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Russian roulette 最終話

 


 Russian roulette
      vol.10 最終話








 あの番組は、トッキーがメインなんだよ。

 僕がメインだと思ってた?
 違うよ。君、ちゃんと台本読んだ?
 
 事務所の年功序列で、っていうか、まぁ芸能界なんてそうなんだけど、ぱっと見そう見えるだけ。総司会者なんて、肩書きだけだよ。演出を良く見てごらん。明らかにトッキー中心で構成されてる。まったく、実力のある後輩のお陰で僕の食い扶持も延命されるのは確かだけど、複雑な気持ちだよね。

 トッキーはおとやんのコト憎いって言ってたけど、あれは憎いっていうか、まあ実際本人が言うんだから憎いんだろうけど、要はおとやんのアイドル性って、天賦の才に近いじゃない。それを妬んでたんだと思うよ。憎しみじゃなくて、どこまでも妬みだ。あの2人、全然違うからね。羨ましかったんでしょ。

 羨ましいだけで済んでるうちは良かったけど、君まで取られたとあって、感情がおかしな方へ行っちゃったんだよね。彼はああいう所があるよ。どうも周りを見て無い。見てないのに見てるように見えて、得な人だよね。

 僕は、僕はね、おとやんに対しては、うーん・・・。

 映画の主演をおとやんに取られたのは痛かったよ。思い入れのある映画だからね。どんな思い入れかって? ・・・それを君に説明する義理はないかな。別に君が知らなくてもいいコトだしさ。ああ、君がどうこうじゃない。あの映画に対する僕の元々の思い入れに関して、君やおとやんは全く関係が無い。

 ま、結果的に僕が主役を貰ったんだ。今はもう何とも思ってないよ。寧ろ、ありがたくて感謝してる。

 ん?
 ぜーんぜん。嫌いだったとか無いよ。トッキーみたいな感情は僕は持ってない。

 可愛い後輩だよ、2人とも。

 別に深い意味は無くてさ。主演を取られて、ちょっとイジワルしてやろうっていうか・・・。イジワルって言っても、からかう程度のつもりでね。

 ああ、そうかも。言っちゃったかもね。そうだよ。
 今となってはもういいか。バレても。僕は君たちを別れさせようとしてた。でもあからさまにしたら、逆に恋人同士は障害にして燃え上がっちゃうからさ、悟られないようにしてた。勿論それは一面で、あの時も言ったけど、僕は僕で心理実験したかったからね。

 アイドルとしてトップまで登りたいなら、こんな新人のうちに恋愛スキャンダル出たら絶対困るんだし、別れるのはしょうがないでしょ。先輩としての教育的指導だと思ってほしいね。僕、悪気無いし。てか悪い事してないよ。恋愛禁止は事務所の決まりだ。

 トッキーが計画に乗るって言った時、すぐ君をモノにするコトだけに目が行くだろうなってのは解ってたよ。っていうか、その為だろうって。
 必ず君を抱くチャンスがあって、おとやんを傷つけられて、一石二鳥って踏んだんでしょ。君を抱けたら、そのまま本当にモノにする自信があるんだろうなって。解ってて引きいれたよ。だって。

 女に狂ってるトッキーなんて、きっと早々お目にかかれない。見てたら絶対面白いからさ、見たくて。
 それに、僕、ガスライティングの説明する時に言ったかな? 協力者は多い方が成功するらしいんだ。まあ、これは大抵どんな事にも当てはまるけどさ。

 まーとにかく、そんなワケでトッキーが計画に乗って来た。僕も受け入れた。
 
 案の定、早速計画から外れて君を抱く事に夢中になってた。あのトッキーが、僕の目も気にせず君を犯すのに必死なんて、最高だった。
 狂っていくだろうなってワクワクしたよ。僕を排除して、君を独り占めする為に、どんなコトやらかしてくれるんだろうなって楽しみでさぁ。・・・なのに、監禁なんて考えが浅いよねえ。事務所が騒いだら終わりだっていうのに。
 君は男を狂わせてくれるねえ、そ、君が狂わせたんだよ、彼らを。・・・こういうのも、淫乱って言う気がしない? 

