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pastiche 第9話

 



 
 
 pastiche 
  第9話



 
 

 


 音也とはうまくいっていた。
 彼の明るさが好きだった。彼の純粋なまっすぐさが好きだった。子供みたいな笑顔で甘える彼を、春歌は受け入れ過ごしていた。

 そこに亀裂が入ったのがいつ頃だったのかは、正確には覚えていない。
 理由なんて無かった。

 2人の関係が終わった。という事実に明確な理由が存在する恋人同士が、世の中にどれだけ存在するのだろう。少なくとも春歌と音也も、結局何に負けてしまったのかを言葉に出来ない。負けたという言い回しが正解なのかどうかも不明だ。時の流れに抗わず乗っただけのような気もする。
 
 音也以外にも先輩たち数人やユニット曲、トキヤ個人の曲を並行して担当していた春歌にとって、仕事をする上でトキヤと2人で会うのは日常になっていたし、彼については尊敬していた。努力家で、真面目で勉強家の彼のアドバイスはかなり的確だったし、仕事に真摯な姿勢に見習うべき部分は多かった。

 音也との交際は安定していた。
 決して、音也とトキヤを比べていたつもりもない。

 それがいけなかったのか。安定が、風の入る隙間を生むのか。
 誰か一人と決めたら、余所見の可能性すら排除すべきなのか。

 だがそうでなくても、結局は同じだったのかもしれない。音也と些細な喧嘩をした翌日、打ち合わせに現れたトキヤがいつも通りクールで、一種冷酷な彼だったら違ったのかもしれない。

 トキヤがその時、いつも通りの彼で通さなかったのは、要は恋が自分本位な感情だからだ。

 沈む春歌に理由を尋ね、音也との喧嘩を聞き出したトキヤが春歌を優しく慰めたのは、トキヤも結局はずっと春歌が好きだったからだ。それを、優しさという世間体を纏った下心だったと言われても仕方がない。無意識に、付け入る隙を狙った行動だったともいえる。

 「君が音也とそういう関係だというのには、なんとなく気付いていました。でも、仕事に持ち込まない努力が足りませんね。そんなゲッソリした顔で打ち合わせに来るなんて、外部クライアントだったら失礼極まりない。」

 「すみません・・・気をつけます。」

 「私になら、構いませんよ。」

 「は?」

 「外部クライアントには決して失礼があってはなりませんが、私になら構いませんと言ったのです。・・・君を泣かせるような男から、本当は、引き離してしまいたい。」

 そんなやりとりから始まった、相談という形を取ったトキヤとの逢瀬が、いつしか春歌をほっとさせる時間に変わっていったのはすぐだった。

 

 

 「私だったらそんな回答しませんね。少なくとも、一度ピアノから離れて気分転換した方がいいとアドバイスします。音也は少し、思慮に欠けている部分がある。」

 「音也くんも多分、気を遣ってくれたんだと思うのですが・・・。」

 「優しいですね、そんな風に受け取るなど・・・。しかし、君はどうも自分を過少評価し過ぎますね。この前も、月宮先生が貸してくれた上着を似合わないなどと謙遜していましたが、ああいうデザインも、とても似合っていましたよ。・・・その、可愛らしくて、よかったです、とても。」

 「一ノ瀬さん・・・。」

 その時きゅっと握られた手を、少しだけ幸せだと思った。
 でもまだこの時は、音也との関係は変わることがないと考えてもいた。


 

 
 「ねえ、どうして最近会えないの? トキヤや嶺ちゃんとは、会ってるんでしょ。どうしておれには会ってくれないの。」

 「それは、一ノ瀬さんや寿先輩は、お仕事でどうしても打ち合わせすることがあるからです。すみません。」

 「ふぅーん・・・。」

 音也に、納得し切っていない目を向けられるのに耐えられなくなってきたのは、いつだっただろう。スタジオで偶然会って隅に引っ張られて交わした小声の会話すら、春歌には苦痛になってきていた。

