ココは何処なのだ。

 ココは、最初に訪れたトキヤの部屋ではない別の場所だ。一体どこなのだろうか。彼は、どうやって自分を運んだのだろうか。ぼんやりと疑問が浮かび、消える。時間も解らない。カーテンは閉められているが、外は既に夜のような気もした。

 夜だと思ったせいなのか、春歌はそのまま眠ってしまった。
 

 目が覚めても、トキヤは帰っていなかった。
 下半身の痛みはほとんど取れ、春歌はベッドから起き上った。だがベッドから3歩ほど歩いただけで、ぐっと手首を引っ張られる。窓にも近寄る事ができない長さで繋がれていた。

 部屋にはベッドと、小さなチェストがあり、その上に、ミネラルウォーターが置かれていた。
 しかし、睡眠薬の事が気になって、それを飲む気になれなくて、春歌は仕方なくまた白いシーツに座り込んだ。

 (一ノ瀬さん・・・いつ帰ってくるんだろう・・・怖い・・ここがどこかも判らないのに・・・。とにかく早く帰って来てくれないと・・・。)

 
 音也は、ゆうべきっとメールをくれただろう。着信拒否を解除したから、音也からのメールは届くはずだった。
 しかし、携帯電話もどこにあるのか、自分の荷物がこの部屋に見当たらなかった。

 (音也くん・・・。)

 悲しみで涙が止まらない。
 自分は、迂闊だったのだ。トキヤの言うとおり、たまに疑ったのに、警戒心が少ないまま訪れてこんな目にあっている。だけどどうして、友達を疑える?

 友達だと思っていたのは自分だけだったのかと呆然とする。
 知らなかった自分のそれが罪で、これが罰なのかとまた涙が溢れ出る。

 目覚めてから大分経ち、泣きやんでもココがどこか判らなくて、様々な不安を春歌が大きくしていた頃、やっとトキヤが帰って来た。

 「ただいま帰りました。おや、起きていたんですね。今起きたんですか?」

 「一ノ瀬さん・・・!」

 トキヤの顔を見た途端、咄嗟にベッドから立ち上がった春歌を見て、トキヤがはにかんだように微笑んだ。

 「私の帰りを待ちわびていた・・・という感じですね。そんな君が見られるなんて。イヤでも君を置いて仕事をしてきた甲斐があるというものです。」

 待ちわびていた理由が、あなたの都合のいい想像と、私自身の理由と大きな違いがある。
 春歌はそう言いたかったが、何をされるか判らなくて、口を噤んだままでいた。

 「あの、一ノ瀬さん・・・。」

 「ああ、心配でしたよ・・・君がどこかへ行ってしまうかもしれないって・・・。良かった、早く帰って来れて。」

 心底安堵したように柔らかく自分を抱きしめる腕に優しさを感じながら、だけどそれはまやかしなのだと心をきりりと固くし、とにかく自然に、この異常な状態の中でも努めて自然に事が運ぶよう、春歌は何気ない雰囲気を精一杯装ってトキヤに切り出した。

 「あの・・・これ、外してほしいんです。逃げませんから、・・・お手洗いに、行きたくて。どこですか? 部屋を出ないと無いようなんですけど・・・。」

 「ああ。」

 恥ずかしさから、最後の方は消え入るような声になってしまったが、トキヤはあっさりとそんな返事をしてくれた。
 ほっとした春歌の顎を指でくいっと自分に向けたトキヤが、笑顔で言った。

