FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

pastiche 最終話

 


 

 
 pastiche
 最終話





 

 

 
 恐ろしい計画だと自分でも思っていた。
 それしか方法が無かった。

 警察へ駆け込めば、自分の恥だけで済んだのかもしれない。でも、それは選択できなかった。
 トキヤを護り、事務所の皆の体裁もと思えば思う程、八方塞がりで方法は一つしかなくなっていった。

 つばさ山の入口に立った春歌は、やっと本当に最後まで、洩らさずすべてを思い出し、入口から少しだけ入った木の幹に腰掛けていた。

 音也を呼び出したのは自分だ。そして、突き落とそうとしたのも。
 トキヤの話の中でトキヤがしたとされるすべては、自分がしたのだ。春歌はそれを漸く思い出せていた。

 衝撃や悲壮感はなかった。
 ただただ、自分のした過去を淡々と振り返るように記憶が戻った。一番封印したかった記憶でありながら、その時と同じ景色を見たせいだろうかと、春歌は目の前の自然を眺める。

 今度は、考えすぎて頭が痛くなるなどなかった。
 トキヤが音也の真似をした時のように、頭の中でぱあっと道が開けたような感覚もなかった。

 ただ普通に暮らしていて、そういや夕べの食事はなんだっただろう、程度に思い出すような、そんななんでもない感じで何もかもが思い出せた。

 
 脳が忘れていても、身体の細胞の何処かが内包している記憶が、彼の話に全面的な同意を見せなかったのだと思う。

 トキヤがこの間、懐中電灯が無かったら私たちも死んでいた。と言っていたのを思い出した。春歌が懐中電灯を持参しなかったのは、暗くなる前に山を降り切り、18時12分のバスに乗って、ここから帰る算段をしていたからだった。


 
 

 音也に何日も監禁され続け、やっと解放されたあの日。

 ぐったりと疲れ果てた体を投げ出したままであっても、音也が買い物から帰ってきたらどうしようかとは思っていた。
 このまま我慢すれば、彼は元に戻ってくれるだろうか。

 しかし。
 元の彼に戻ってくれたところでどうなる。
 自分はもう、音也ではなく、トキヤを心底愛しているのに。

 どうしようという思いだけが、疲弊しきった体を置いてきぼりにしたまま、頭の中をぐるぐる回っていた。

 音也が出かけて少し経って届いたメールで、音也が暫くこの部屋を訪れないとわかり、安心からか更に疲れがどっと出たのか、崩れ落ちたところへトキヤがやってきて頭が真っ白になった。

 トキヤにとうとう、決定的な姿を見られてしまったというショック。汚れ切った裸の自分。
 泣きながら抱きしめてくれた彼に感じた安らぎ。色々な要因で、音也に対してどうしよう、という考えは一時有耶無耶になった。

 
 しかし。
 
 深夜。音也が捕まえられた林檎の部屋から電話をして来て、春歌の心は一気に固まった。トキヤが眠っていて、寝つけずに一人、リビングでお茶を淹れていたのが幸いだった。

 「ロケ先まで龍也さんがついてくるらしいんだよー・・・ついでに挨拶するとかって、最悪。おれが戻るまで、絶対家から出ないでよ。後で出かけた事がバレたら、ただじゃおかないから。ロケが終わったらすぐ会いに行くからね。早く君を抱きたい。それでさ、23日に翔とサッカー見に行く約束してるんだけど、君もついてきて。で、そこで翔に、おれたちがつきあってるって言うよ。てか、結婚するって言う。」

 「え・・・。」

 「子供が出来ちゃえば事務所も認めるしかないよ。勿論、ギリギリまで内緒にしてもらうから大丈夫。クビになったら君を養えないしね。取り敢えず翔に言えばレンたちにも伝わるだろうし、トキヤが君にちょっかい出そうとしたら阻止して貰えて便利だし。」