 私は、音也くんを騙しているかもしれない。
 だけど別れるとか、そんな話は切り出せない。まだ今なら戻れる気もする。私と一ノ瀬さんの間に、確たるものは何もない。一ノ瀬さんとの間には、まだ何もない。このまま何もないかもしれない。まだ、今なら引き返せる距離だ。誰かに関係を問われても、私と一ノ瀬さんは 「友達」 と言える距離なのだ。

 そんな言い訳じみた理由が既に、音也から気持ちが離れているが故なのだと、その時の春歌には判らなかったのだ。


 
 

 「今日、この撮影の後、会えませんか。」

 「はい、大丈夫です。」

 「よかった・・・。あまり人目に触れたくありません。私の部屋で、いいですか。」

 「はい。」

 「では、鍵をお渡ししておきます。入るところを人に見られないように気をつけて。人が来ても応対してはいけませんよ。私が帰ったら必ずモニターで確認してから、鍵を開けてくださいね。」

 それは、いつからだろう。
 会う約束を取り付けて、最初は一緒に部屋へ。

 だがそれは2度3度で、同じ時間に一緒には帰れない日も会いたくて、約束の度にトキヤの部屋の鍵を受け渡して。
 そして、その鍵を春歌がそのまま持ったままになったのは、それからあっという間だった。

 

 音也は春歌の心変わりが、トキヤと仲を深めているからと迄は、その頃はまだ気付いていないようだったが、確実に自分への愛が薄れていると怯え、荒れるようになった。

 「ねえ、なんで最近すぐ帰るの? 泊まっていけばいいだろ。まだ一緒にご飯も食べてないのに帰るなんて、なんで?」

 「あの、すみません、曲作りがおしていて・・・。」

 「何回トキヤと打ち合わせすれば終わるんだよ! おれよりトキヤの方が大事だっていうの!?」

 最初はイライラした様子で壁を殴る程度だったが、それがテーブルにある食器をなぎ倒すようになり、とうとう自発的に会いに来なくなった春歌の部屋へ押し掛け、強姦紛いなセックスを強要するようになった。




 「お願い音也くん、・・・もう離して、お願い・・・。」

 ベッドに繋がれた腕はきつく縛りあげられ、音也の乱暴な挿入に必死で耐えた為、声は掠れていた。
 腹の上に出された体液はそのままにされ、音也はさっさと自分だけ水を飲み、春歌を見降ろす。

 「キャア!」

 コップの水が、頭の上から降ってきた。
 睫毛までびっしょり濡れ落ちる雫のせいで、視界が霞む。冷たい水が顔から首から熱を奪う。

 「離せって、なに。おれから逃げるって意味なの?」

 「ちが・・・痛いの、腕が痛いの・・・。」

 「そんなに痛くないだろ。そんなことより、今日のあれはなんだよ。トキヤのヤツ、まるで自分の彼女だ。くらいの顔で介抱して・・・くそっ!」

 「ひ!」

 音也が床に叩きつけたコップは、派手な音を立てこそしたが、ステンレス製だったので割れはしなかった。しかし振り下ろされた腕の風圧と相まって、春歌を脅かすには十分だった。怯えて身を縮める春歌の顔を掴み、音也が自分の性器を突き付ける。

 「舐めてよ。きれいにするんだ、ほらっ。」 

 「ぅっ・・・。」

 涙なのか、掛けられた水なのか区別がつかない。
 腹に出された精液がそのままの、惨めさ。

 どんどん暴力的になる音也から逃げられなかった。
 それは恐ろしかったという他にも理由があった。

 ある日、音也から携帯に送られてきたメールに記載されていたURLとパスワード。
 不安に思いながらもリンク先へ飛んだ春歌は、指定された枠にパスワードを入力し、そして、表示された画面に目を疑った。

 画質は酷く荒く、小さくしか写っていないが、それは自分と音也のセックスを収めた動画だった。いつ撮られていたのか全く気付かなかった。だが春歌が音也を避け始めて、無理矢理組み伏せられるようになってからの映像だとは判断できた。頭が真っ白になっていた春歌は、けたたましく鳴る玄関のチャイムに肩を跳ね上がらせて驚いた。

