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complice 最終話

 



 
  

 complice
  最終話













 「か、はっ・・・げほっ。ぐ、うっ、・・・けほ、ぅっ、うう。」

 引き上げられた春歌は、大量に飲んだ水を吐き出すのに必死で、タイルの上で呻いていた。
 濡れて張り付いた洋服や髪、どうしてレンが湯から引き上げてくれたのかなど気にならないくらい、突然の死の接近から逃れられた事実しか頭になかった。

 げえげえと湯を吐き出している間に、無残に破れた洋服をはぎ取られた。
 息も整わない春歌の身体に、レンが石鹸を泡立てて洗い始める。

 無言で、無表情に動作を進めるレンが怖くて、春歌は唇を震わせて咽ていた。
 数十秒も強引に沈められていた為、鼓動も呼吸も、そして思考回路も乱れたままだ。胃にまだ水が残ってるような気がして、春歌はせり上がる嘔吐に似た悪寒と戦っていた。

 髪を引っ張られて、体と同じように洗われる。
 春歌はただもう為す術なく、レンの手の動きに従っていた。

 一通り洗い終わった後は、部屋を移動した。
 
 パウダールームで適当に水を拭われた。そして2階の部屋へ、レンが春歌を抱えて運んだ。ベッドに乗せられ、レンがドライヤーを持ち出して来て洗った春歌の髪を乾かし終える頃に、ようやっと身体が落ち着いてきた。その間ずっと、レンは無言だ。
 
 生きている。良かった。殺されるかと思った。それだけが胸の内をぐるぐると廻る。
 
 どうして引き上げてくれたのかは解らない。しかし理由なんてどうでもいい。生きている、良かった。それだけだった。
 ドライヤーのスイッチを切ったレンは、何も言わずに部屋を出て行き、春歌は乗せられていたベッドの上に倒れ込んだ。

 何も考えられない。
 やっと、窒息寸前だった生死を彷徨う瞬間から、身体が落ち着いたばかりだ。ただただ、シーツの柔らかさを感じられる生に感謝していた。

 戻ってきたレンは相変わらず無言だった。
 ベッドへ近付いて来る姿を何気なく見ていた春歌は、ぎょっとして身体を起こした。

 鋭利な光る、線。
 
 春歌はゆっくりとシーツの上で震え出した。

 

 「やめ・・・や、やだ、いや・・・! 注射・・・!」

 レンが春歌の下半身を引き寄せ、尻を高く上げさせた格好で抑えつける。

 春歌はまた喉が攣り、声にならない悲鳴で空気を震わせた。レンの手にある物を見て、沈められた時と同じ恐ろしさを感じ、身体の芯がまた冷たくなりそうになったのだ。

 「ハニー。これは悪い薬じゃない。動くと逆に危ない。やり方はドクターにちゃんと聞いたけど、暴れてる人間相手に打つ前提では教わって無い。」

 レンの声は無機質で、腕の力は有無を言わせない強制の意に満ちていた。
 何をされるのか全く分からない恐ろしさで、春歌は膝をガクガクと笑わせ、目からはぼろぼろと涙を流した。そんな春歌を見て、レンは小さく舌打ちすると一旦ベッドを離れた。

 今度はミネラルウォーターのペットボトルを片手に戻ってきて、怯える春歌の口の中に、自分の指ごと無理矢理何かを押し込んだ。

 「飲んで。」

 言う事を聞かなければまた何をされるか判らないと、春歌は絶望的な気持ちで水と一緒に飲み込んだ。錠剤のようだった。水を飲む春歌をじっと見つめていたレンが、ペットボトルを取り上げ、また春歌を先ほどと同じ姿勢にさせる。

 「ッつ!」

 チクリと、針の刺さった痛みを尻たぶに感じた。ぎゅっと、握りしめた拳に力が入る。
 自分が何をされたのか、恐ろしくて不気味で堪らない。

 レンは針を引き抜くと、また何も言わずに部屋を出て行った。
 何が何だか訳も判らず春歌は放心していたが、すぐに意識がなくなった。








 次に春歌が気付いた時には、既に東京に戻っていた。

 目を開けたら、白い天井だったのだ。

 自分が居る場所が東京だと判ったのは、窓から見える景色からだった。
 そして自分は、その窓のある部屋から出られなかった。

 部屋を訪れるのは看護婦と、そして医師だけだった。
 目が覚めたその日こそ、まるで人間ドッグかと思われる検査を何種類かしたが、それはその一度きりだった。

 看護婦らは一切の世間話もせず、毎日春歌の体温と脈を測り、体調に関して3,4種類の質問をする。時間になると食事を運んできた。医師は1日に1度やってきて、看護婦と似たような、体調に関する幾つかの簡単な質問をするだけだった。