 違う?
 えー。そうそう違わないでしょ。

 君が警戒心を持ってなかったせいで、鈍かったせいで、彼ら精神やられちゃってるのに自分は何も悪く無いって? 僕のせいだって? どんな被害者面なのそれ。
 君があらゆる抵抗をして、考えられる限り僕を避けたら良かったのに。君、しなかったじゃない。

 何度もイって。気持ち良さに負けてたじゃない。

 君はね、僕に何かされるのを期待してたんだ。
 次はキスされるんじゃないか。次は押し倒されるんじゃないか。次は、とうとう僕のモノを入れられちゃうんじゃないか。それをドキドキして、期待して待ってたんだ。

 君は、無邪気さと無知で人を傷つけた。

 ああ、そっか。そんなコトを言ったような気もする。そうだったね。
 
 うん、あの時は、ほんと、君って可哀想だなって思ったよ。トッキーの着信が山ほど残ってるのを見てイラっとしたんだけど、でも、その時思い付いちゃったんだ。どうせトッキーが早まったなら、もう終わらせちゃおうって。だからおとやんを呼んだ。僕んちに今から来れば、春歌ちゃんが浮気してる現場を抑えられるよってね。

 おとやん、すぐ飛んできたよー。ドアは開けておいてあげた。
 あれはショック受けてたね。多分、暫く立ち直れないんじゃないかなあ。

 君に恨みがあったワケじゃないからさ、僕としては、言えるギリギリの範囲で教えてあげたつもりだったんだけど・・・。僕のヒント、解らなかったんだね。

 今も、わからない? こんな近くに居るのに?
 ふうん、そうか・・・。

 僕の手が届かないのか、君がそーゆー運命なのか、どっちなんだろうね。







 
 揺り籠の動きに合わせる子守唄さながらの声は、春歌の胸に澱となって巣食ったままだ。
 
 眠りが浅いと、あの時の嶺二の声を思い出す。
 彼は独り言と称して、延々と春歌の心を抉る話を続けた。

 迫り出す壁に挟まれそうな恐怖の中でトキヤに犯され、それを音也に見られた絶望で空っぽになった夜から抜け出し切れてなかった春歌の中に、彼の言葉は呪いのように染み込んだ。

 それでも嶺二の言葉の通り、トキヤはあの時、確かに狂っていたのだと春歌も思う。

 あれからトキヤは、春歌の独占を諦めきれずに自分の部屋に監禁した。
 毎日毎日、ベッドの上しか居場所の無い春歌を犯した。涙も枯れて目の光も消えた彼女を抱き続けた。

 そんな時、急がない筈だった龍也の依頼が、先方の都合で前倒しの納品となった。
 仕事の提出物だけは仕方ないのでトキヤも渋々作らせたのだが、その時の春歌の精神状態が満足な作品を作り出せるわけも無かった。

 リテイクの注文を繰り返していた龍也が、数日もすると春歌の身の上を心配し始めた。直接声が聞ける電話には出ず、メールだけのやりとりも、体調でも悪いんじゃないかと心配を膨らませる理由になったようだ。

 次第に事務所でも、なぜアイツは事務所に直接顔を出さないのか。部屋を訪ねても居ないのか。と口にするようになった龍也を見て、林檎が、気になるなら様子を見に行けばいいじゃない! と強引に話を纏めた。
 
 トキヤは、龍也が林檎と共に春歌の部屋に行くと決めた日、予め春歌を寮へ戻し、耳元で指示を出してドアを隔てた状態で会話させた。だが既にその時、トキヤの維持したい世界は限界だったのだろう。翌々日、龍也が取締役権限で寮の春歌の部屋のドアをこじ開けると言い出し、トキヤは歯噛みしながら春歌を解放した。

 やっと顔を見せた春歌を確認して安堵したと同時、その姿に、直感的に危険信号を感じ取ったと、後々龍也は春歌に言った。
 それから春歌は、龍也の新番組の音楽を担当する事もあって、暫く龍也の付き人まがいの仕事も作曲と兼ねるように指示を受けた。

 「付き人兼、というよりは、今のお前には、雑用だけをさせた方がいい気がするな。何も聞かねえが、曲が作れるような状態じゃねえだろう。社長には上手く言っとく。取り敢えずひと月位は俺と一緒に仕事しろ。いいな。」

 有無を言わさない決定だった。
 だがそうでなかったとしても、春歌には反論する余地も気持ちも何もない時だった。言われるままに、言われる事だけをこなす時間が過ぎる事になる。

 それからは、常に龍也と共に居た。
 
 龍也には、取締役という役職故か仕事は大量にあった。彼自身が一人で面倒を抱え込む性質を持ち合わせていたのもあり、春歌が書類をファイリングしたりメールチェック等をするだけでも、かなりの時間を要する程の量だった。