 「音也くん、待ってください。信じてください。私は音也くん以外の人とつきあったりしないです。そんな結婚とか子供とか、そんな、私も仕事が・・・、」

 「悪いけど、まだ前みたいに完全には信じてないんだ。君が本気でおれを愛してるっていうなら、結婚したっていいし、結婚したいって思ってくれてるだろ。まぁ、裏切ったらおれの手元には写真でも動画でも色々あるけど・・・。」

 声の色を変える音也に、びくりとする。

 「でも、君がおれだけを好きでいてくれるなら、どうせいつか結婚するんだ。早いか遅いかだけで問題ないだろ。作曲なんて別に子供が居たって出来るよ。家で作れるんだし。考えてみれば、子育てに向いてる仕事じゃん。あー早く帰りたいなあ。ね、絶対すぐに妊娠するように、おれのを君の中にたくさん出すから、楽しみに待っててよ。」

 もう、ダメだ。
 なんとかしないと、自分は一生音也の奴隷だ。

 通話が終わっても春歌は、携帯電話を握り締め、部屋の真ん中で身じろぎもせず立ち尽くしていた。

 なんとか、しないと。
 そう。それが例え、ありえないほど恐ろしい計画でも。

 その日から、春歌は必死に調べ物を始めた。
 トキヤには、「お願いですから、ロケが終わるまでは音也くんに対して何も知らないフリをしていてほしいんです。」 と、土下座せんばかりに頼み込んで。
 




 

 ロケが終わる前日。
 春歌は音也に電話を掛けて、つばさ山へ行きたいと誘った。音也は快諾してくれた。やはり自分がトキヤに心変わりさえしなければ、音也もあんな風にはならなかったのだろうとその時思って、春歌は少しだけ泣きそうになった。自分が慕ってさえいれば、音也は普通に接してくれた。
 

 「音也くんがロケしてる山、行ってみたいです。ロケが終わったら一緒に登ってみませんか。音也くんに早く会いたいですし。」
 
 「自殺の名所らしいよ。おれたちも、中に入っては撮影してないんだ。すごい危ないんだって。行方不明の人も一杯いるらしいよ。でも君がそういうなら、探検しよっか。面白そうだから、おれも興味あるんだ。」

 「面白そうですよね。きっと実際は、噂ほどの事はなくて、案外あっさり帰ってこれるんじゃないですか。私、近くのホテルを予約しておきますから、夜はそのまま現地で泊まりませんか。」

 「それもいいね。どうせロケが夕方終わっても、東京に戻るにはしんどい行程だし。新幹線、どこまで走ってたか忘れたけど、途中まで普通の電車とかじゃないと無理なんだよね~。そうだね、おれは帰りはロケバス断るよ。君とこっちにもう1泊する。」

 「ホテルは、行きたいところがあるので私に任せてもらえますか。」

 「いいよ。じゃ、おれ、荷物だけ最終日の朝に宅配便で東京に送っておくよ。楽しみだな、君と旅行だ。」

 電話の彼は、昔の音也と変わらないようにも思えたが、電話を切った後すぐ、今のは錯覚だと情を打ち消す。
 行ってみたいなど、我ながら白々しい。数日間毎日入り込み、そこかしこに迷わぬ印をつけて回った場所だというのに。彼をそこに誘い出し、2度と会わぬように企んでいるというのに。


 (今の普通に優しかった電話での音也くんは、あれは、今だけ、今、電話の間だけの姿なんだ。)

 
 春歌は拳を握り締める。
 
 いつまた彼は自分を脅迫し、辱めるか不安で堪らない。いつまた自分がアイドルだという自覚を忘れて、トキヤにまで迷惑を掛けるか気が気ではない。自分だけなら我慢すればいい。でも音也は何をしでかすかわからない。

 だから、やるしかないのだ。もう。
 それが、春歌が出した決意であり、答えだった。






 

 予め、総てを準備しておいた。
 思いついて調べられるものは何でも調べた。稚拙だと笑われそうな方法も、縋るような思いで調べ上げた。色んなやり方を紙に書き出し、実際使えるものを選別した。交通経路も調べ上げた。インターネットに心底感謝した。