 「ここでしてもイイですよ。」

 「・・・は?」

 「どうせシーツも洗うんですから、構わないでしょう。それに、ココに長居する訳ではありませんし、問題ありません。」

 「何を言って・・・イヤです、そんな、逃げませんから、だから。」

 「逃げないと言う保障が、どこに? 私はそんなに人を信用してませんのでね。」

 泣き顔で首を横に振る春歌を見て、トキヤは益々嬉しそうにする。

 「どうしたんですか。可愛いですね。甘える子供みたいですよ。いいでしょう、どうしてもお手洗いにと言うのなら、私のお願いも当然、きいてくれますよね。」

 「お願い・・・。」

 「ええ、音也と別れて下さい。君の口からハッキリ音也に告げてほしい。簡単な事でしょう。君はもう私のモノです。他の男と繋がりを持っているなんて、不道徳極まりない。」

 彼の要求は昨日から変わらない。
 受け入れるまで、この壊れた世界は延々と続くのだと、春歌は目眩で頭の中心が霞む。

 「・・・一ノ瀬さん・・・卑怯で、す・・・。こんな、私を動けなくして、そのせいで困ることと引き換えに、そんな・・・!」

 「言ったじゃないですか。」

 トキヤは笑顔のまま笑った。

 「あのとき言ったはずです。私は卑怯でいいと。人から何と呼ばれようと構わない。君が居るのなら。・・・でも、もう今は、私が望むのは君が居る世界では無く、君が、私のモノで在る世界だ。それであれるなら、私は卑怯で構わない、寧ろそれも賞賛だ。愛する女性と一緒に居る為に、どんな侮辱も受けますよ。」

 強い揺るぎない決意というのは、人に伝わるらしい。
 春歌は、場面さえ違えば感動するだろう経験を、絶望の淵でしていた。今の彼に、正攻法で何を言っても無駄だと悟る。

 「・・・わかりました・・・だから、解いて下さい。」

 「え?」

 「別れます・・・だから、お願い。解いて下さい。お風呂にも入らせて下さい。お願いです・・・。」

 俯いたまま、春歌は小さな声で言った。
 本心では無かった。
 ただ、何とかこの場をやり過ごそうと思ったのだ。

 生理現象の解消もしたかったし、汚された体を何とか身ぎれいにしたいという気持ちだった。
 大体が、何をするにもまずこのベッドから離れない限り前へ進めない。嘘をつくのは何とも気分の悪い行為だったが、今のトキヤに真っ向話し合っても無駄だと身にしみていた。
 
 トキヤは少しの間、じっと春歌を見詰め考えていたが、いいでしょうと呟くと、手首に巻きついていた布をハサミで切ってくれた。

 うっ血した手首をもう一方で庇い、春歌は、トキヤに背中を押されながら部屋を出た。

 「ソチラがバスルームです。ユニットバスで狭いですが、我慢して下さいね。・・・ああ、髪を洗いますか?」

 「え? え・・・ええ、はい、そうしたい、です・・・。」

 思ってもみなかった質問に、驚きながら返事をした。
 トキヤは少し笑って

 「そうですか。では、乾かすのは私がしてあげましょう。君の髪、とても好きなんですよ。君の濡れた髪、見てみたい。だから、髪は乾かさずに部屋に戻ってきて下さいね。」

 よくわからない違和感で、春歌は返事が出来なかった。
 彼が何を考えてるのか、まったくもって見当がつかない。常識では考えられないような真似をしながら、まるで初心な初恋を前に頬を染めるような、微笑ましい望みを口にする。

 バスルームのドアを閉め、トキヤの足音が遠ざかったのを確認すると、春歌は急いで用を足し、洗面所の棚を漁った。
 無駄だと分かっていても、そうせずにはおられなかった。もしかしたら、自分の携帯があるかもしれない。何か、ここから逃げ出すのに何か有効な物があるかもしれない。トキヤの目がないうちに、探さなくては、と。

 だが、バスルームにあったのはタオルと石鹸、シャンプーと、使い捨ての歯ブラシのセットだけだった。
 窓もなく、外の様子も確認する事は出来ない。

 先程部屋の外へ出た時、このバスルームの入り口から見えるすぐに、玄関があるのが判った。
 このバスルームを出て、閉じ込められていた部屋を真っ直ぐ通り過ぎれば、この空間から出られるというのは判った。そんな些細な事実でも、今まで目の前すら闇だった春歌にとっては救いだった。

 シャワーを浴び、髪を洗いながら、春歌は必死に考えていた。

 玄関のドアは、内側から開ければ間違いなく開くだろう。
 裸でも飛び出した方がいいのではないか。だが、土地勘も無いかもしれない土地で、もしかして誰にも逢わなかったら? 大体、裸で飛び出した若い女などという怪しい相手を、誰が助けてくれる? 頭がおかしいと思われないだろうか。
 
 それどころか知らない土地で、迷って走ってる間にトキヤに追いつかれてしまったら?