 「開けてよ、おれだよ。」

 「音也くん・・・!」

 急いでドアを開けた春歌が見たのは、携帯電話を片手に微笑み立っている音也の姿だった。
 顔面蒼白でドアを開けたまま立ち尽くしている春歌を尻目に、ズカズカと部屋に入り込みながら、音也が普段の調子で喋る。

 「メール見た? 撮られてるの気付いてなかったでしょ。ケータイにしては、それなりに撮れるもんなんだよね~。おれもアイドルだから画像処理はしてあるけど、君は流石におれたちだもん、わかるよね。」

 「何を言って・・・どうしてこんなことしたんですか! あれ、誰か他の人も見られるんですか? 消して下さい、今すぐ! 音也くんはアイドルです、あんな、あんな画像を見られたらっ・・・!」

 自分に掴みかかる春歌を見て、音也は一瞬驚いた顔をした後、ぷっと吹き出した。

 「な・・・何がおかしいんですか!」

 「ははっ、何それ。自分の心配じゃなくておれの心配? 普通自分の心配するでしょ、こんな画像ネットに流されたって判ったら。」

 「そ、そうですけど、でもっ! 音也くんは今ユニットで大事な時で・・・!」

 「・・・ユニット・・・ああ、そうか。」

 瞬く間に消えた笑顔で、春歌は一歩後ずさる。

 「そっか、なんだ。おれの心配じゃなくて、一緒にユニット組むアイツの人気に影響するって心配なんだ。なんだ、おれの心配じゃないんだ。そっかー・・・。」

 「おとやく・・・きゃあ!」

 ぎりっ。と。
 音也が春歌の腕を捻りあげた。

 「やめ、痛い、やめて音也くん! 痛いぃ!」

 「痛くしてるからね。ねえ、言っておくけど、絶対君をトキヤなんかに渡さないから。おれから逃げたら、この画像、もっと拡散させるよ。今は会員制のサイトに置いただけで、しかも限定公開だから、おれと君以外は見られないようになってるけど、限定なんてすぐ外せる。」

 「な・・・!」

 「動画じゃなくても、画像は他にもたくさんあるんだ。君のヌードとかね。トキヤもそんな画像見たら、君になんか興味なくなると思うよ。おれが散々好きにした体で、今更他の男に受け入れてもらおうなんて甘いよ。」

 「おとやくん・・・どうして・・・。」

 「どうして?」

 音也の冷たい視線が、春歌を射抜く。

 「なんだよ・・・なんで、なんでだよ・・・なんで、なんでなんでどうしてだよ! なんでわかんないんだよ! おれは君が好きなんだよ!」

 音也の恫喝が響く。

 「おれは君以外考えられない。君がおれ以外を選ぶなんて許せない、絶対認められない。君はおれのものなのに!」

 「痛い・・・っ! やめて!」

 ますます強くなった腕を掴む力に、春歌は悲鳴をあげた。
 だが音也は、春歌を真っすぐに見つめ、甘い声で明るく言った。

 「このまま腕の骨を折っちゃったら、君はどこにも行けなくなるよね。腕だけじゃ言うこときかないなら、足の骨も折っちゃえばいい。そしたら、おれから逃げらんない。ずっと、おれの傍に居てくれるんだから。」

 凄まじい勢いで背骨を走った悪寒で、春歌は凍りついた。
 
 音也は、トキヤとのことを気付いて言っているのか。それとも、ただ春歌の心が冷めたのを責める為に、怒りを向ける対象を仲間内から適当に絞り込んでいるだけだろうか。証拠は無くても、春歌相手に喚き自分の鬱憤を晴らす人柱として、トキヤの名前を出しているだけなのだろうか。

 後者ならまだいい。証拠がなくて、春歌の心変わりを責めたいだけなら、トキヤは単に痴話喧嘩の際の餌にされているだけだ。その時間にのみ名前を出されるだけだ。

 でももし音也が気付いているなら。
 自分とトキヤの仲を察知し、既に証拠をある程度抑えた上で言っているのならば・・・。

 今の音也は、常識や良識を持ち合わせていない。トキヤのアイドルとしての価値が決定的に下がる何かを平気でするかもしれない。トキヤにだけは迷惑を掛けられない。知られたくない。音也から、トキヤを護らなければ―――――。