 トキヤに、「数日実家へ戻る」 と告げた時、トキヤはあまり不審がっていなかった。傷ついた心を癒すつもりだとでも思ってくれたのだろう。最寄駅まで労り送ってくれた。

 
 だが実際は。
 
 
 春歌は彼らのロケが始まるまでの数日間、近くのペンションに泊まり込んで、つばさ山で、ロケ最終日の為の準備をしていたのだった。
 音也は林檎の部屋に監禁されて、仕事も監視つきで出勤させられている。トキヤも仕事は毎日ある。今しかないと思った。

 木々に目印を付け迷わないようにして、人を突き落とすのに最適な場所を探した。

 木に目印をつけるのは、登山者にも利用者が多いという、水で溶けるテープを使用した。
 都内で店を数か所回り見つけて購入する時、レジ近くにある防犯カメラが目に入った。

 後で警察に捕まったりしたら、こういう映像が証拠になるのだろうかと、春歌は不思議と恐怖も覚えず考えていた。

 購入したテープは、雨が降れば流れて消える性能が人気らしかった。その為だろうか。妙に不安感が無かった。消えてしまうのだから見つからないという意味の無い自信。後から思えば、それだけ感情が麻痺していたのだと言える。

 準備中ずっと晴天だったのは神の手助けだと本気で思えた。所有者や山林管轄の自治体もそうした印をつけている場合があると調べて知っていたが、つばさ山はまったくそれらしいものはなく、自分のものと混同せずに済みそうだとほっとした。ただその分、誰も入った事のない足場は非常に悪く、奥へ進むだけで一苦労だった。しかしそれすら気にせず、春歌は膝よりも背丈のある草の中を一心に進む数日を送った。

 覗き込むと気が遠くなるような断崖。滑り落ちたら戻るのは不可能だと思われる深い緑の斜面。数日間の丸1日、集中して適当な場所を探すことに没頭した。

 春歌を突き動かしているのは、気持ちの離れた男と別れ、新たに愛する男と一緒になりたいという欺瞞を、愛する男を護りたいという正義感と同義だと煽りたてる、心に生まれた鬼だった。

 
 あの時の自分は、鬼に煽られていたのだ。憔悴と絶望が心に産んだ鬼。

 人を殺そうとするなど正気の沙汰ではない。
 例えそれが、正義だ愛だ天罰だと、後ろ盾るものがあっても。なのに自分はあの時、そんな事すら判らなくなっていたのだ。

 

 すべて知っている上で、トキヤは自分がやったのだと春歌を庇っている。
 あの時、話のキリが良くなる度に春歌の目の奥まで探るような表情でトキヤが覗き込んできたのは、こうして喋ってる間にも記憶が戻っていないかどうか確認していたのだ。やっと何もかも思い出した春歌は納得した。

 
 
 小1時間もぼんやりと座っていた春歌は立ちあがり、ぐるりと、鬱蒼と茂る木々を見まわした。
 奥は見えない。時々チラチラと見える日の光も、夕方早い時間に消える山。
 
 音もしない、暗い山。言葉も無く、その山を後にした。今からすぐ戻れば、夜には東京へ帰れる。駅で入手した時刻表とにらめっこしながら、春歌は家路を急いだ。


 

 
 バスや在来線を乗り継ぎ、帰りの新幹線の中でメールの着信音が鳴った。
 
 差出人はトキヤだった。22時頃には帰れるという短いメールだったので、仕事の合間に急いで送信してくれたのだろうと春歌は判断し、返事はせずにおいた。

 彼は、夕飯は食べるだろうか。何か用意したほうがいいような気もする。
 最寄駅に到着したら、何かすぐアレンジできる惣菜を買って帰ろうかと、春歌はふんわり考える。


 時速約200キロの車窓から、春歌は灯りの増え出した景色を眺める。窓ガラスには、自分の無表情も写っていた。暗闇のせいで輪郭がわからなくて、風景に溶けている。

 
 山へ行って記憶を総て取り戻してから初めてメールを受信したせいか、ふと、喫茶店での翔の言葉を思い出した。


 「暗くて、なんだかわかりゃしねえ画像でさ。」

 
 翔に送信されたメール。
 真っ暗で何も写っていない画像が添付されていたというメール。

 あれは、突き落とそうとして失敗した春歌に激高した音也が、春歌を平手で打ち何度も蹴りつけ、服を脱がしてシャッターを切ったものだった。まだ何とか目を凝らせば、すぐ目の前の人物の輪郭くらいはぼんやりと判る。それくらいまで暗くなりかけた時に、あんなに動き回りながらの撮影では、勿論暗かったせいもあるが、ぶれているから判らない映像になったのだろう。