 必然的に、朝早くから夜遅くまで、龍也と共に黙々と仕事をこなす日々が続いた。

 そんな頃だった。
 龍也の部屋で一人で、慣れてきた書類の整理をしていた春歌の前に、あの日以来で嶺二が突然現れたのは。

 春歌はやっと立ち直りかけた時で、いきなりドアを開けたのが嶺二だと判った途端、過ぎ去った恐怖の日々を思い出して震え上がった。あまりの怯え方に嶺二がその場で龍也に電話をし、待ち合わせをしてるからもうすぐ帰るという龍也の声を聞かせて宥める程だった。

 「大丈夫、僕、部屋にはあがらないから。龍也さんが来るまでココに居るから。ね。だから怖く無いでしょ。もう何もしないよ。君は龍也さんに守られてるんだ。絶対に大丈夫な場所に居るんだから、安心しなよ。」

 そう言いながら嶺二は唐突に、思いついたように話し始めたのだった。
 彼の話は流れていく唄のようで、春歌には忌まわしい呪詛のようにも取れた。

 
 あれから時々、彼の言葉が何かの拍子に浮き上がる。
 春歌の心に、暗い癌となってへばりついているのだった。

 一方で、彼に狂ったと称されたトキヤは、春歌に全く近づけなかった。龍也が常に目を配っていたのもあるが、嶺二も面白がって邪魔をしたからだ。

 音也とトキヤが視界に入らず、恩師である存在と何の変哲も無い日々を重ねていくのは、春歌にとってこれ以上無い安心を齎した。世の中のあらゆる事に不信を抱いた心は、それでも日常を紡ぐうちに少しずつ傷が治るような気がした。

 音也とは自然消滅のように終わった。
 
 あの夜の翌日、彼は大事な撮影をすっぽかした。折角決まった主演映画の撮影だったが、3日に亘る無断欠勤を事務所も庇い切れなかった。同じオーディションに最後まで残っていた嶺二に急きょ主役を交代をさせ、龍也があちこちに頭を下げて凌いだ。

 


 「やっと収まりそうだな・・・今回は疲れた。流石の俺も走り回ったぞ・・・。」

 ある夜、帰って来るなりどっかりと座って大きく息を吐いた龍也が、小さく、恨みがましく呟いた。コーヒーを出していた春歌は、龍也の疲労感を隠さない態度の珍しさに瞬きをした。
 
 龍也が苦笑する。

 「悪ぃ、思わず文句言っちまった。俺の仕事はそういう仕事だからしょうがねえのにな。ウチが抱えてる人材の不始末をつけるのも俺の役目だ。だが、まぁ・・・一十木は暫く謹慎だな。クビにならないだけ感謝しろってもんだ。」

 目線と仕草で隣に座れと春歌に促し、龍也はカラっとした調子でそう言った。
 春歌は、少し距離を置いて隣に座る。

 向けられる龍也の笑顔は優しかった。
 その優しさにどれほど救われただろう。

 そしてそう思う度、音也には今、救ってくれる誰かが居ないという現実が酷く悲しかった。

 捨てられた自分が隣に居られる道理が無いとは解っていた。申し訳ない気持ちが音也に対しては占めていた。この結果を招いたのも、自分に何か足らない部分があったからだと落ち込む。自分の所為で音也が、引いては龍也にまで迷惑をかけているのだと思うと、胸の奥が更にキリキリと痛んだ。
 
 音也が映画の仕事に穴をあけた代償は大きかった。
 代役を立て、嶺二で撮影をし直し、スポンサーの機嫌も直し、共演者たちの噂が無くなる迄待ち・・・というように、事態が完全に収まるまで数週間かかっていた。

 配役をマスコミ発表する予定だった日まで、時間があったのが幸いだった。プロモーション戦略上、主役の発表は大分後にする予定だったから助かったと、龍也がほっとした様子で説明してくれた。

 その時春歌は、ああ、だから自分も知らされなかったのかと、小さな疑問の解決を見た。
 ちらりと、あの悪夢の如き日々が思い出される。何、という明確な出来ごとではなく、ずっと続いた戦慄の記憶が湧く水のようにさあっと浮き上がるだけだったが。それでも
 
 「申し訳ありません・・・。」

 つい、口からそんな言葉が零れていた。
 
 自分の存在も、少なからず今回の映画の騒動に関わっているのだ。何もしてなくても、存在自体が。そんな気持ちから自然に洩れた言葉だった。

 「? なんでお前が謝るんだ? お前は関係ないだろう。一十木が勝手にサボって、勝手にチャンスをフイにしたんだ。」

 「それは・・・そうなんですけど・・・。」

 