 

 
 「一ノ瀬さん、困ります、こんな場所・・・。」

 「ここは大丈夫ですよ。こんな場所に滅多に人は来ない。そんなことより、私の気持ちはたった一言だけで終わらせられる程、簡単ではありません。私は今夜から、半月も映画のロケで東京をあけなければなりません。海外で身動きが取れない。今しか話せないのに、人目など気にしていられない。」

 明日13時、R局で。
 
 ゆうべ、一言だけ送信した春歌は、真斗や翔が共演する番組の打ち合わせで来ていたテレビ局で、その仕事に関わりがないのに呼び出したトキヤに、もう会えません。と小声で告げた。

 トキヤは顔色を変えず、局のカフェから春歌を引っ張り、人気のない倉庫まで連れてきた。

 「私が、何かしましたか。何か君の気の障ることでも。」

 「いいえ! 一ノ瀬さんは何にも悪くありません・・・何も・・・私が、全部・・・。」

 こんな場面で泣くのは卑怯だ。
 そう思うのに涙が止められない。だってどうして。自分はトキヤが好きだともうハッキリ認識してしまったのに、どうしてそれが許されないのか。

 音也はあんな真似をするような人間ではなかった。
 彼を狂わせたのが自分の心変わりのせいだというなら、このままトキヤと幸せになる道は選べない。

 「私は君を愛してるんです。何があったんです。話してください。君を一人で泣かせたりしない。」

 「一ノ瀬さん・・・私も、私も愛しています・・・私もあなたが好き・・・!」

 「愛してます、春歌。だから、だから、どうかずっと傍に居て。」

 「無理、です・・・できないんです・・・。」

 涙で言葉がハッキリと発せられない。

 「私を好きで居てくれてるんですよね、愛してくれているんですよね。」

 「好きです。大好きです。でも。で、」

 唇を塞がれて、でも、という逆接続詞が途切れる。

 「春歌、言って。私が君を護りますから。何があったんです、言って下さい、全部。愛してます、何があっても君を愛しています。私のこの気持ちは、何があっても変わったりしない・・・!」


 まさかあれを真斗に見られていたなど、春歌は元よりトキヤも思いもしなかっただろう。
 目撃したのが真斗以外でなかったのはせめてもの救いか。そして記憶を失った身にとっては、見られていたのは幸いだったといえる。彼の目撃談は、春歌の記憶の色々な場所を揺さぶってくれた。




 「トキヤにはっきり言ってきた?」

 音也は春歌の部屋で、ソファにだらりと座って、春歌の帰りを待ち構えていた。
 トキヤの態度には迷惑している。二度と喋りかけないでほしいとはっきり伝えてくるからと言うと、音也はどこか不機嫌そうにしながらも、捻りあげた腕を解放してくれたのだった。

 「・・・はい、はっきり伝えました。」

 「証拠は?」

 「証拠なんて、そんな・・・。」

 「じゃあ信じられないだろ!」

 怒鳴る音也に床に叩きつけられて、春歌は眩暈を起こした。
 そんな春歌を掴み起こし、片方の腕をベッドの足に縛り付けると口に手近なタオルを押し込み、音也はそのまま何日も春歌を犯し嬲った。鳴り続ける携帯電話を無視し、仕事どころじゃないんだよとブツブツ言いながら春歌を甚振る音也に、昔の面影は無かった。

 数日経って春歌は観念し、感情を殺して音也に接した。愛してるとすり寄り、自分から脚を広げて強請って見せた。
 最初は突然態度を変えた春歌を訝しく思ったのか、散々な事をされた。

 「そうやっておれを騙して、隙を見てトキヤのところへ逃げる気なの?」

 「違います。やっぱり私は、音也くんの方が好きなんです。信じて下さい。一ノ瀬さんとは何も無かったです。でも、音也くんに誤解されたくないから、もう2度と会いません、本当です。」

 心が、無機質にぱりん、ぱりん。と、音を立てて割れて行くようだった。
 暴力を振るわれない為、トキヤを護る為、なんとか今のこの監禁から逃れる為であっても、自分の本当の気持ちと180度違う内容を言葉に出す絶望感は、あまりに耐え難かった。