 
 「やめて、撮らないで!」

 「ははっ。外でヤるのが好きな変態女だって思われるねこれ。そうだ、翔にでも送信しようかな。翔にメール、えっと・・・。」

 「やめてっ!」

 腕や顔を木の枝で傷つけながらも必死で、音也からスマホを取り上げようと腕を振り回し、なりふり構わず音也に向かっていった。

 あの時は必死だったから音也の言葉をそのまま鵜呑みにしたが、実際はうまく撮れてなかったのだ。音也は春歌を脅す為にそんな画像を送信して、まるで翔に春歌の痴態をばらしたように見せかけたのだった。

 

 「送信・・・っと! ・・・送ったから! ちゃんと送れてるから! 翔にもうバレてるから! あはははっ。」

 「ひどい・・・ひどい、音也くん、最低です!」

 「は? なにそれ。最低なのはどっちだよ! 絶対、絶対に、おれは許さない。おれを捨てるなんて、絶対許さない! もう1通送ってもいいのかよ。前に撮ったすごい写真があるから、それを送られてもいいのかよ!」

 「やめて! もうやめて!」

 罵倒しあい揉み合っていた時間は短かったが、山の夜は一気にやってくる。音也は興奮していたのか息を荒げながら、縋りつこうと必死になる春歌から勢い良く飛び退いた。それを追う為、春歌が渾身の力を振り絞って音也に飛び掛かかろうと踏み込んだ時、足場の悪さから音也の体がぐらりと傾き、彼が小さく叫んだのが判った。

 足を滑らせた彼が落下する正にその時、突然光が現れた。
 いきなり後ろから現れた人工的な光に、春歌がどれだけ驚いたか。その光は音也を照らし、鮮明に春歌の目に焼き付けた。

 落ち行く瞬間の音也の姿が、まるでコマ送りの静止画のようだと、なぜか冷静な自分がその時居た。そんな、必死でいて時が止まったような切迫した数秒間に春歌の脳裏を走り抜けたのは、付き合い始めの優しかった頃の音也の純粋な笑顔だった。

 
 「音也くん!!!」

 絶叫だった。


 「危ない!!」

 咄嗟にほぼ無意識で叫びながら音也に向けて手を伸ばし、前のめりになる春歌を、後ろからトキヤが抱き抱えた。
 
 「音也くん!! 音也くん!!」
 
 「だめです春歌!! 君も落ちる気ですか!! 駄目だ!! 」

 「音也くん、音也くん!! おとやくん!!」

 絶叫しながら気絶するなど、きっと自分の人生で、後にも先にもこれきりだろう。
 春歌はそう思いつつ、意識を手放した。

 
 音也が落下する正にその瞬間に現れたのは、トキヤだった。
 春歌が何をするか気付いたトキヤは、ロケが終わって真っすぐ東京へは帰らず、春歌を止めにあんな山奥までやってきたのだった。

 

 自分は計画の最中、色々書き記した紙を部屋のどこかに置いたままにしたようだと、春歌は後悔した。実際何枚にも書き殴っていたから、1枚くらいは部屋のどこかへ落としたままだったかもしれない。やはりトキヤがそんな迂闊な真似をしたのではなかった。そんなヘマをしたのは自分で、見つけたのがトキヤだからこそ、春歌の計画が想像ついたのだ。