 目が覚めた時から、病院だというのは判断できた。
 看護婦らの存在もそうだが、ベッドが病院のそれだったし、ナースコールの設備や、独特の雰囲気ですぐに判った。何より、ベッド脇のテーブルに置いてあった病院案内が決定的だった。そのパンフレットに載っている個室が、今自分が居る部屋と全く同じ部屋だったからだ。

 「医療法人・D会 D第一病院・・・。個室料・1泊15万円・・・。」

 その名前はよくテレビで見た。設備が立派で、政治家や著名人などのVIPが大勢入院する病院であるのを、流石の春歌も知っていたので呆然とした。心のどこかで、レンがここへ自分を入れたのだと察しはついていた。ただ、どうして入院などさせられているのかは判らなかった。

 部屋はやたら広く、リビングと畳スペース、トイレとシャワールームなどがある。リビングとベッドルームを隔てる簡易的な間仕切りがあり、冷蔵庫の中にはウイスキーやらが用意されていた。

 しかしここには、リビングやらを使用するような誰かは訪れなかった。
 広い部屋で、春歌はぽっかりと、風景から切り取られた存在として不安な日々を過ごしていた。
 
 ベッドルームには立派なステレオセットと、明らかに備付けではないCDラックがあった。ラックには大量のCDが収納されていた。1枚を手に取り春歌は驚く。新品だったからだ。確かめる為に手当たり次第に手に取ると、それはどれもシュリンクがかかったままの新品で、良く見るとステレオセットも、どうやら元々この位置には無いだろう、という場所に設置されていると気付いた。

 自分は2度とこの部屋から出られないのではないかという不安が日増しに大きくなる絶望を押し殺しながら、春歌は何もしない日々を過ごした。


 この個室で目覚めて、春歌の記憶で1週間ほど数えた頃、月経が始まった。
 その日の問診で、生理が来たと告げた途端、医師の診察は途絶えた。そう言えば毎日、生理が来たかどうかを聞かれていたな。と春歌はぼんやり思った。

 月経が終わる頃、再度何日振りかに医師が来て、その時は多少詳しい問診を受けた。
 
 自分を取り巻く環境が、自分の預かり知らない謎ばかりの日々。何を聞いても答えない看護婦。機械的な医師。白いばかりの部屋。春歌は精神的に疲れてしまっていた。

 

 転機は突然訪れた。
 それは、生理が完全に終わったと医師に告げた翌々日の朝だった。朝食を運んできた看護婦から唐突に、「退院おめでとうございます。」 と言われたのだ。耳を疑った。

 出られる。

 看護婦はそれ以上一言も話さなかったが、退院という単語が単純に嬉しかった。しかし嬉しさよりも、なぜか緊張した。
 
 朝食が終わると、俄かに春歌の部屋は騒がしくなった。明らかに看護婦とは違う女性が数名部屋へ入って来た。しかしやはり質問には一切返事をもらえない状態で、着替えさせられ、髪を整えられた。

 「あの、ほんとに、一言でいいんです。これは誰に頼まれてるんですか。それだけ教えて下さい。私、お金持ってないんです。このお洋服のお金も、化粧品のお金も払えません。どうしてこんな事するんですか・・・神宮寺さん、ですか?」

 春歌がどんなに頼み込んでも、彼女たちは否定も肯定もしない。
 頑なに口を閉ざし、無言で春歌を着せ替え人形のようにスタイリングしていくだけだ。

 言葉の通じない、常識の違う国へぽんと投げ出されたようで、春歌はもう心底どうしていいか判らなくなっていた。
 そうこうするうちに支度が整えられ、春歌は何人もの看護婦に囲まれるようにしてエレベーターを降り、玄関まで連れてこられた。

 久々に見た、遮る窓ガラスのない太陽の光が眩しくて、春歌は目を細めた。
 周りを固めていた看護婦が離れ、視界が広がった先に、

 「神宮寺さん・・・。」

 何日振りだろう。
 
 愛しい恋人が、いや、愛しかった筈の恋人が、立っていた。あの日、あのホテルの部屋のドアを開けた時も彼は笑顔で立っていたが、その時よりもうんと明るい笑顔で、花束を持って立っていた。元々華のある人目を惹くオーラを持つ彼は、明るい日差しを背に浴び、輝かんばかりだ。