 「・・・へぇ?」

 音也の嫌疑の目が痛かった。

 「おれを本当に愛してる?」

 「はい。」

 「ふぅん。じゃぁそこへ跪いて、おれの足、舐めてみせなよ。」

 次から次へと打ちつけられる屈辱。絶望。
 
 しかし今ここで逆らったら、昨日からずっと、心臓が剥がれ落ちるかと思う痛みに耐えて、音也を愛してるなどと、心と真逆の言葉を絞り出して来た努力が無駄になってしまう。春歌は自分にそう言い聞かせ、泣きながら音也のつま先にキスをした。

  

 2週間もすると飽きたのか。春歌が音也の要求通りにどんな卑猥な命令にも応えたせいか、音也の猜疑心が多少薄れたようだった。以前と全く同じ調子とは言えないまでも、大分穏やかな雰囲気に、音也は戻っていた。

 「おれ、ちょっと買い物してくるよ。部屋から出たら・・・わかってるね。」

 「はい、出ません。春歌は音也くんの言いつけはちゃんと守ります。」

 「よしよし。いい子にしてるんだぞ。」

 絶望していた春歌にチャンスが訪れた。
 買い物ついでに自室へ着替えを取りに寄ったところを龍也に捕まり、無断欠勤をこっぴどく注意されたと、音也がメールを送ってきたのだった。

 『今度のトーキョーテレビの特番のロケ、どっかの山に行くんだって。今日から、現場に入るまで林檎ちゃんの部屋に監禁で、仕事場まで龍也さんの監視つきだって。今までずっと仕事さぼってたからさー、このロケすっぽかしたらクビだっていうから、しょうがないから行ってくる。でも、逃げたりしたら、どこまでも追いかけるから。』

 取り敢えず解放された。
 そのメールを見てほっと崩れ落ちた時、トキヤが部屋へ上がり込んできて、春歌の姿を見て絶句したのだった。

 その時のトキヤの形相を、春歌はまざまざと思い出せていた。
 憎しみ、嫌悪、怒り。ゆらゆらと昇る憤怒の湯気がトキヤの全身からあがるその圧倒を、春歌は痣だらけの汚れたからだでみつめていた。

 海外ロケから日本へ戻り、春歌の部屋へ直行したトキヤは、床に座り込む春歌の惨状に声を消しながら泣いた。
 自分の後手に回った対応を只管詫びながら、後悔と憎悪で泣いていた。自分が音也に直接何をされたわけではなく、愛している女を傷つけられたからこそ、トキヤはぼろぼろになって春歌を抱きしめていた。
 

 

 春歌の体内にものすごい勢いで駆け巡る蘇った記憶は、走馬灯というものに近いかもしれなかった。あらゆる場面が一瞬にして次々と延々に脳で再生される。目の裏も耳の奥も、聞いた声、見た顔、混沌とだがはっきり、くっきりと一度に全部映し出され続ける。
 
 音也のフリをしたトキヤの言葉によって、固かった地面から一気に、地中深くにあった球根まで芋づる式に勢いよくひっこ抜くように鮮明にあふれ出した記憶。

 そうだ。
 私は。

 「一ノ瀬さんとも、音也くんとも、恋人同士だった・・・。ずっと音也くんとおつきあいしていたのに、一ノ瀬さんの方を好きになってしまって・・・私が・・・。」

 春歌は取り戻した事実で、全身を張り詰めさせ立ち尽くしていた。

 「私が一ノ瀬さんを好きになったせいで、どんどん変わっていく音也くんが怖くて・・・。突き飛ばされたり、脅されたり、怖くて、辛くて、泣きそうで、こんなこと、耐えられないって、思って・・・。」

 呟いた春歌を抱き締めたトキヤの腕は、悲哀に満ちていた。

 「私が君を護り切れてなかったんです。君はあんなひどい目に遭っていたのに・・・。本当は辛いことなど、思い出させたくなかった・・・! 忘れてしまったのなら丁度いいと、このまま、このまま私と未来だけを追いかけさせてあげたかった・・・ッ!!」