 トキヤは春歌を庇って、まるで自分がしたかのように色々な話をしたが、あの話の実際の実行者は自分だったのだと、春歌は解ってしまった。

 
 きっとトキヤは気絶した自分を助けた直後、音也がどうにかして這い登ってくるかもしれないと、暫くあの崖で待っていたのではないだろうかと、春歌は帰りの新幹線の中で考えた。だから、病院へ着いたのが深夜になってしまったのではないだろうか。

 勿論、トキヤが言ったように、意識の無い人間を担いで下山するのは容易ではない。1時間で降りられる山でも、3時間かかるだろう。初めて来た道なら尚更だ。あの山のしんどさは、数日通った自分には良くわかる。

 しかしそれを加味しても、時間がかかりすぎだ。
 きっと、トキヤは必死に考えたに違いない。何をどう言ってごまかそうかと、春歌と音也がここで会っていた事実をどう隠そうかと、ありとあらゆる可能性と仮定に対応する為に、これまでで一番必死に考え抜いたに違いない。音也が翔にメールを送信できたという事は、少なくともあの場所は電波が通じたわけだから、道路に出てから救急車を呼んだのは計算の上だったのだろう。

 そして、未だに音也から連絡が無いのは。
 携帯電話が破損したか、或いは―――――。





 

 





 シーフードがふんだんに入ったサラダが安くなっていたので、駅前のデリカでそれを買って、春歌は家に帰った。

 スープはコンソメで野菜を煮ればいい。それならすぐ作れる。
 
 手を洗って、鍋を火にかける。
 ペンションで貰った領収証は、駅のごみ箱に破って捨てて来た。家に入る前にコートを脱いで、木の葉でもついてないかどうか念入りにチェックし叩いた。

 出かけた痕跡は消した。
 普段着に着替え、食事が出来上がったところで、丁度トキヤが帰って来た。春歌は玄関まで出迎え、走り寄る。

 「ただいま帰りました。」

 「おかえりなさい一ノ瀬さん。さっき、この前言ってたCMが流れてましたよ。とっても素敵でした。衣装も本当にカッコ良かったです。」

 「・・・ただいま。」

 トキヤが、何か言いたげに春歌を見た。

 「? どうかしましたか。」

 「いえ。そろそろ、一ノ瀬さんはやめませんか。折角、トキヤ君と言ってくれるようになった矢先に・・・、でしたから、そのままになってしまっていましたが。」

 「あ・・・。」

 小さなキスを交わし、トキヤの上着を受け取りながら2人でリビングに戻る。
 トキヤの背中を見ながら、春歌は、今、この生活を壊したくないと強く思う。

 トキヤと共に夕食を摂った。
 今日あった出来事。明日の予定。次の休日はどうしようか。そんな些細な話をし合う。このつつましやかな幸せが欲しいだけなのだ。それ以上、何も望まない。この暮らしを、この愛を失いたくない。
 
 今日見てきた風景。思い出した記憶。知ってしまった罪。
 それを心のどこかで反芻しながらする食事は、不思議な感覚がした。

 だがきっと、不思議な感覚も数日だ。
 数日経てば、それは日常に変わる。それでいい。それがいい。そうしたい。そして、そうすべきだ。音也は自分で足を滑らせただけなのだ。春歌はそう自分に言い聞かせた。

 トキヤは自分の為に、してもいない罪を被り、守ってくれている。
 その愛の重さが幸せで堪らない。彼がレンたちに言ったように、音也の失踪に関して自分たちは、私は、一切知らない。そう言い通そう。トキヤの気持ちに甘えよう。そして彼を生涯愛し続けることで、気持ちを返そうと静かに誓った。



 
 

 
 「ああん、トキヤくん、あ、あっ。」

 「っ、く・・・もう、出ます・・・っ!」

 離れようとしたトキヤの背を、ぎゅっと引き寄せた。
 トキヤの動きが止まる。

 「もう出ます、だめです、離し」

 「中に、出してください。トキヤくんの、中にほしいです。好き、トキヤくんっ・・・!」

 春歌の肩を掴むトキヤの手に力が入った。
 荒く短く吐き出していた息を必死で詰めている。

 「・・・だめです、そんな可愛いこと言っては、このまま出てしまう・・・っ。」

 トキヤは軽く頭を振り、最後の理性で春歌に囁いた。

 「いつかちゃんと、君がイヤだと言っても毎日注ぎ込む時が来ますから、ね・・・?」

 艶っぽく言い含める切羽詰まった吐息に、春歌は愛されてると感じて、意識をとろりとさせ頷いた。
 トキヤの白濁は春歌の腹の辺りに吐き出され、その量と熱さに、春歌はまた甘く呻いた。