 「ハニー、退院おめでとう。良かったよ。さ、帰ろう。」

 「あ、・・。」

 レンの顔を見ても、笑えなかった。言葉も出なかった。

 浴槽に沈められた恐怖が蘇る。だが、あれは夢だったのかと思わず自分の記憶を疑う程、レンはにこやかに春歌の腰を引き、花束を抱かせて車に乗せると、運転席でハンドルを握った。

 「ハニー、病院はどうだった。寂しかっただろう。すまなかったね。ハニーの退院に合わせてオフをもぎ取る為に、仕事に根詰めていたから許してくれ。退屈しないようにCDを何百枚も揃えておいたんだけど、全然聞いて無かったらしいね。体調は良いって聞いてたけど、やっぱり病院なんかじゃ気が滅入っちゃってたかな。」

 やはりあれは、レンの用意したものだったらしい。
 春歌は、何処へ行くのかも知らされていない車の中で、花束を握り締めて小さくなっていた。




 目的地は思ったよりも近かった。
 
 どうやら裏口らしい入口から敷地へ入り、車を止めたレンに促され、春歌は車を降りた。

 どこかで見た事ある景色だなと思いながら、手を引かれるまま家に入る。階段を上がって通された部屋は、まるで病院の個室と似たような部屋だった。ベッドコーナーとリビングコーナーに別れており、ホテルのスイートルームと同じ作りだと春歌は思った。奥はバスルームになっている気がして、普通の個人の邸宅で、わざわざバスルームを自室内に作るなんて不思議、と、どうでもいい事を思った。

 「疲れたろう、お茶でも淹れようか。ほら、つっ立ってないで。座りなよ。」

 「あの・・・。」

 なんだこれは。
 
 私は、あの夜貴方に殺されるかもしれないと思ったのに。実際、殺意すら感じたというのに。意味の判らない入院生活を強いられたと思ったら、また前と同じような恋人の顔で自分をこんなところに連れて来て、なんなのだ、これは。

 それが言葉にならない。
 レンが、戸惑ったままの春歌を抱きしめ、近くにあったベッドにそのまま腰掛けた。

 「あの時は、ごめんね。俺も、気がどうかしてた。」

 春歌は、レンの腕の中で身体を強張らせた。

 「気付いたら、君をあんな目に・・・いつ君を引き上げたのかも、記憶が無いんだ。・・・どうしてあんなことしたのか、よく覚えてないし。でも・・・。」

 訥々と話すレンを見る。
 目が合った。

 その目が、あの湖の傍のホテルへ自分を迎えに来るまでの彼の目とは違う。と思った春歌に、レンが言った。

 「でも、殺したいほど好きだとかって時々聴くけど、ちょっと判った気がする。」

 

 殺したいほど。
 
 その言葉だけが春歌に刺さる。
 やっぱりあの時、彼は私を殺そうと思っていたのか。それとも、タチの悪い冗談や揶揄なのだろうか。だが実際死にそうな目に遭った春歌には、それを冗談と捉える余裕はなかった。

 「あ、の・・・。」

 「入院中に医者に調べさせたら、性交の痕跡は1週間前位まで遡って無い。って聞いて、取り敢えず安心した。まあ君は医者の問診にも、最後にセックスしたのは俺と逢った日だって答えてるしね。何の注射を打たれたか判らないのに、医者の質問に嘘をつくようなヤツは居ないだろうから、問診の回答だけでも信憑性はあったんだけどね。」

 そういえば、そんな事を聞かれた記憶もある。
 確かに、あの注射が何なのか解らなくて、自分の身体に何をされているのか恐ろしくて、医者には出来るだけ真剣に思い出して正確な日付を伝えた気がする。

 「注射、痛かった? 悪かったね。でも、イッチーとセックスしたかどうかハッキリさせる為に仕方なかったんだ。飲み薬もあったけど、注射の方が早く生理が来るって医者が言うからさ。君の罪は軽いって証拠が早く欲しくて。」

 罪。
 彼の言う罪とは。どれを指す?

