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pastiche 第1話

 

 

 pastiche
   第1話






 

 「解離性障害。症状は健忘。ですがまあ、程度はごく軽いと思われますよ。今ちょっと難しい言葉を使いましたが、実際にはそんなに深刻な状態では無いかと判断されます。一時的なものだと・・・。」

 医者のその言葉を聴いたトキヤは、表情の読めない目を揺らさないまま、続く説明を聴いていた。
 春歌はそれを、ぼんやりと見ていた。




 

 それは、春も終わろうという頃だった。
 

 「君は、覚えてないんです、か・・・。」

 医者の難しい説明を2人で聞き終え、また入院中の個室へ戻って来た時には春歌はどっと疲れ、そのままベッドに潜り込んで眠った。眠る時に聞こえたトキヤの呆然とした呟きが切なかったが、それすらすっと消える程早く眠りにおちた。
 
 暫く経って目覚めても、トキヤはまだその場にいてくれた。
 眠る前に聞こえた呟きも、起きた時にほっとしたような、それでいて辛そうな笑顔も、春歌には理由が判らなかった。

 「一ノ瀬さん・・・。」

 どうしていいか判らず、でも、何か言わなければいけないような気がして、取り敢えずトキヤの名前を呼んだ。
 すると、トキヤが声を出さずに微笑んだ。

 「一ノ瀬さん?」

 「・・・ああ、いえ、すみません、なんでもありません・・・。私の名前だけは・・・ちゃんと覚えていてくれてるのだな、と・・・。部分的に記憶が無くなるという症状は、ショックを受けたりした場合に多いらしいですね。ショックを受けた原因に関する事を神経や脳が拒絶して、だから覚えて無い、という状態なのだと・・・あの医師の説明ですけど。」

 途切れ勝ちに、トキヤは話す。
 春歌は、上半身を起こした。

 「あの、覚えてないってどういう意味ですか。私は自分が誰かも判りますし、一ノ瀬さんの事も判ります。ただ、その・・・どうして入院してるのかが判らないんです。」

 「そのようですね。その辺りの部分をすっぽり忘れてしまってるようです、君は。」

 「あの、仕事は、」

 「ふむ・・・。本当に、仕事の事などは覚えているのですね・・・。大丈夫ですよ、仕事の事は心配要りません。日向さんが君のパソコンのデータを調べて、直しを指示されていた曲がきちんと直されているのを確認しましたから、請けた依頼は総て消化しています。次の仕事はストップしてあります。不幸中の幸いでした。一応次の話はあるようですが・・・」

 トキヤが説明してくれるのを、春歌は黙って聞いていた。
 今現在は依頼はすべて提出し終えた。彼の説明が、自分の記憶と相違無かった安心感でほっとし、途中でトキヤの声から神経が逸れる。

 春歌は左右をなんとなく見た。

 ベッド。
 ナースコール。
 
 自分が用意した物ではないタンブラーやタオル。新品のパジャマ。目の端に映る、病院のベッドを囲む特有の白いカーテン。個室の為それを開け放してあり、見渡せる部屋は、白い。
 
 自分は何らかの事故にあったようだというのは何となく理解していた。腕に包帯が巻かれているし、身体のあちこちに擦り傷がいくつかあった。それにどうやら看護士達も口にする 「記憶が欠落している」 状態だからこそ、入院しているし医者にも診察されているらしいという状況は判る。
 
 頭では判るのだが、自分にとって目の前のトキヤの事も覚えているし、大体が今トキヤの口から出た恩師・日向の存在も、仕事内容も覚えている。だから記憶が欠落していると言われても、気持ち的に納得できない。自分は何を忘れているというのか。それは大事な事なのだろうか。単に、事故の内容、その瞬間だけを忘れているのではないのか。

 



 自分の名前は判る。七海春歌。春歌は心の中で復唱する。
 こんな事実は春歌にとって、当たり前で何の変哲も無い事だ。

 だがそれを、医師に何度もしつこく問われた。

 仕事は、生まれた場所は、住所はどこか。幼少期によくした遊びや、小学校時代に印象的だった学校行事は何か。最後に卒業した学校はどこか、その学校にいた友達や先生の名前は何か。今まで自分が作った作品、それが起用された番組名。その番組の出演俳優は誰か。最近好きでよく食べていた食べ物は何か。

 果ては、寒くなる前に買ったコンビニ商品は何ですか。など、思わず首を傾げて笑ってしまう内容もあった。

 ありとあらゆる質問を受けたが、どれも自分にとってはどうということのない、当然の事柄ばかりだった。

 なのに。
 日にちや時間をおいて尋ねられても、どうしても答えられなかった問いがあった。

 

 「お付き合いをしていた男性は、居ますか。」

 「入院する直前の数日間、貴女はどこで何をしていたんですか。」

 

 それを聴かれると、頭が割れるように痛くなるのだ。

 恋人と言う単語から連想される何かを必死で思い起こそうとすると、自分が誰かと口づけている映像が頭を過る。熱い手指、身体を貫く情熱的な固まりが記憶にちらつく。それは、自分が処女では無いと強烈に知らせていた。自分には恋人が居たのだ。それは間違いないらしい。