 ――――――君のせいだ――――――
 
 嶺二のあの言葉が、春歌の胸を暗い影で覆う。

 

 ――――――君が狂わせた――――― 

 普段沈殿している澱が、また不穏に心を舞い始める。

 

 「変なヤツだな。」

 
 泣きそうな顔で俯く春歌に、龍也がそっと春手を伸ばした。

 「・・・先生・・・。」

 大きな手が春歌の頭上で優しく、子供をあやすようにぽんぽんと動く。

 「なんだか解らんが気にするな。お前は悪く無い。俺が疲れた顔見せたんで、心配かけちまったか? だとしたら、俺が悪いな。すまん。」

 「そんな、違います!」

 「じゃーそんな顔するな。1日走り回って帰って来て、お前にそんな顔されたらやるせない。俺はな、こうしてお前が仕事手伝ってくれるようになって、コーヒー淹れてくれるようになって、随分救われてるんだ。」

 「ほんと、ですか・・・。」

 「ああ、ほんとだ。」
 
 龍也が笑顔を見せる。
 春歌は、こそばゆい気持ちを覚えて少し俯いた。

 「それとな、先生じゃねえって、何回言わせるんだよ。今度言ったら罰ゲームな。」

 「ええっ!」

 「ははっ、罰ゲームは冗談だよ。だが先生は禁止だ。もうお前は生徒じゃないんだ。・・・生徒じゃ、困るんだ。解ったな。」

 「あ、は、はいっ。」

 「よし、それでいい。お前は元気に笑ってろ。・・・っと、なんだ?」

 空気が振動して、龍也が胸ポケットに手を当てる。

 「あ、メール、ですか。」

 春歌が尋ねた。

 「ん、ああ、そうだな、仕事のメールだといかんから、ちょっとすまんな。」

 言いながら、素早く胸ポケットから取り出した電話端末を操作する。
 
 「なんだ、○山監督からだ。舞台 「マスカレイド」 福岡公演初日がさっき、無事終わったとさ。」

 「あ・・・。」

 春歌はトキヤに監禁されていた事を誰にも話さなかった。気付いていた筈の嶺二も誰にも言わなかったようだった。龍也や林檎はあくまで知らずに部屋をこじ開けると言いだしたようだったので、言えないのもあり、言わないでおいた。トキヤも、素知らぬ顔で仕事をしていた。

 そんなトキヤはあの後すぐ、長期公演の舞台出演が決まった。主役ではないが、かなり重要な役どころだと聞いた。

 嶺二との新番組の仕事以外、総ての時間がその練習とプロモーションに当てられた。今迄にも、実力派と評される人気俳優が毎度起用され、繰り返し上演される人気作品だ。その舞台への出演チャンスは、彼の知名度を大きく伸ばす絶好の場だった。

 彼は一気に春歌と顔を合わせる日が無くなった。2カ月程前に東京で初日を終え、今は地方でのロング公演をこなしている。舞台自体は盛況で、チケットも各地ほぼ完売状態だと聞いている。

 「今日から福岡で3週間だ。それから大阪、名古屋、仙台、札幌が待ってる。特に大阪と名古屋は1カ月以上公演期間があるからな。少なくとも半年は、まともにアイツの顔を見る日は来ねえ。嶺二とやってるあの番組の撮影だけにとんぼ帰りってのもしんどいだろうが、しょうがないな。」

 「でも、舞台がお休みの日もあるんですよね。」

 「ああ、そりゃあるさ。でも折角地方に居るんだ。地元のテレビやラジオにばんばん出してる。頑張って一人前になってもらわねえとな。東京に帰って来てるヒマがあったら、一人でも多くのファンを取って来い、って言ってあるんだよ。」

 「そうですか・・・。」

 自分を取り巻いていた不穏なものが少しずつ、確実に遠のいている。
 それに安心したのは、事実だった。

 今、春歌にとってたった一人頼れる龍也の手や言葉は、春歌をふんわりと優しく包んでくれた。




 

 

 季節がひとつ変わった。
 
 すっかり龍也と阿吽の呼吸に近い形で仕事を進められるようになってきた頃、春歌はまた少しずつ、曲を作れるようになっていた。

 「無理するな。お前、何かあったんだろ。まだ無理しなくていい。俺のドラマの曲だけ作ってればいい。そういうスケジュールにちゃんとしてあったんだ。それだって、手直しする程度でいいってあの時言っただろ。」