 「あの注射は・・・。」
 
 「注射の方は、生理を早く来させる薬。あ、飲んでもらったのはただの睡眠薬だから安心して。移動するのに暴れられると困るから、眠って貰う為に飲んでもらった。注射にすごく怯えてたから、車の中で取り乱したりしないようにね、仕方なかった。」

 「・・・・。」

 「注射を打って2週間しても生理が来ないと、妊娠してるって事になる。俺と逢わなかった間、イッチーに中に出されてないかどうか調べたかった。最後に俺が抱いた時は一応外に出したから・・・。これを説明してしまったら、君が医者の問診に本当の事を言わなくなる可能性もあったから、ごめんね。」


 何が、ごめんね。なのかよくわからない。
 彼はさっきから謝罪を口にする。
 それが不気味だ。社交辞令よりもとってつけたように紡がれるそれは、形而上ですらない。

 疑われているのだ。不貞を。
 不貞を疑いながら、彼はまるで自分が悪いようにいちいち謝る。それが怖い。裁く側の提示する謙遜は、詰まる所権力の逆説的誇示だ。だから恐ろしい。

 不貞を疑われるのは当然で、畏怖を覚えるのも自業自得だと反省する一方で、それだけはしなかったのにと声高に言いたい気持ちも小さく主張する。実際に口に出しては、言えないが。

 
 「あの、私の荷物は・・・?」

 居たたまれなくなって、春歌は話を振った。
 レンが、何気ない日常の声で答える。

 「ああ、洋服や化粧品なんかはそこへ置いてあるよ。携帯は捨てた。」

 「捨てた?」

 捨てたという言葉に驚いて、春歌は聞き返す。
 レンは軽くウインクして笑うと、春歌のものではない携帯電話を手渡した。

 「判ってる。俺とは連絡を取れるようにしておかないとね。今日からはこれを使って。あ、それは俺にしか連絡が取れないようにしてあるから。実家とか、友千香ちゃんに用事がある時は俺に言って。」

 「あの、私の携帯は。」

 尚も聞く春歌に、レンがすっと目を眇めた。

 「誰に連絡を取るつもりなの。」

 「いえ、そうじゃなくて、どうして捨てたりしたんですか。どうして・・・。」

 「イッチーには絶対逢わせないよ。」

 自分の腕に抱いた春歌と反対の方向を向きながら、レンが言った。
 そして今度は、ふと、思いついたように言った。
 
 「ああ、そうか仕事か。仕事の事なら、それももう考えなくていいよ。ハニーは事務所や仕事先の人間関係に悩むのは向いて無い。俺がそんな思いをもうさせない。安心して、円満退社になってるから。」

 「え・・・?」

 「大丈夫だ。ハニーの才能を埋もれさせたりしないよ。曲を作りたいなら、自由にココで作ってくれればいい。その為に、隣の部屋は完全防音にしておいた。後でピアノやら機材やらは用意しておく。この部屋、そこのドアで隣の部屋と繋がってるから、それは自由に行き来していいよ。曲は俺が作ったって事にして世の中に出せば問題ないだろう。ハニーと俺は一心同体なんだしね。」

 レンが何を言ってるのか、春歌には理解できなかった。
 心なしか、子供のように嬉しそうな顔が、余計理解できない。

 「でも、私はシャイニング事務所の所属で、それで・・・。」

 小さな声で反論すると、レンから笑顔が消えた。

 「なまじ、同じ事務所だから君の警戒心が薄かったのかな・・・。まだイッチーに逢う気なの? 言っておくけど、ココは造りの都合上、高さ的には実質3階だ。もし窓から出ようなんてしたら危ないから、絶対そんな事はやらないでほしい。まあ、俺が仕事に行く間は全部に鍵を掛けて行くけどね・・・。必要な物は揃ってる。心配要らない。ああ、そこのそのスイッチを押せば屋敷の人間が応対するから、頼み事があれば遠慮せず言えばいい。安心して。」

 「待って下さい。そんな、心配が要るとか要らないとか、そういう事じゃな。」

 春歌は最後まで言う事が出来なかった。
 向き直ったレンの、ひたすらに冷えた鋭い目が、怖かった。

 「ハニー。今回は許してあげる。特別だよ。イッチーと君は何もなかった。そういう事にしてあげる。一応セックスの証拠は出なかったし、医者の見解では、してない。って向きだから、俺は医学を信じる。だけど君は電話に出なかったし、騙されたとは言えイッチーにあんな遠くまでついて行って、おまけにその晩、アイツと同じホテルに泊まろうとした。」

 レンが春歌の手から先ほどの携帯電話を抜き取る。
 春歌を抱きしめたまま、ぽんと近くのテーブルにそれを放った。ガツンと鈍い音がして、端末がテーブルに乗る。新しい携帯端末は前に春歌が持っていたものとは、まったく違うデザインだ。
 