 「・・・どうしました。」

 まだ熱の引かない状態で、腕枕をしてくれたトキヤが春歌に尋ねた。

 「なにが、ですか。」

 キスをしただけでは済まない体を重ね合い、お互い頭を真っ白にするまで抱き合った後。
 掠れ声で、会話をする。

 「何かあったのですか。今日の君はさっきから、なんとなくいつもと違うような気がしているのですが・・・。」

 トキヤが、目の焦点がぶれそうな程の近くから春歌の目を覗き込む。
 春歌は微笑んだ。

 「いえ。トキヤくんは、ずっとずっと、何があっても、私のことを愛して、守ってくれるって言ってくれたから、嬉しくて。」

 「・・・・どうかしたんですか。」

 「思い出したんです。音也くんが、落ちていくところを。」

 トキヤの目がすっと冷えて鋭くなる。
 しかし春歌は、それに対し微塵も表情を変えず身を震わせる事もなく、微笑んだ。

 「でも、落ちるのを偶然見たから、いつか思い出すかもしれませんってトキヤくんが先に教えてくれていたから、怖くなかったです。あ、これのことなんだって思って。私、音也くんが落ちるのを見てたんだなって。助けてあげられなかったんだなって。」

 「・・・ええ、そうです、それだけの事です。君は悪くない。」

 「トキヤくん。私も、私も何があっても、トキヤくんを愛しています。どんなことがあっても、私の愛も変わったりしない。」

 そう告げた春歌に、トキヤは一瞬何か言いたげな顔をしたが、薄く微笑むと、春歌を腕に閉じ込めた。

 


 
 



 「眠りましたか・・・。」

 規則正しい寝息を立て始めた春歌の髪を、トキヤがそっと撫でた。

 「そうですか・・・。思い出したんですか・・・。」

 暗い部屋で、トキヤの吐息の声だけが音となる。

 「いつか思い出すだろうと思っていましたが、どこからどこまで思い出したのやら・・・。今の言い方では、落ちる瞬間だけのような言い方でしたが。」

 天井を見て、少し考えを巡らせる。
 何もかも、鍵のついたケースに入れてある。そして鍵は、簡単には解らない場所にある。

 「私が出かけている間に何か見た、とか・・・? でも、きちんと隠してあるからそれは無いですかね。何にせよ先に手を打っておいて良かった。春歌。君は、前にも私が言った通り、落ちる瞬間を見たから思い出しただけですよ。それだけです。」

 人差し指で唇をなぞる。
 愛しい唇。それを見つめ、またなぞる。

 「絶対に、君を離さない。私は君を愛し続けます。君の罪は、すべて私のしたことになっていますし・・・。もしも。」

 トキヤは言葉を切ると、そっと、見つめていた唇にキスをした。

 「もしもいつか、君が総てを思い出したとしてももう遅い。君は私から離れられません。だから君は、もし気付いても知らん顔を決め込んで、ただ私を愛し、ついてくればいいんです。君が、実家に帰ると嘘をついてつばさ山へ行っていた間と、退院前日にこの部屋を掃除した時、計画のメモや、パソコンの検索履歴、ゴミ箱にあったメール、すべて見ました。すべて、私が保管しています。君の画像もたくさん、音也の落としたスマホに残っていました。」

 髪を撫でる手は、慈愛に溢れている。

 「あのメモを見てなければ、印に気付きませんでしたからね。あの印があって、それを照らし出す灯りがあって、両方揃っていたお陰の帰還でしたよ。君はやはりどこか抜けている。人ひとりをどうこうしようとして、予定通りすんなり帰りのバスに乗れると思ってるトコロがなんとも。懐中電灯を持ってないと判った時は、驚きましたよ。私がもし来れなかったらどうなっていたか・・・。何はともあれ、良かった。」