 「そうですけど・・・。でも、少し、曲も作れるようになって、あの、感謝してます。」

 「感謝? ばーか。いいんだよそんなのはしなくて。お前は笑ってる方が可愛い。」

 「え・・・。」

 ぽかんと龍也を見上げた春歌に、彼は少し赤くなって目を逸らす。

 「っ、いーからほら、さっさと残りの書類やっちまうぞ。帰りは送ってってやるから、安心しろ。」

 龍也がいつも、気遣ってくれた。
 春歌はそのお陰で、やっと乗り越えられる確信すら持てるようになっていた。









 


 それは日差しが柔らかい日のこと。

 
 勢いよく、シャイニング事務所内の会議室のドアが開いた。

 「あーホントにココに居た! 林檎ちゃんに聞いたらココだって言うからさー。寿嶺二、先ほど無事にクランクアップしましたー!」

 龍也と春歌が、新しいCMの打ち合わせをしている最中に、嶺二がけたたましい大声を出しながら現れた。

 「…嶺二。」

 一瞬驚いていた龍也が、嶺二の姿を認めて上がった肩を下ろす。

 「いきなり入ってくんな・・・ビックリしたじゃねえかよ。あーそうか、今日か。わーったわーったおめでとさん。で、もうちょっと静かに喋れねーのか。」

 「えー? だって二人の邪魔するつもりで来たんだもーん。出来る限りやかましくしないと。」

 「邪魔ってなんだよ。俺たちは今、仕事の話をしてんだよ。」

 そう言って、斜め向かいに座る春歌の手から書類を取り、嶺二にひらひらと翳す。

 「ブーブー! 仕事の話だろうが何だろうが、愛し合ってる2人で話せばデートでしょ! あー悔しい。龍也さんばっかりモテて、悔しい!」

 「あ、あの!」

 機関銃の如く喋る嶺二の顔を見ないようにしていた春歌が、慌てたように切りだした。

 「私、あの、学園に資料を取りに行ってきます。」

 龍也が、申し訳ないと表情に出す。
 それを見た春歌は、龍也に笑顔を向けて、

 「1時間もかかりませんから。」

 「そうか。ああ、悪いが帰りに眠気覚まし用のガム買ってきてくれ。味は任せる。」

 「はい。」

 ぺこりと頭を下げ、春歌はそそくさと部屋を出て行った。




 


 「・・・あーあ。相変わらず僕、避けられてるや・・・ま、当たり前かー。」
 
 ふざけた仕草で人差し指を当てた唇を、嶺二が尖らせる。

 「別にいいだろ、お前は一ノ瀬と違って、アイツに惚れてたワケじゃないし。それより、良かったな。あれだけ思い入れのあった映画に主演出来ただけじゃなくて、続編まで無事クランクアップか。おめでとうさん。」

 「ありがとーございまっす!」

 「早かったな、撮影。」

 龍也が、椅子にどかっと座り直して首をごきっと鳴らした。 
 嶺二も、龍也の近くにあった適当な椅子に腰を下ろした。

 「まあ続編だし、前の回想シーンも一杯入ってるし、集中型で缶詰でしたからね。何にせよ、無事終わって良かったです。ありがと龍也さん。龍也さんのお陰だ、感謝してる。無事に続編の撮影も終わって、嶺ちゃん大満足! でもそんなコトより。」

 ずい、っと。悪戯な目で龍也を覗きこむ。

 「おとといの! あれ! まさか恋人宣言されるとは思わなかったよー。酒の席の悪ふざけかと思った。恋愛禁止は若手アイドルに対してのみって、いつからそんな龍也さんルール適用になったのー。ズルすぎ! ま、面白かったからいいけど。やっと東京に戻って来れたと思ったら、絶対手出し出来ない相手に取られちゃってたなんて、トッキー悲惨過ぎ。おとといの飲みは、トッキーの舞台成功のお祝いって意味もあったのに、お祝いになってないよねー。」

 あの瞬間のトキヤの顔が傑作だったと、嶺二は楽しそうに笑う。
 龍也は目だけで、ほんの少しだけ笑った。そんな龍也をチラリと見て、嶺二は少し真面目な声で言った。

 「いやほんと、よく出来た筋書きだったよ、龍也さん。」

 嶺二の言葉に、龍也の目の色がほんの少しだけ濁る。
 その、極稀に見られる、何年も一緒に仕事をしている身だから判断出来る濁った色が結構気に入ってるからこそ、自分は動いたのかもしれないと、嶺二はその時ぼんやりと思った。