 そんな事になったら次は、あの比では済まないような酷い目に遭わされるのではないのか・・・。
 
 考えている間に、春歌は久し振りに浴びたような気がするお湯の温かさにほっとしてもいた。そして、髪を乾かしたいと言うトキヤの言葉が、頭の片隅から離れなかった。

 結局言われたとおりに、春歌は用意されたバスローブを羽織って、濡れた髪のまま先程の部屋へ戻った。

 トキヤは、ベッドにごろりと横になっていたが、春歌が戻ってきたのを認めると嬉しそうにほほ笑んで起き上り、春歌を自分の膝の上に座らせた。
 
 ベッドが軋む音がする。
 
 「嬉しいですよ。私の言った通りにしてくれて・・・。濡れた髪の君も、可愛らしい。もう少し、水分を取ってから乾かしましょうかね。」

 そう言いながら、春歌の髪をタオルで丁寧に拭いてくれる。
 何を言ったら外に出やすくなるか。それだけを考えている春歌は迂闊に口を開けず、黙ってトキヤのされるがままになっていた。だが、

 「ここは、一時的に用意したレンタルルームです。明日には、寮に帰りましょう。」

 トキヤのその言葉を聴いて、春歌は驚いた。

 「明日寮に帰って、音也にキッパリ別れ話をして下さい。そうしたら、私の部屋で過ごすようにすればいい。君の部屋はあのままにしておけば済む事ですし。取り敢えずの日常に必要な物だけを私の部屋に置いておけば、別にすぐに取りには行けるのですし・・・。」

 髪を拭いていた手を止め、ドライヤーを動かし出しても、トキヤは淡々と話続けていた。
 温風の吹き出す音がやかましくて、時々トキヤの声が途切れるが、距離が近すぎるせいもあって何を言っているのかは理解できた。

 ごおごおと、感触の割に大きくは無いドライヤーの無機質な機械音が、春歌の尖った神経を渡って行く。
 
 帰れる。

 春歌にとって、それはこれ以上ない願いの成就だ。この異様な部屋から出られる。愛する音也の元へ帰れる。

 別れ話をしろ。とトキヤは言っているが、そんなものは音也にさえ逢えれば、きっと音也が自分を守ってくれる。それが確信できる。寮に戻れさえすれば、全てが解決するに違い無いと、春歌は明日に希望を見出せた。

 髪を乾かし終えて、トキヤがドライヤーを止めた。
 丁寧にもう一度櫛を入れ、神妙な手つきでいつまでも春歌の髪を撫でるトキヤに、相変わらず何も言えないまま春歌は座っていた。

 明日には帰れるのだ。それが心に晴れ間を見せる。
 自分はトキヤに、今からもう一度抱かれてしまうのだろうか。でも、それでも構わない。良心が痛まないと言ったら嘘になるが、正直に無理矢理で逃げる術がなかったと訴えれば、音也のもとへ戻れたなら理由をきちんと話せば。


 「何をぼんやりしているんです? 何か考え事でも?」

 トキヤが、春歌の目尻に唇を触れさせながら問う。

 「あ、いえ・・・。」

 咄嗟に身を固くする。昨夜の一件が嫌でも細胞に刻まれている感触として蘇る。痛い。怖い。それが恐ろしい。春歌は記憶で頭痛がした。

 「さぁ、綺麗にして、準備できましたね。」

 「?」

 やおら立ち上がったトキヤを春歌はぼんやり見上げる。

 「職業柄、指に着けてあげられなくて、それだけは申し訳ないと思います。でも、長めのチェーンに通して、普段は見えないように首にかけておきますよ。」

 言いながらまた春歌の手首を、さっき結んでいたものと同じだと思われる布で、ベッドの上部に縫い付けていく。
 
 「あ、や、やめて下さい・・もう逃げないから、縛らないで、お願いです。」

 「判らない人ですね。私はそんなに人を信用していないのですよ。」

 「逃げません、逃げませんから! お願いです。手が、痛いの・・・もう痛いのは、お願いだからやめて下さい・・・逃げませんから。絶対に。痛いのはイヤです、怖いのも、もう、やめて・・抵抗しませんから・・言う通りにしますから・・・だから。」

 既に泣き出しながら、それでもゆっくりとトキヤに向けて、春歌は両脚を拡げて見せた。

 「一ノ瀬さんの気が済むまで、していいですから、だから、縛らないで・・・痛いのは、怖いのは、イヤです。お願いです。」

 トキヤは少し呆気にとられていたようだった。
 そして、軽く吹き出した。

 「君は面白いですねえ。まぁ確かに、君をもう一度抱きたいとは思っていますが、でもまぁそれは後です。今は、その為に縛り付けた訳ではありませんよ。君の為に、そうしたんです。少しの辛抱ですよ。」