 「君の携帯、イッチーからのメールや電話が毎日来たよ。耐えられ無くて捨てた。アイツ、七海さんをどうしたんです。って、しつこく俺に詰め寄って来たよ。煩くてかなわない。辞めたんだから知らないって言って通してるけどさ。」

 春歌はふと、トキヤはあの後どうしたのだろうと思った。
 突然居なくなった自分を探しまわったのではないだろうか。入院中も考えてはいたが、連絡も取れなかった。どうしようもなかった。

 トキヤに対して申し訳なかったな。とぼんやりと思い巡らせたその時、レンにぐっと顎を掴まれた。

 「何考えてるの。まさかイッチーのこと?」

 瞳を覗き込まれて背筋が凍る。
 必死に、否定した。

 「ち、が・・・。」

 「執行猶予をつけるよ。」

 しかしレンは、春歌の否定の言葉に全く対になってない言葉を告げた。

 「え・・・。」

 「君とイッチーが同じ罪を共有してるなんて、俺は認めたくない。認められるか、そんなの・・・。だけど、イッチーがまるで自分の物を探してるみたいな顔で君の事を俺に聞いてくる。あれは、君のせいだ。君がイッチーに勘違いさせたんだ。男なんて単純だからね。好きな女が唇を許してくれたとあれば、舞い上がって当然だ。」

 反論出来ない。自分は、トキヤにも失礼な真似をしたのだ。例え当のトキヤが構わないのだと促してくれた結果であったとしても。

 唇を噛む彼の姿を見るのが苦しい。
 だけど、どうしていいのかわからない。

 「ハニー、今回だけは目を瞑ってあげる。俺だけが、こんなに君を愛してるんだ。なのに、なのにイッチーなんかと君はッ・・・!」

 「キャアアアアアアアアアア!」

 殴りかかられそうなレンの発作的な腕に潰される勢いで、春歌はそのままベッドに押し倒された。

 「ごめんなさい神宮寺さん! ごめんなさい! でも、でも一ノ瀬さんとは私・・・!」

 なにもしてない。
 そうは言えない。

 キスは、裏切りだ。自分だって、レンが芝居でキスシーンを演じなければならないというだけで、あんなにもレンを困らせた。

 そうだ。思い起こせば、きっかけはそれだった。
 どうして自分は、レンがあの仕事をするのに何とも思ってないなどと、愚かな事を考えていたのだろう。目の前の彼は、自分だけをこんなに愛していてくれたのに。目が狂う程。
 
 「キスをしただけって言いたいのかい。いいよ、だから、今回はそれで終わりにしてあげるって何度も言ってるだろ。だけど次は無いよ。次はありえない。もうここから君を出さない。誰にもやらない。君は俺だけのものだ。俺は君さえ居ればいい。君だけが、俺に愛を教えてくれる。これからもずっと、死ぬまで・・・!」

 レンが用意してくれた服を、剥ぐように脱がされる。
 身動きが取れない。絡むレンの腕が、絶対に逃がさないと叫んでいる。

 「じんぐうじさ・・・っ!」

 「ハニー、やり直そう。俺たちはやり直せる。君は傷つきやすいから、俺以外の何かを見たり聞いたりしちゃだめだ。俺以外の誰かと話たりしちゃいけない。騙されるし、俺もイヤだ。もう君が、余分な事を考えなくて済むように、俺が全部なんとかしてあげるから。君は俺だけを見てればいい。」

 「いやぁ、いやあああ!」

 どこで間違えた。
 自分は、どこで彼との道を間違えたのだ。

 あの日偶然目にした、ダイヤモンドの光に惑わされたのか、それとも、弱さを撫でてくれた他の男の舌に思考を奪われたのか。恋人の仕事に理解を示せなかった自分が、そもそも総て悪いのか。

 取り繕いの一切無い獣のような交わりをレンに強要され、春歌は最後には頭を真っ白にして闇へ落ちた。










 
 
 部屋にはいつも甘い匂いが漂っていた。
 
 出られないという剣呑さはいつしか消えた。清潔なシーツも、日の光も十二分にあった。
 気が向くと起きて、ボタンを一つ押せば食事もすぐに来た。春歌は、時間の観念が無い中で、ぼんやりと佇んでいた。