 ぎ。と、龍也の椅子が軋む。

 「人を悪代官みてーに言うんじゃねーよ。大体俺は、ウチの事務所は恋愛は禁止なんだから、先輩として責任持って一十木と七海を上手く別れさせろよって言っただけで、具体的にどうやるかはお前に任せてたんだから、筋書き書いたのはお前だろう。俺はなんも知らねえぞ。」

 「えー。だけどどの道、失恋した彼女を慰めて自分のモノにしちゃうってのは予め腹にあったんでしょ。失恋したばかりの女が一番堕としやすいとは聞くけど、目の前で実際に見て納得しちゃったな。」

 「弱みに漬け込んだ、みたいな言い方すんな。・・・でもまぁ、そうか?」

 自嘲気味に龍也が笑う。

 「だけどお前、ありゃやりすぎだろ。完璧壊れてたじゃねーかよ。」

 「いいじゃないですか。複雑骨折より、ボキっと派手にいってる方が治りも早いって言うでしょ。それと一緒ですよ。」

 「あほか、どういう基準だそりゃ。」

 「どういうって、骨折の基準? でもそうだと思いますよ。あれだけ壊れちゃったからこそ、治りかけに染み込んで来た優しさが利くってもんでしょ。それに、どう言われようといいんでしょ・・・幸せそうですね。そんなに好きだったんですか、彼女のコト。」

 「まぁな。」

 答える龍也の目は、嶺二が時々見かける、春歌を愛おしげに見ている時と同じ目だった。

 「僕は結構骨を折りましたよ。結局一度も彼女に入れられないし。」

 「たりめーだ。ヤんなって言っただろうが。お前がヤってたら承知しねえ、殺す。」

 鋭い目を向けられ、嶺二が慌てて抗議する。

 「だからヤってないんだってば。ホントにヤってないの僕ちんは。必死でしたよ。ヤリてー。ヤったら龍也さんに殺されるーって、めっちゃ葛藤してました。トッキーが不思議がってたなあ。あの状況でヤラなかったなんて、絶対インポだと思われてるなぁ。・・・あ、オカズにはしました。」

 「・・・それ位は今回の働きに免じて、イヤだが勘弁してやる。」

 「イヤなんだ・・・。」

 「たりめーだ!」

 「ですよねー・・・。そりゃそうですよねー・・・。でもトッキーはいいなんて、ズルいよー。」

 「あのな。俺は別に一ノ瀬ならイイなんて思っちゃいねえぞ、これっぽっちも。ただ、コトを上手く運んで行く上でしょうがなかったっつーだけだ。許せんのは同じだから、地方周りに飛ばしてやったんだよ。」

 「コワーイ! この上司コワーイ! パワハラー!」

 「・・・殺すぞ。」

 「なんでー! 僕頑張ったのに、なんでー!」

 嶺二が大袈裟に仰け反って、次は泣き真似をする。

 「トッキーがあんな序盤で暴走したのは予定外だったけど頑張ったのに。暴走はするだろうと思ってたけど、早すぎてマジ苦労したんだからー。龍也さん、僕が困って相談しても適当に返事してるだけで、全然詳しく聞いても来ないから、この人ほんとにやる気あるのかって疑ったもん。」

 「そりゃ任せるって言った以上、滅多な事で口出しゃしねえよ。基本、結果だ。途中経過はどうでもいいからな。」

 龍也が腕組みをして、真面目な顔で答える。

 「お前なら、なんとかするだろって思ってたんだよ。」

 「任せるのと放っておくのは違うって・・・。でも、だから少しでも龍也さんが協力してくれるとは思わなかったなあ。あれは助かった。」

 不満そうな声が途中で変わった嶺二を見て、龍也が優しく微笑む。

 「ダメならダメでしょうがねえだろって思ってたからな。一応俺にも、元・生徒に手を出すなんてな誉められたもんじゃねーって自覚はあるんだよ。それでも成り行き任せにして上手く行くなら、そういう運命だろって気もせんでもないっつうか。・・・でも、ま、ちょっと手伝ってやっても罰あたんねーだろうと思ってな。」