 しかし、相手が誰なのかが見えないのだ。
 確かに、覚えがある人物なのに、思い出せないのだ。

 「ここに来る前に、何処で何をしていたのかは、全然思い出せないんです・・・。だからどうして私は入院してるのか意味が判らなくて・・・。」

 頭を振る春歌を見て、医師は淡々と質問を続ける。

 「あなたは、山の中で倒れていたそうです。どなたと山へ出かけたのですか。」

 「わかりません・・・大体、山へ行った覚えがないんです・・・。」

 「誰かと約束をしていたのでは? 前の日や、一週間くらい前に会った人で、思い当たる方はいませんか。」

 「・・判らないんです。私は毎日曲を作って、みなさんと一緒に食事をしたり、メールで普通の話をしたり、それ以外、何かをしていた覚えがないんです。ある日突然、目が覚めたらこの病院へ来ていた、としか。」

 「1週間前に、あなたの曲を起用したCMが放送になりました。ご覧になりましたか?」

 「・・・曲を作成していた覚えはありますが、放送を見た覚えは・・・。」

 ずきりと、その質問を受けた時に春歌は何故か胸が痛んだ。
 思わず胸を抑えたが、思いすごしかとまた顔を上げる。そして、カルテに何やら書きこんでいる医師に告げた。

 「私は普通に仕事をして、皆さんと一緒に夢を追いかける毎日を過ごしていただけ。としか、それしか思い出せないんです。・・・でも、なんとなくですけど、私には恋人は居たような、気がする・・・。」
 
 と、心許ない一言を医師に向かって絞り出したのを最後に、どっと疲労感にも似た眩暈に襲われ、春歌は丸1日以上も眠っていたらしい。起きた時、あの問診から2日経ったとトキヤに告げられた。

 そして、眠っていたうちに診断結果がおりたと連絡があり、トキヤと共に医師の部屋へ赴いて聞かされたのが、所謂記憶喪失だという所見だった。

 ただ春歌は、そう言われても何か実感は湧かなかった。そんな事より自分は1日眠り込み、診断を聴いてまた疲れて数時間眠った。記憶が云々よりもそんな自分の弱さに項垂れた。しかしそれも、ショックを受けたせいなのだと言われた。医者の言葉は難しくてよく理解出来ないが、詰まる所これ以上傷つかないように、無意識に身体が眠りに逃げているらしい。精神とは、そこそこ上手く出来ていると春歌は感心した。

 何がそんなにショックだったのか。思いつかない。思い当たらない。
 ただ足を滑らせて頭を打った程度ではないのだろうかと、春歌は思っているのだが、トキヤは、そうではないようだった。

 

 

 「・・・そんな流れで進めてますから、だから暫くは治療に専念できます。仕事について心配しなくていいんですよ。」

 再びトキヤの声が耳に響いた。
 そうだった。自分は今、仕事の状況を聞いていたのだったと、居住いを正す。


 トキヤは、学園時代を一緒に過ごし、同じ事務所に入った友達だ。
 しかし。

 どうして彼が今ここに居るのか実の所、春歌には良くわからなかった。

 別に居てもおかしいわけではない。
 友達だから見舞いに来てくれていても当然だ。このベッドで気が付いてから何日かは何人もが見舞ってくれ、友も恩師も涙を流しながら、意識を取り戻したことを喜んでくれていた。

 ただ。
 何をしていても、彼がいつも当然のような顔をして傍に居る事が、春歌にはよくわからなかった。眠ってばかりいる影響なのか頭の芯がぼんやりする為、今まで尋ねる事もしなかったが、不思議には思っていた。どうしてトキヤは、自分にずっと付き添っているのだろうかと。

 彼はアイドルで、忙しい筈だ。
 そもそもこの病院は最近の例に漏れず完全看護だ。当然宿泊には許可が必要となり、それが不要な容体の春歌の病室からは看護士が時間になるとやってきて追い出されるので、トキヤも夜には帰る。付き添う必要はないのだ。なのに、ほぼ毎日1日中ここにいる。

 「あの・・・。」

 春歌は、思い切って尋ねる事にした。
 仕事の話をとうに終え、ベッドの横にある背の高い棚に置いてあるタオル類を整理していたトキヤが、軽く振り返る。

 「なんですか。」

 「あの、一ノ瀬さんは・・・どうして私にずっと付き添ってくれているんですか・・・?」

 「・・・。」

 一瞬鋭い目をして、それから押し黙ったトキヤの様子に慌てて、春歌は言葉を付け足す。

 「その! 嫌とかじゃないんです! 感謝してるんです! ありがたいと思ってます。ほんとに、色々してくれて・・・私、目が覚めてもすぐにはまともに真っ直ぐ歩けなかったし、喋っててもぼんやりしちゃって、お茶の用意とか、ほんとに、感謝してます。でも、あの。」