 そう言って、何やら荷物を取り出す。
 春歌は訳が判らず、ただ不安でトキヤを見ていた。

 「これ、綺麗でしょう。」

 トキヤが、じっと自分を見ていた春歌の目の前に、キラリと光るものを差し出した。

 「・・・?」

 「私のはこっちです。君とお揃いだと思うと嬉しくて・・・。」

 そう言って、同じ形をしたそれをチェーンに通したものを、自分の首に架けた。チェーンが長い為、洋服に隠れてトップの部分は見えなくなる。

 「リング・・・? 指輪・・?」

 春歌は、結婚しましょうと言ったトキヤを思い出した。またぞっとする。結婚指輪を左指に嵌められるのだろうか。その為に、この腕を避けられないように固定したのかと怒りにも似た悲しみが沸く。

 だがトキヤとの次の会話が、春歌のその気持ちを揺らすどころか、ぐしゃりと握り潰し塵にした。

 「残念ながら指輪では無いんです。私も、本当は君の指にエンゲージリングを送って、自分もお揃いのモノを指に付けたい。でも、流石にそれはムリです。事務所が許しませんよ。だから、ピアスにしました。」

 「ピアス? え、いや、です・・・。耳に穴を開けるなんて・・・。」

 「いえ、穴を開けるのは耳ではありませんよ、これはインナーラヴィアピアスですから。耳につけるものではなく、ココに、つけるものなんですよ。さっきから言ってるじゃありませんか、人目には見せられないって。」

 そう言って、春歌の小陰唇を引っ張った。

 「えっ・・・・・。」

 一瞬、思考が停止する。
 目の前のトキヤも何もかも、数えられない早さの秒数でリアリティを失った。自分が確かに存在するこの部屋の重力が消えたかのような、そんな錯覚に陥るほど、彼の言葉と現実が噛み合わせられない。

 「心配しなくていいですよ、インナーラヴィアはね、治りも早いんだそうです。穴を開けるのは一瞬で終わりますし。」

 春歌の性器の襞を引っ張りながら言うトキヤが、春歌のそこに顔を埋め、舌でクリトリスを剥いてペロリと舐めた。

 「んあっ。」

 突然の刺激に反応して仰け反る春歌の太腿を抑え、ねっとりと舌を這わせて舐める。イヤでも反応し、声を洩らしてしまう自分を消してしまいたくて、春歌は自由になる方の手で必死に口を覆った。

 「声、ガマンしなくてイイんですよ。ココには、君と私の2人しか居ません。君のココ、本当に可愛いですね・・きっと似合いますよ、このキラキラ光るのが・・・。ほら、感じて下さい。指を入れてあげましょうね。掻き回されるの、好きでしょう。」

 「あああ、イヤ、あっ、あっ。」

 舌で濡らされて潤ったトコロへ指を入れ抜き差しされ、春歌は溜まらず声をあげた。
 充血して膨らんだ芽を舌で嬲られ、指で膣内を掻き回され、気持ちとは裏腹にだらだらと嬉し涙を流す下半身が恨めしく、しかしその感情すら快感に消える。

 このままでは、ピアスを付けられてしまう。それだけはイヤなのに、ぐるぐると自分の全身を高速で回転する快感が、抵抗を消して正常な判断力を奪っていく。

 「ああ、すごい・・・溢れすぎですよ・・・そんなに気持ちイイですか。好きなんですねえ、君は。」

 トキヤがそう言って、ちゅうっと芽を吸った。

 「ひぃいいいっ、ダメえっ、ダメです一ノ瀬さんっ、ダメええ!」

 春歌が頭を振りながら大きな声をあげたその時、がしゃんという機械音と、そして自分の体を、確かに振動が貫いた。

 「――――――――――――え。」

 声が引く。
 息が、止った。

 しかし次の瞬間、かりっと軽くクリトリスに歯を立てられ、春歌は痛みにも似た衝撃的な快楽に声も出せないまま気をやった。指先に力が入らない状態で腰を強張らせ背を浮かせ脚を突っ張る春歌を見て、確実にイったのだと認識できたトキヤは手早く自分の服を脱ぎ、春歌の体に欲の杭を一気に埋め込んだ。