 多少ばつが悪そうにしている上司に、嶺二が気を利かして口を動かす。

 「別れるまでは、知らん顔通すと思ってたからビックリしたよー。おとやんのモノ捨ててくれたのは効果あったねー。流石年の功でやるコトえげつな!って感動しました。あの子、あれですっかり頭がグルグルになっちゃったっぽかったもん。」

 折角の嶺二の口利きは、当の本人には何の足しにもならなかった。
 きょとんとした龍也が、何を言ってるんだと言わんばかりの口調で返す。

 「あれは手伝ったんじゃねえよ。捨てたかったから捨てた。そんだけだ。」

 「・・・怖っ。」

 「なんでだよ。当然だろ。別れる男のもんとっとく必要無ぇだろ。・・・俺が手伝った、っつか、口出したのなんて、一ノ瀬があいつを待ち伏せしてるから何とかしてくれって、お前に連絡した時だけじゃねえか?」

 「ああ、あれは助かりました! 」
 
 嶺二が体を前のめりにして勢い込む。

 「いきなり電話してきてそれ!? みたいな、人使い荒いな~みたいにしか、最初は思わなかったんだけどね。あの子、あの時パニクり具合ハンパ無かったみたいで、キンキンに大きい声で喋ってたから、トイレの外まで声が丸聞えで助かった。いやーホント、トッキーより先に見つけられなかったら、あそこで浚われてたワケだからね。そうなったら僕きっと殺されてたよね、貴方に、あはは。」

 「だけど、結局1週間以上も監禁されちまったがな・・・。あの馬鹿、殺してやりたかったぜ。仕事にだけは何食わぬ顔して来ていやがったが。」

 「若いんですよ。なんだかんだクールぶってるけど、所詮若い。監禁なんかして続くワケがないのにさ。でも、取締役権限発動して取り返せたから良かったね。」
 
 「俺も、林檎辺りが騒ぐとうるせえから、他にテが無ぇか考えたんだが、あれ以上、一ノ瀬の手垢がつくのも我慢できなくてな。」

 「うわー、ここにも嫉妬深いのが居たー・・・。」

 「あ?」

 「なんでもないです!」

 
 開け放してある窓からは、心地よい風が入って来る。
 

 「おとやんも、」

 話を変えるように嶺二がふる。

 「最近また普通に仕事してるけど、謹慎からどんだけ? 1年・・・は経ってないか。でもあれからそんなに経つんだなー。僕もあれからすぐ忙しくなったから、今まであんま気にしてなかったけど。こうして龍也さんと喋るのも、すっごい久しぶりだよね。」

 「ああ、お前らにはわざわざ忙しくなって貰ったんだよ。一十木だけはひと月謹慎させたがな。あの時のアイツは、仕事どころか人間の生活も怪しかった。ちったぁ俺も罪の意識持って、復活の舞台は充分なもんを用意したつもりだ。」

 「売れてるみたいだね、おとやんの新曲。龍也さん大サービスしたなぁ~って、オリコン見て思ったよ。」

 「まあ、あのタイアップならそれなりに売れるのは約束されてるからな。単独でライブやる話も出てる。そういや一ノ瀬も今度また歌を出すんだよ。お互い妬みでも憎しみでも何でもいいから、売れてくれりゃ、事務所は儲かる。どんどん仕事して、今後一切俺の女に近づく暇がないようにしてもらう。」

 龍也は仕事の顔をしていた。
 嶺二がその顔に触発されて、ぼそりと洩らした。

 「国家っていうのを、例えたつもりだったんだけどな・・・。」

 「ん?」

 「あ、いや・・・。ココも独裁国家だなって。龍也さんには、僕たち逆らえないワケだし。でも何かあっても、トップの龍也さんが表立って動くワケじゃない。変わりに、長く居る者として僕が動いたりっていうね。」

 「なんの話してんだ、おまえ。」

 「えへへー。」

 笑顔で龍也をはぐらかして、嶺二は穏やかな日の光が差し込む窓から、外を見る。

 その時、静かな部屋に電子音が鳴り響いた。
 龍也は、掛かって来た電話をスーツの胸ポケットから取り出し、嶺二に、悪い。とでもいうように片手を上げてから通話ボタンを押し、何やら難しい顔で仕事の話を始めた。

 その姿を見ながら、嶺二がぽつりと呟いた。

 「僕には解りませんよ。そんなにまでして欲しいのに、人任せにした気持ちは。何もかも投げ捨てて横取りする為に熱くなるのも真似できない。愛してる相手が汚されて悲しいからって手を離すのも、理解不能。・・・まぁそれも全部、龍也さんがあんな宣言した以上、終わりか。」