 トキヤは黙ったままだ。

 「ど、どうして、一ノ瀬さんなのかな、って・・・。林檎先生が気にかけて下さって、必要な物も届けて下さいますし、一ノ瀬さんは・・・お忙しいですし、お休み、なんでしょうか・・・。だとしても・・・。」

 トキヤが、ベッドの横のスツールに再度腰を下ろした。
 春歌は黙る。気まずくて、無理やり笑ってみせたが、トキヤは笑ってはくれなかった。

 「君は、覚えてないんですね。本当に。」

 「あの・・・。だから、教えて下さい。私はどうしてココに居るんですか。何があったんですか。どうして誰も教えてくれないんですか。ただ転んだだけなんじゃないんですか? 普通に仕事して皆さんとお喋りしたりして過ごしてて、たまたまある日転んで怪我をして、頭でも打ったからちょっとその時の記憶が無いだけな、」

 勢いついて畳み掛ける春歌を、トキヤが手で制した。
 はっと我に返った春歌は、感情を表に出し過ぎたのが恥ずかしくて、俯いた。

 少しして、トキヤが口を開いた。

 「君を病院に運んだのは私です。」

 「・・・はい、ありがとうございました。」

 それは意識が戻ってすぐに林檎らに聞かされていた。
 自分は出掛けた山中で道に迷ったらしい。トキヤが見つけてくれた時には、気を失って倒れていたのだという。腕の裂傷が酷かったと聞いたが、それは実際に腕が痛むのと、仰々しい包帯のせいで納得できた。

 トキヤは、春歌が気絶し腕を怪我しているのを見つけ驚き、慌てて119番をしようとするも、携帯電話は圏外で繋がらなかった。仕方なく春歌を抱えて、一番近い幹線道路まで戻って救急車を呼んだと聞いていた。

 「それは本当に感謝しています。山の中なんて、一ノ瀬さんが見つけてくれなかったら、私、死んでたかもしれません。でも、もし自分が一番最初に見つけたからって、そういう意味で責任を、とか、って・・・そういう風に思って付き添って下さっているなら、それは申し訳なさすぎますので・・・。」

 トキヤの視線に耐えられず、目を逸らして春歌は話を続けた。
 彼の強い眼差しに胸がざわつく。不安か、はたまた既知か解らない。

 「あの、私は決して一ノ瀬さんに居てほしくないとかそういう意味では言ってないんですけど、その。」

 「春歌。」

 「はい。・・・え?」

 反射的に返事をし、そして聞き返す。
 トキヤは、ゆっくりと言った。

 「そう呼ぶようになったのは、本当に最近でしたから・・・。多分、あの山に入る直前から記憶が無いのではなく、君の話を聞いている限り、私たちが恋人同士になった辺りからの記憶が無くなってしまっているようですね。医者もそう考えていましたし、私も十中八九、それで間違いないと判断しています。」

 「・・・・は?」

  
 きょとんとする春歌の手を握り、トキヤは言った。
 トキヤは、学園時代を一緒に過ごし、同じ事務所に入った友達だ。

 だが彼は今。
 彼の言葉に今、含まれていた単語は。
  
 
 「私と君は、恋人同士です。どうかそれを、思い出してほしい。」

 「な、そ・・・え・・・。」

 
 恋人同士?
 自分が、トキヤと?

 たじろぐ春歌の目をじっと見つめたトキヤが更に言う。

 「思い出させます。私が。・・・私は、君を失くせないんです。春歌、私が君の恋人です。これからもずっと・・・!」

 春歌は自分の身体の中で、ざあっと何かが舞い上がる音を聞いた。
 
 それは、彼の言葉に該当する記憶も無く。目が覚めてからずっと、ぼんやりしていて混乱していて、まとまらず散乱していた様々な心の欠片を、トキヤの手と言葉の熱すぎる真剣さが、強い竜巻の如く巻き上げた音だった。









      To Be Continued・・・
















 
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No title

新しい小説、心待ちにしていました!
うたプリに最近はまった者として、長編ものは楽しみで仕方ありません♪

名無しさんへ

すいません名無しさんとしか表示されないので
名無しさんと書かせて頂いてます。

お越し頂き有難うございました!
新連載、2話を本日アップしました。
どうぞ最後までお付き合い頂けたら嬉しいです。
宜しくお願いします!
コメントありがとうございました。
忙しいな~って毎日の中でも、書こう!って励みになります。ありがとうございました
プロフィール

みるくあずき2

Author:みるくあずき2
成人。
主婦。母。妻。嫁。娘。事務員。など。

本家ブログはアメブロ
http://ameblo.jp/milk15azuki
にて、乙女ゲームレビュー(感想・攻略? 雄叫び、乙女向けCDも愛聴)を書き綴っております。

乙女ゲ歴というかゲーム歴4年。
妻となり母となって大分経ってから見つけた趣味なので、遅咲きです。
遅咲きの狂い咲きってヤツですね。

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だけど最近プリンスよりも先輩とかヘヴンズが好きだったり・・・。

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