 ここは、彼の実家の敷地内に建てられた、私と彼の為の家。
 
 私は彼の為に存在すれば良くて、彼の望む通りに生きていればいいお嫁さんになった。結婚式はもう少し先にすると、彼は言っていた。

 2階のこの部屋から出た事は無い。彼が、出たら危ないと言うから出られないし、出たくない。外の世界で、彼を悲しませる何かを拾ってくると困るから。

 この部屋に引っ越した頃に、何回か外に出たいと彼に言ったら、彼はとても怒ったし、泣きそうな顔をした。
 最後には私を首輪と鎖で繋いで、大きな檻に入れた。あの時は、どうしてか私は暴れていたと思う。暴れると舌やアソコに薬を塗られて、そうするとどんどん身体が熱くなってふわふわしてきて、何かを考えるのを忘れてしまった。

 だから、もう、あの頃私がどうして外に出たいなんて言って暴れていたのか、忘れてしまった。

 「ハニー、ただいま。いい子にしてたかい。」

 「ダーリン・・・!」


 最近は、鎖をつけられなくなった。
 首輪も外して貰えたけど、足枷はつけている日が多い。

 首が締まると息が苦しくて、とても後悔した何かを思い出す。それが怖くて、首輪を外して貰う為に彼の命令は何でも聞いた。朝から晩までこの部屋で過ごした。顎が外れそうになるまで彼の大きくなった性器をおしゃぶりしたし、恥ずかしいのも我慢して、彼に跨って彼の望む通りに腰を振った。

 いつも頭の片隅がぼんやりしてる。水の音を聞くと、彼の言う事を聞かないといけない気になるのと関係してるみたいだけど、良くわからない。

 「今日もいい子にしてたみたいだね。おりこうだ、可愛いよ。」

 彼はいつも、帰ってくると、私を抱きしめてキスをする。
 毎日毎日、飽きもせず。

 「ん。ちゅ・・・。ハニー、桃を、・・・っふ、・・・食べてたのかな。あれ、違うね、桃の味じゃないや・・・葡萄・・・? の味がするよ。」

 「んん、ぶどう・・・ぶどうをね、チュ・・・食べてたの・・・。桃も、ちょっとだけ食べたの・・・。」

 「そうか、だから桃の匂いもするんだね。・・・ちゅ。ハニーは葡萄の方が好きなの。じゃ、こっちでも食べてご覧よ。」

 「あ、あああ、やあん、そんな柔らかいの、なかで潰れちゃう・・・。あ、ん。」

 「どうせ潰れるよ。俺が、葡萄が一杯詰まった君の中を掻き回すからね。」

 じゅぶびゅちゅと、体内で果肉の弾ける音がする。
 甘いくせに染みるような感触で、彼が一瞬眉根を寄せた。何度か抜き差しして馴染むと大きくぐるりと掻き回し、喘ぐ私を満足気に眺める。

 世界がぼんやりするまでダーリンに揺さぶられて、びちゅぐちゅと音がする果物だらけの膣内を掻き混ぜられて、最後には意識が消える。

 そんな毎日を繰り返している。それが気持ちよくて、他はどうでもいい。熱い染みが下腹全体に拡がるから、彼がイったのが判る。抜かれる時にさえ、壁が擦れてとても気持ちがいい。

 「あーあ。すごいコトになってる。」

 彼が笑う。
 彼はもうすっかり、元通りの優しい彼で、突然怒ったり、冷たくなったり、私をバスタブに沈めたりしなくなった。


 ――――――――――バスタブに、沈める? 

 

 なんのことだっけ?

 「ハニー、いつもみたいに舐めてきれいにして。葡萄の味がするかな。ははっ。」

 「バス、タブに沈める?」

 


 脈絡無くきょとんと呟いた春歌を中心に、一瞬だけ、時間が止まった。
 そんな春歌を前に、レンは心得た顔でベッドサイドに手を伸ばすと、とろりとした液体を掬って春歌の舌に載せた。

 「あ、ア・・・。」

 春歌の脳裏にぽかんと浮かんだ、バスタブという単語が泡と消える。
 
 春歌の目の焦点がぶれる。身体の内側が燻ぶる気がする。呼吸が少し浅くなる。

 レンはそれを確認して、潰れた葡萄の果汁果肉と白濁塗れのまだ固い自身のそれを、春歌の口へ押し当てた。慣れた動作で舌が絡み、唇全体で包み込んで愛しげに頬張る春歌の髪を撫でてやる。

 「ハニー、子供は何人ほしい? ほんとはあまり子供は得意じゃないけど、君との子なら可愛がれそうだ。いや、可愛がるよ。努力はあんまり好きじゃないけど、君の為ならなんとでもする。早く産んでほしいな。そしたらハニーは、俺と、俺との子供とココで暮らすだけでいいんだ。」
 