 春歌の睫毛が微動した。
 だが呼吸は変わらず、眠ったままだ。

 「あの時は賭けでしたが、翔に、未送信だったメールを送ったのは正解だったようです。画像自体はただ黒いだけで、何が映ってるのか全く分かりませんでしたがね。つばさ山は電波が届かなかった。届かない場所からは送れませんから、音也がつばさ山に居たとは思われない。いい工作になってるでしょう。まあ、送信してから時間をずらす為に、救急車を呼ぶまで大分時間をあけないといけなくなりましたが、結果オーライです。寒い季節じゃなくて本当に良かった。時期が時期なら凍死ですよ。」

 指先で目の前の女の瞼をそっとつつく。
 春歌は、相変わらずスヤスヤと眠っている。

 「大体あれも、助けた時に君の服が乱れていましたから、また脅す為に撮影したのでしょう。でも、もう周りが暗くて映らなかったのでしょう。・・・あの時と、同じですね。私が君にこうして小さな声で語りかけても、君は気を失ったままでした。長い時間、どうするかを考えながら、途中で何度も休みながら君を抱えて下山して、メールを送って、その後も救急車を呼ぶまで待って、呼んでも道を上手く説明できないものですから待たされて・・・。本当に疲れました。暫く腕に力が入らなくて、使い物になりませんでした。まさか記憶喪失になってるとは思いませんでしたが、あの怪我は少し心配でした。早く治って良かった・・・。」

 トキヤの目は春歌しか見てない。
 閉ざされた世界で、盲目的に春歌だけを見ている瞳だ。

 「私が君の傍でずっと君を護る為に、色んなものは私が一生持っていますね。私だけが、君を護ってあげられる。私が君を愛し護り、君が私を愛し護ってくれる。ずっと・・・ずっとね。」

 そう。
 ずっと、永遠に。

 「多少の不安は残りますが、まあ、もう今になって何の音沙汰もなければ大丈夫でしょう。私たちにとっての不幸の種は消えたんです。やっと本当に、君と2人で・・・。愛してますよ。」

 
 頬に触れるだけの優しいキスを繰り返す。
 夜はどんどん深くなる。何も見えない闇の色になる。

 自分の腹の中も同じだけ、闇の色なのだろう。トキヤはそれを感じ取り喉を引くつかせる。
 
 だがそれがどうした。
 
 それでも、愛する女と共に明日を紡ぎ生きていけるこの喜びを、何に代えられるというのだ。

 計画のメモを見た時、驚きもしたし止めるべきだと当然考えたが、案外上手くいくのではないかと思っていた。世の中は意外と奇を衒うより、原始的で初歩的な方法の方が、すんなりいったりするものだから。

 そしてそれは叶った。自分は正に最良と言えるタイミングであの場に踏み込み、春歌だけを助ける事が出来た。

 天は自分に味方した。海外ロケから戻った日、音也に凌辱され続け摩耗し切った彼女を見つけた自分の不甲斐なさに対する絶望と後悔と自責の念は、赦されたのだと思えた。

 音也が滑り落ちたあれは天罰なのだと、自分はきっぱり言い切れる。何もかも運命だ。今こうして、2人幸せな気持ちでベッドに横たわっていられるのも、音也が間違っていて、自分が正しかった故の結果なのだ。

 
 「・・・ふ。」

 笑いが洩れる。
 嬉しくて堪らない。

 元恋人に脅迫され、手を汚すまで追い詰められた悲劇のヒロインとなった愛する彼女を、懐に入れて庇っているこの優越。
 
 彼女が怯える証拠は、すべて自分がこの手に握っている。支配欲のこの上ない満足。彼女にとって頼れる者は自分だけ。だから私こそが、本当の意味で彼女を護ってやれるのだ。自分だけがこんなにも深く彼女を愛してやれるのだ。それらを彼女に教え込むのだ。これからもずっと途切れなく。