 龍也に嶺二の独り言は聞こえていない。
 真剣に仕事の話をしている。

 「じゃーすいませんが、その流れでお願いします。ええ、また明日、連絡をお待ちしてますよ。」

 ピ、っと電子音が鳴って、通話が切れる。
 龍也が、ふぅ、とため息をついた。それを合図にしたように嶺二が立ち上がる。

 「んじゃ僕、行きます。」

 「おぅ、気をつけてな。ああ嶺二、お前はホントに映画だけで良かったんだな。」

 龍也の問いに、嶺二はにっこり笑った。

 「やだなあ、十分ですよ。僕はあの映画に出られさえすれば良かったんです。続編はタナボタでしたが、最初に出て無ければ出られないんだから、龍也さんのお陰ですよ。」

 「そうか。まーそう言ってくれりゃ助かるな。で、次どこ行くんだ? 今日はなんか収録か。」

 「毎週、水曜日はFDE局の生放送ですよ。嶺ちゃんの単独ラジオ番組!」

 「ああ、そうだったな。」

 「では行ってきます!」

 日常は戻っている。
 嶺二は、足早に次の仕事場へ向かって歩き出した。

 

 角を曲がったところで、戻って来た春歌の姿が見えた。

 初めて押し倒した時より、妙に大人の顔をしている気がするのは幻覚だろうかと、嶺二は立ち止まる。

 髪が少し伸びてる気がする。ちょっとだけ痩せた気がする。
 遠くから、些細などうでもいい事を観察する自分がおかしかった。
 
 龍也に頼まれていたガムだろう。資料を入れた手提げバッグと反対の手に、小さな物を持っている。そっと、嶺二は気付かれないように距離を取る。

 歩く姿を見送りながら、嶺二はその背中に投げかけるように静かに言った。

 「”ガス燈” でね、夫がバーグマンをそんな目に遭わせた理由は、宝石を探していたからなんだ。」

 さあっと、柔らかい風が吹く。
 靡く自分の髪で、春歌の姿が見えなくなった。風がやんだ時には、もう春歌はどこにも居なかった。嶺二は微笑む。

 

「・・・宝石、か・・・。」

 抜けるような青い空。
 手が届きそうで、永遠に届かない美しい空。

 本当は、後先考えず今だけを見て、自分だけのモノにする為に血眼になったトキヤの気持ちは理解できた。
 自分の気持ちが置き去りの状況で、様々な苦悩と絶望故に、大事なものを手放してしまわざるを得なかった音也の気持ちも、わからないではなかった。

 龍也の愛が歪んでいるとも、ずるいやり口だとも言い切れなかった。
 

 
 傍観者で構わない。手を出す気なんてない。自分は言われたから部下として動いてるだけだ。

 そう思う傍から、それは、それでも気になる存在に起こる総てを見ていたいという欲求を隠すための、自分が当事者になって傷つかない為の詭弁だ。わかっていても。

 「宝石とかってさ。自分のモノにしちゃうより、見てるだけがいいんじゃないかって、僕は、思ってる。」

 強がりに近い自己暗示だと知っている。
 でも、自分にとってまるっきり嘘じゃないのだ。感情はややこしいな。と、嶺二は苦笑する。

 「君の色んな声、表情、もっと知りたかったけど、それは未来永劫、絶対に僕のモノにならないからこそ、そう思うんじゃないかって。」

 自分に都合のいい言い訳をしてるだけだとも思う。

 「難しいね・・・。臆病なだけなんだけどさ。・・・でも、本当にそうも思うんだから仕方ないよ。君が、決して僕の手に出来ないキラキラした存在だからこそ、思い続けられるような気もするんだ・・・よく、判んないけど。」

 
 呟きが風に消える。
 嶺二は今度こそ、次の仕事に向かい歩き出した。
 

 







                     ~fin~









 

 お読み頂きありがとうございました。
 あとがきも書いたのですが、ネタバレが含まれる為、来週辺りにUPしたいと思います。どうしてもあとがきが最初に表示されますので、うっかりそっちを読まれてしまう方が居るとイケナイので、うーんと、一週間後くらいかな。に。





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乙女ゲ歴というかゲーム歴4年。
妻となり母となって大分経ってから見つけた趣味なので、遅咲きです。
遅咲きの狂い咲きってヤツですね。

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だけど最近プリンスよりも先輩とかヘヴンズが好きだったり・・・。

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