 2人して崩れ落ち抱き合う部屋に、早馬のように夕方の冷気が忍び寄る。
 一気に暗くなったかと思う間もなく、ざーっという音とともに夕立が街を襲う。

 雨音の響き渡る部屋で、並んで寄り添いあって座り、時間だけが過ぎて行った。

 春歌が、ぽつりと言う。

 「一ノ瀬さん。」

 「はい。」

 「私・・・音也くんが変わったことがショックでした。悲しかった。悪いのは、一ノ瀬さんを好きになってしまった自分ですけど、でも、それでも、音也くんがあんな風になったのを受け入れられなかった・・・。音也くんから届いたメールは、もう開けるのも怖くなって・・・仕事のメールだけ残していっぱい削除しました。もし一ノ瀬さんに見られたらと思うと、怖かった。結果的に、写真なんか見られなくても、音也くんにどんな事をされたか、大体想像ついちゃうような時に、一ノ瀬さんが来てしまったんですけど・・・。」

 「・・・言わないで。過ぎたことです。私は何があっても君を愛してるから、もうそれについては言わなくていい。ええ、怖くて、辛かったでしょう。先ほどはすみません。知っていたのに、それを知っていて、私は君に大人しくしてほしいばかりに、君を怖がらせると承知の上で、あんな台詞を投げつけて・・・。」

 トキヤが目を瞑る。
 腰を抱いていた手が肩へ登り、春歌を更に抱き寄せた。

 「医者にも、部分的な記憶喪失は、ひどくショックな事が起こったり辛い事が続いた場合、精神状態を保つために、何らかのきっかけでショックの原因を消すからなるのだと聞かされました。元々、本で読んで知っていましたし・・・。君は本当に辛そうだった・・・。でもそれは、ただ別れ話を切り出す踏ん切りがつかないとか、そういう単純な想像をしていました。」

 自分が音也に話すというトキヤを、春歌が必死に止めたから、だから自分は、何か考えがあると思って、別れは自分の口から告げたいのだとしたらその気持ちも判らぬではなかったから、その時それ以上踏み込んだ話が出来なかったと、トキヤは唇を噛んだ。

 「だけど君は塞ぎ込むばかりで、体調を崩して・・・。君の家へ強引に乗り込むまで気付かなかった私が、いけなかったんです。音也に乱暴されて、あざまで作って・・・あのあざが音也のせいだったと知った時、私でさえ耐えられなかった。だから君の記憶が失くなった時、私は、ある意味ありがたかった。忘れたままでいさせてあげたかった・・・。でも、思い出したのでしょう?」

 「はい、大体は・・・。一ノ瀬さんが海外ロケが終わってすぐ来てくれて。音也くんは林檎先生に見張られていて、お仕事が終わると真っすぐ林檎先生のおうちに連れ戻されてるって話を一ノ瀬さんが聞いてきてくれて・・・。一ノ瀬さんがずっと、音也を許せない、でも君の写真を持っているから迂闊に手が出せないって、考え込んでて・・・。」

 今までが嘘だったのかというように、湧水みたいに記憶が溢れ出す。

 「でも私、最後だけが、思い出せません・・・。ロケの最終日に山へ行ったとか、その辺りの記憶だけが、どうしても・・・。」

 「・・・正確にはどの辺りから、記憶を取り戻せないか判りますか。 新幹線に乗った記憶などは戻ったのですか?」

 「一ノ瀬さんが音也くんと一緒に数日間ロケに行くから、その間は会えないって話をしたのは覚えています。そこからはあまり・・・。だから、そんな新幹線に乗るとか、それより何日も前からの部分が、思い出せてないんだと思います。」

 トキヤは黙って春歌の告白を聞いている。

 「ネットで探したらとても可愛いペンションがあって、折角だからそこに泊まりたいって話をして・・・でも、ロケがどうなるか判らないからって、いつか一緒に行こうねって約束をして・・・。そこらへんまでは、覚えています。」