 「あああああああっ! ああっ、ああああ。あっ!」

 「・・・っ、は・・ぁ、ギチギチです、ね、中が・・・すごい・・・。」

 「あんっ、あ、あん、ああん。」

 「ふふっ、声も、上手く出ませんか・・。イってすぐ、まだ意識がイったままの時に挿れられる気分はどうです? 堪らないでしょう。快感の津波に2度も呑まれる訳ですからね・・・ものすごいですよ、君の中・・・ああ、こんなに気持ちがイイなんて、もう、絶対君を手放せない。君無しじゃ、私は居られない・・・。」

 強引に口を吸われ、舌を食べられそうに口内を襲われる。
 敏感な芽を嬲られて絶頂し、その天辺から戻り切らぬうちに熱く太いモノを挿入されて再度気を遣り、更に舌を、唇を蹂躙されたせいで、春歌は完全に快楽の沼で溺れ、今や何とか沼底へ沈んで息絶えぬ様に必死でトキヤにしがみついている有り様だった。

 されるがままに揺すられ、春歌の頭の中には何の景色も思惑も無かった。ずんずんと自分の中心を強く穿つトキヤの熱い欲だけが、春歌の神経全てを支配していた。

 何も考えられない。何も浮かばない。ただ気持ちが良くて、気持ちが良いと思う自分が怖くて、そして、それすら快楽に呑まれ真っ白になる。

 「あ、あ、だめ、だめもうダメっ、もうだめえええ!」

 「何が、んっ・・・ダメなんです・・? 何度でもイケばいい。私のモノが気持ちイイんでしょう、たくさんあげますから、どんな顔でイクのかを見せて下さい・・・これからずっと、毎日何度も愛し合うんですから・・・。」

 トキヤは狂ったように春歌の首や胸に噛みつき、春歌は歯を立てられ強く吸われる度に、ひぁああ! と痛みに声を大きくあげた。固く尖った胸の先にがりりっ、と歯を立てられた時は、トキヤの背中を引っ掻いて絶叫した。

 「中にあげましょうね・・・たくさん、たくさん君の中に出したいんですっ・・・!」

 「あ、や、だ、ダメ、ダメです、中はやめてっ!」

 残っていた僅かな何かで反射的に中に出されるのを拒んだ春歌の言葉は、しかし春歌をぎゅっと腕に抱きながら口を塞ぎ、腰を大きく戦慄かせたトキヤの耳には届いていたのかいなかったのか、いずれにせよ何の抑制力にもならず、あっという間の情交が終わった。

 

 少し経ち、冷静さを取り戻した春歌が、自分の腕の布を解くトキヤに気付いた。
 意識が半分飛んでいたのだと思う。トキヤの荒い息だけを数分、聞いていた。

 春歌の頬にキスを落とし、トキヤが、仰向けでぐったりしたままの春歌の尻を持ち上げ、下半身をぐっと上半身の方へ折り曲げた。

 「え、あ!」
 
 くの時に折り曲げられて腹部が苦しい。相手の眼前に秘部を晒す格好になり、春歌は恥ずかしさでかっと熱くなり、いやだと抵抗し身を捩る。
 その時、その晒された秘部に違和感が走った。自分の動きが止る。

 「・・・・・・・・。」

 ゆっくり、目を開けて見る。

 トキヤが、笑顔なのが判った。

 「見えますか?」

 「・・・・・・・・。」

 トキヤが小指を通して、金色に光る輪を引っ張る。水分で濡れて光るその小さな輪が、自分の秘肉の一部を貫通しているのだとハッキリ視認したその時、春歌は目を見張った。

 「なっ・・・あ、まさかさっきの、いや、いや! いやああ!!!」

 さっき、何か軽い、でも確かな衝撃が体を走ったと感じたのは、これだったのだ。
 
 トキヤは快感で春歌の神経を一瞬余所へ逸らし、その隙に体に穴を開けたのだ。恐らくピアッサーの類で開けたから、あの金属音だったのだ。そして音と共に自身に起きた違和感が何かを春歌に確かめさせる暇を与えない為に、挿入までコトを進めたのだ。

 臍の下、茂みの下にある割れ目からはみ出す薄い肉襞が、通された輪をトキヤの指に引っ掛かける事によって伸ばされる様が堪らなく惨めで、見た事もない罰だと思えた。

 「いやあ外して! いやあ、イヤア!!! いやあ!!」

 半狂乱になって泣き出し暴れる春歌を、トキヤが上からぐっと抑え付ける。

 ぱあん!