 レンの熱はまだ収まっておらず、春歌は葡萄の味もするそれを、上から咥え込んで強く吸った。

 「んっ・・・、キッツいな、それ。イったばかりだとちょっと刺激が強い・・・。」

 聞こえて無いのか必死な春歌を見降ろして、レンは優しく微笑んだ。

 「まだ欲しいのかい。いいよ、幾らでもあげる。それこそずっと産む間隔が空かない位、ずっとずっと、ハニーを俺に縛り付けておいてあげる。俺はまだ全然足りない。血で繋がった証も欲しいし、ハニーの世界が全部俺になってほしい。もう2度と、絶対に余所見をさせないよ。・・・愛してる。」

 春歌の顔を上げさせ、そのぼんやりした瞳に自分を映すように、覗き込む。
 そして、抵抗しない春歌をそっと仰向けに横たえると、レンはどろどろに緩み切った蜜壺に指を入れた。

 「んふぅっ、あんっ!」

 「気持ちいいのかい、蕩けちゃって・・・。本当にカワイイね。ねえハニー、中、すごいよ? 俺の出したものと潰れた葡萄と・・・グチャグチャだ。」

 「ああ、音、だめ、いやああん。」

 「そんなこと言ったって、ハニーが濡らしてるせいで音がするんだから仕方ないだろう。ほとんどハニーのじゃない、これ? 俺のと混ざってすごい有様だ。」

 紫色と、白色。乳白色。
 果汁と体液の混ざった匂い。剥けた皮がよじれてかろうじてついたままの果肉。粘膜の延長。一度に見るにしては奇妙な取り合わせが卑猥で、レンの股間がくっと膨張した。

 「そろそろ退院して3か月くらい経つけど、生理、来て無いね。多分、確実だ。これから薬は飲まない様にしないといけないから、絶対に外へ出ようとしちゃだめだよ、約束できるかい。」

 レンが蜜壺から指を抜き、春歌の下腹を撫でる。
 愛おし気に、確かめる手つきで。

 「おくす、り?」

 「そう。少し前までハニーは、俺の言う事を聞かずに外へ出ようとしてたから、薬を飲んで気持ちを落ちつけてたんだよ。今でもたま~に、さっきの薬を飲むだろう。だけどこれから薬は良くないから、もう絶対ここから出ちゃダメだ。いいかい。」

 「はい・・・。」

 首を傾げながら頷く春歌の目尻に、優しいキスを落とした。

 
 「ハニーが絶対約束を守るなら、もう少ししたら自由にしてあげる。約束できるかな。」

 
 ペロリと春歌の頬を舐め、レンが微笑む。
 
 


 やっとだ。
 やっと、やっとやり直せる。嬉しくて堪らない。これで彼女はもう、二度と自分から離れる事はない。

 自分の恋人は他の男と、自分の知らない何かを共有して結束していた。
 それは自分も悪い部分があったのだけれど、それでも許せる道理が無かった。可愛さ余って憎さ百倍とはよく言ったもので、あの時は発作的に殺してしまいたいと思った。

 だけど失うのも耐えられ無くて、なんだかんだと理由を探した。医者に診せ、肉体関係だけは無いという客観的な証拠で、ギリギリ自分を納得させていた。きっと彼女は騙されただけなのだと。俺じゃない男を選ぼうとしたのではないのだと。唇を許したのは、何かどうにもならない理由があったからで、彼女の意思じゃないと。彼女は純粋で綺麗だから、世の中の汚い部分に触れたから良くなかったのだと。必死に思い込んで今日まで来た。



 「やっと本当にやり直せる。俺と君だけを繋ぐものが、やっと出来た。」
 
 

 
 この狂気の愛から産まれる子供を、2人で愛でるのだ。
 
 監禁し、薬で意識をコントロールして孕ませた女に産ませた子供に、これが母だと言って見せるのだ。湧き上がる歪んだ歓びに全身が震えそうになる。力ずくで成そうとしている絶対的な証明。

 愛する彼女の腹から、自分が犯した罪が証拠として産まれるのだ。
 だがどうだ。その罪を腹の中で大きくしているのは他ならぬ愛する女ではないか。2人でつくり出す、産み出す罪。裏切られてもこの腕に抱き、愛しくて手放せなくて、とうとう閉じ込めるしかなかった彼女と共に手を染める絶対の大罪。それは産み落としたら終わりではない。永遠に2人で育て続けるのだ。