 トキヤは泣きそうな、歪んだような笑顔を見せる。

 「そんなこと、ちゃんと覚えていてくれたんですね・・。そういう記憶だけを思い出して、それで終わりにしてくれていれば、そうなれば良かったのに・・・。」

 「・・・いえ。それで・・・最後は、最後は私は、どうして思い出せないのでしょうか。新幹線に乗った記憶もありません。ロケで数日会えないねって話をしたの、ロケが始まる何日か前でしたよね・・・。だって、あと3日もしたらロケが始まって、それが終わったらすぐ音也に話をつけないと、って一ノ瀬さんが言うから、どうなってしまうんだろうって私、ビクビクしてて・・・。」

 「・・・そう、ですね。」

 「そこからぷっつり思い出せません・・・。だけど羽山で私は倒れてて、病院に運ばれました。私は結局、音也くんは結局・・・私はやっぱり一ノ瀬さんと山へ登ったんですか・・・? 判らないんです。結局音也くんの失踪は、私と一ノ瀬さんに何の関係もないんですか? 私はただ、あの日あの場所へ、どうしても一ノ瀬さんに会いたくなって行った。とか、なのでしょうか?」

 
 春歌を真っすぐ見据えたトキヤが、静かに言った。

 

 「落ち着いて、聞いてくださいね。」

 

 
 
 


  
 

 To Be Continued・・・









 次回第10話は、11/11頃掲載予定です。
 いつもお読み頂いている皆様、初めて起こし下さった方、もうしばらくお付き合いよろしくお願いします!

  









 
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非公開コメント

ますます続きが気になります〜!
ほんといつもみるくさんの作品は引き込まれてしまって心に残ります。
寒くなってきたので体調にはお気をつけくださいね。続きを楽しみにしています。

うああ~音也が鬼畜(>_<)そんで何処へ??…考えると怖くなるよ~!もう、次回までヤキモキします(^_^;)

ma85さんへ

ma85さんこんばんわ!

続きを気にして下さってありがとうございます!
告知どおりの更新が出来そうです。
もうちょっとだけお待ちくださいませ・・・。只今、鋭意推敲中です。頑張ります。
誤字脱字あると恥ずかしいので・・といいつつ時々ありますが・・・すいません。

そしてお心遣いありがとうございます!
とっても嬉しいです~~~~!!
コメント本当にありがとうございました!

ナナオさんへ

ナナオさんこんばんわ!
音也この回の鬼畜っぷり、本気でもう、申し訳ない・・・。
音也ファンに生卵ぶっかけられそうでビクビクしておりますん・・・。

次回、告知どおりに更新できそうです。
といいつつ1日くらいずれたらすいません。
頑張って更新いたしますので、最終回までもう少々、ぜひお付き合い頂ければ嬉しいです。
コメントありがとうございました!
プロフィール

みるくあずき2

Author:みるくあずき2
成人。
主婦。母。妻。嫁。娘。事務員。など。

本家ブログはアメブロ
http://ameblo.jp/milk15azuki
にて、乙女ゲームレビュー(感想・攻略? 雄叫び、乙女向けCDも愛聴)を書き綴っております。

乙女ゲ歴というかゲーム歴4年。
妻となり母となって大分経ってから見つけた趣味なので、遅咲きです。
遅咲きの狂い咲きってヤツですね。

本家ブログは只今リアル絶賛多忙中の為に気紛れゆるゆる更新です。コチラは元々気の向くままに進めています。

下のカテゴリからお好みのモノを選んで頂くと、連載は1話から読めます。

感想・お世辞は大歓迎ですが、苦情は受け付けられません。
鍵付きのコメントは、拍手コメントも含め一切の誤表示を防ぐ為、お返事は致しませんが、必ず読んでおります。励みになっております。有難うゴザイマス。
拍手とかコメントとか貰えると泣いちゃうくらい嬉しいですよ・・・。

鍵付きでは無いコメントは、拍手コメントも含め必ずお返事させて頂いております。
宜しくお願い致します。

只今うたプリだと トキ春 嶺春 蘭春 音春を筆頭にカミュ春や翔春、真春、レン春もございます。R18、オールNLとなりますので宜しくお願い致します。

だけど最近プリンスよりも先輩とかヘヴンズが好きだったり・・・。

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