 「きゃああっ!!」

 ひどく大きな音がした。尚も暴れる春歌の尻を、トキヤが思い切り打ったのだった。

 「あ、あ、あ、あ・・・」

 混乱と恐怖と痛み。
 言葉も出ず、怯えきって泣きながら体を震わせ自分を見る春歌に向かって、トキヤは静かに言った。

 「あまり君に酷いコトはしたくないんですよ。じっとしていて下さい。言っておきますが、それは自分では外せませんよ。ヘタに外そうとすると化膿して大変だと聞きました。大丈夫です。1週間ほど私がキチンと、化膿しないように処置をしてさしあげますから。君も、痛いのはもうイヤでしょう? 化膿させたりしたら、刺激しない為に、また昨日のようにコッチで私の想いを受けて頂く事になってしまいますよ・・・いいんですか? 君、コッチは随分痛がっていたじゃありませんか。どうせ私に愛されるなら、気持ちイイ方が良いでしょう?」
 
 トキヤの顔は冷静で真顔で、それが余計に春歌の恐怖を倍増させる。

 「明日、帰りますからね。音也にちゃんと逢って下さいね。出来ますよね?」

 出来る訳が無い。

 この体で、どうやって音也に逢えるものか。万が一にでもこの体のこんなものを彼に見られたら、自分はその場で死にたい。

 「出来ますよね?」

 トキヤが疑問符を念押しする。

 出来ない。出来ない。出来ない。出来ない。そんな事は絶対に出来ない。春歌の錯乱した頭にはそれしか浮かばない。
 さっきまで地獄だったこの部屋に、一生閉じ込めておいてほしいとこんなにも心の底から願う事になるなどと、一体誰が予測できようか。

 トキヤが、わああああと声をあげ泣きじゃくる春歌の体を抱きしめる。
 
 抱き締めるトキヤの腕は、自分を奈落へ引き摺り込む。今更それに気付いた春歌に逃げる道は無かった。
 春歌の額に、瞼に唇を落し、髪を、耳を、首筋を、ゆっくり指先で繊細に撫でながら、執着心の悪魔が優しく囁いた。
 
 「それとも、このままずっと音也に、いいえ、誰にも逢わずに、私の為だけに存在するというのなら、それはそれで、ちゃんと用意がありますよ・・・君が選べばいい。私は強制しません。君の望みを叶えてあげたい。だって私が望むのは、君が自ら望んで、私のもので在り続ける世界ですから・・・。」

 
 この悪魔は、少しずつ少しずつ、自分の欲求を高くしていっていると、春歌は思った。
 今に自分は、自ら望んで彼の愛を乞うようにされる。たった一人の愚鈍な女の為に行うプロパガンダなど、この男には容易い。
 
 じんじんと、針で貫かれた一点が鈍く熱く疼く。通された輪で悪魔に繋がれた自分の行き先が見えない。
 優しい恋人の顔が思い出されて、涙が溢れた。溢れた涙が悪魔に飲まれ、彼の喉はそれを甘露に変える。

 
 「愛してますよ・・・。君の涙も、全部、なにもかも・・・。離さない。」

 
 それが真実かどうかではなく、それだけが現実なのだと、春歌は色が消えゆく部屋を見ながら嗚咽し、崩れ落ちた。






            

                      fin





 
 

 
プロフィール

みるくあずき2

Author:みるくあずき2
成人。
主婦。母。妻。嫁。娘。事務員。など。

本家ブログはアメブロ
http://ameblo.jp/milk15azuki
にて、乙女ゲームレビュー(感想・攻略? 雄叫び、乙女向けCDも愛聴)を書き綴っております。

乙女ゲ歴というかゲーム歴4年。
妻となり母となって大分経ってから見つけた趣味なので、遅咲きです。
遅咲きの狂い咲きってヤツですね。

本家ブログは只今リアル絶賛多忙中の為に気紛れゆるゆる更新です。コチラは元々気の向くままに進めています。

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宜しくお願い致します。

只今うたプリだと トキ春 嶺春 蘭春 音春を筆頭にカミュ春や翔春、真春、レン春もございます。R18、オールNLとなりますので宜しくお願い致します。

だけど最近プリンスよりも先輩とかヘヴンズが好きだったり・・・。

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