 
 「私も音也と、同じでしょうか。いえ、君が私を愛し続けてくれれば、そうはならないですよね。」

 音也だってそうだっただろう。
 春歌が心変わりさえしなければ、こんな事にはならなかったのだろう。それに気付き、トキヤは思わず肩を震わせて笑いを堪える。そして、自分がこんなにも愛してるのだから、春歌もきっと同じでいてくれると思い直す。

 「君を愛してる。ずっとずっと、君だけが居てくれればいいから、それが叶うなら、私はなんでもしましょう。これからも、ずっと。」

 
 トキヤはそっと目を閉じ、眠りについた。
 この愛だけが、永遠に続く。それだけを心から願って。








  
  

  
 ~fin~













  あとがきを、11月25日ごろ更新予定です









 

 

 

 
関連記事
スポンサーサイト
[PR]

デリヘルもソープもイメクラも気に入った子がきっと見つかる
超大型リニューアル中の大好評風俗情報サイト!

コメントの投稿

非公開コメント

連載お疲れさまでした♪
最初から最後まで物語に引き込まれてしまい、最終話まで春歌が玄関の扉を開けると音也がいるんじゃないかとドキドキしながら読んでいました‼︎

No title

これは純愛なのか…共犯という名の手錠で繋がれた二人--互いが互いを見つめるなら強固な鎖だが、一方が背いたときには凶器ともなりえる--哀しく美しく、一抹の不安を残した最終回でした。ずっとサスペンスドラマを見ているようで、物語の持つ遠心力に心地好く振り回され、酔わせていただきました。連載お疲れ様でした。あとがきも楽しみにしています(^_^)

ナナオさんへ

ナナオさんこんにちは!

そんなお言葉を頂いて恐縮です・・・!
残った一抹の不安を感じて頂けたらそれだけで嬉しいです。
トキヤを幸せにしてやるつもりだったのですがww 微妙なこの、そのwwww

最後までお付き合いいただけ、感想も頂けたのは大変な励みになりました。
感謝しています。本当にありがとうございました!

Re: ma85さんへ

> ma85さんコメントありがとうございます!
> 今回はトキヤをなんとか幸せにしてあげようと思っていたので
> (と言いながら諸手をあげての幸せではないんですけどww)
> 音也は徹底的にクズりました。すいません。
> 最後までお付き合いいただいたことがとっても嬉しくてありがとうございますの
> 気持ちでいっぱいです。
>
> 本当にどうもありがとうございました
プロフィール

みるくあずき2

Author:みるくあずき2
成人。
主婦。母。妻。嫁。娘。事務員。など。

本家ブログはアメブロ
http://ameblo.jp/milk15azuki
にて、乙女ゲームレビュー(感想・攻略? 雄叫び、乙女向けCDも愛聴)を書き綴っております。

乙女ゲ歴というかゲーム歴4年。
妻となり母となって大分経ってから見つけた趣味なので、遅咲きです。
遅咲きの狂い咲きってヤツですね。

本家ブログは只今リアル絶賛多忙中の為に気紛れゆるゆる更新です。コチラは元々気の向くままに進めています。

下のカテゴリからお好みのモノを選んで頂くと、連載は1話から読めます。

感想・お世辞は大歓迎ですが、苦情は受け付けられません。
鍵付きのコメントは、拍手コメントも含め一切の誤表示を防ぐ為、お返事は致しませんが、必ず読んでおります。励みになっております。有難うゴザイマス。
拍手とかコメントとか貰えると泣いちゃうくらい嬉しいですよ・・・。

鍵付きでは無いコメントは、拍手コメントも含め必ずお返事させて頂いております。
宜しくお願い致します。

只今うたプリだと トキ春 嶺春 蘭春 音春を筆頭にカミュ春や翔春、真春、レン春もございます。R18、オールNLとなりますので宜しくお願い致します。

だけど最近プリンスよりも先輩とかヘヴンズが好きだったり・・・。

最新記事
カテゴリ
検索フォーム
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。