 この自分の手の下。彼女の白い腹の皮膚の下の、肉の内側に、共犯のそれは在るのだ。レンは春歌の腹を撫でて改めて実感し、歓喜する。

 「愛してるよハニー。もう、俺から逃げないって、約束、できる?」

 もう一度、レンが同じ事を尋ねる。
 今度は春歌が返事をした。
 
 
 「うん、約束、できる・・・。」

 
 ぼやけた顔で、春歌がレンへ手を伸ばす。
 その手を、レンが目を閉じ恭しく取り口づける。

 
 「ハニー。これからも君とずっと一緒だ。ずっとずっと一緒だよ。離さない、一生。」

 
 
 

 春歌は目を閉じる。

 
 ああ、大好きな人が、優しく手にキスをしてくれて、永遠の愛を誓ってくれる声がする。
 
 
 

 ここは、どこなのだ。
 彼の実家の敷地内に建てられた、私と彼と為の家。

 
 私と彼の為の家?

 
 いや違う。
 ここは、あの湖だ。
 
 水深の深い、あの、心臓のかたちをした湖なのだ。

 沈めたイヤリングは、解決されなかった二人の課題。前に進むべき問題を解決しなかった私たちはその罪と共に、深い湖の底へ堕ちる途中を漂っている。

 ずっと漂う。
 

 沈み切れもせず。
 浮かび上がれもせず。彷徨うのだ。

 腐敗寸前の柔らかな果物の肌のようなベッドの上で貪りあって、恩赦もなく。












              
                     ~ fin ~












  あとがきを、16日頃に掲載予定です。














 
 
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非公開コメント

いつも作品、読ませていただいてます!
今回はレン様がヤンデレとは…考えていませんでしたwww
この後、トキヤがどうなったのかも気になります…(b*‘ω‘ *)b

No title

連載お疲れ様でした。サスペンスな展開、堪能させて頂きました。狂う程の盲愛はレン様ならでは。さすがです。後書きも楽しみにしていますね。

hinahinaさま

hinahinaさん こんばんわはじめまして。

いつもお読み頂いてるとのこと、今回すいません、レンが病んでまして・・・。
トキヤはどうというのはなくてですね。
その辺りはリアルな生活と同じで、彼は取り残されたと言うだけの事でして
これもまたすいません・・・。

コメント頂けると本当に嬉しいです。
読んで下さってる方がいるって実感できて、嬉しくなります。
本当に有難うございました

ナナオさんへ

ナナオさんこんばんわ!

連載、最後までお付き合い下さいまして本当に有難うございました。
あとがき掲載しました。長くなってしまった・・・。
ナナオさんの期待に添えたかどうかまったく自信が御座いませんが、
また近いうちに番外編を一遍掲載してコンプリス完全〆たいと思ってます。

コメントなど頂けて、本当に励みになりました。感謝しています。
ありがとうございました!

久しぶりに伺い一気に読みました(●´▽`●)

いつも素敵です。
そしていつもトキヤが、
悪いやつです。

レン様が壊れていく‥‥‥。

それもまた素敵でした。

また楽しみにしています。

12/1コメント様へ

こんばんわ。
すいません、お名前がありませんでしたので、
タイトルでお名前を記入できず表記がああなってます。
ご了承ください・・・。

久しぶりにお越し頂いたのですか!
ありがとうございます。
文章力上がってねえなとか色々思われたかと思いますが
精進しますすいません。

トっ、トキヤがいつも悪いやつで申し訳ございません申し訳ございません!
次の連載ではなんとか・・・。
って、いつも言ってて進歩がなくてこれも申し訳ないですwww

こちらは壊れるレンが書きたいだけで書きました。
少しでも楽しんで頂けたなら幸いです。
コメントとても嬉しかったです。ありがとうございました!
プロフィール

みるくあずき2

Author:みるくあずき2
成人。
主婦。母。妻。嫁。娘。事務員。など。

本家ブログはアメブロ
http://ameblo.jp/milk15azuki
にて、乙女ゲームレビュー(感想・攻略? 雄叫び、乙女向けCDも愛聴)を書き綴っております。

乙女ゲ歴というかゲーム歴4年。
妻となり母となって大分経ってから見つけた趣味なので、遅咲きです。
遅咲きの狂い咲きってヤツですね。

本家ブログは只今リアル絶賛多忙中の為に気紛れゆるゆる更新です。コチラは元々気の向くままに進めています。

下のカテゴリからお好みのモノを選んで頂くと、連載は1話から読めます。

感想・お世辞は大歓迎ですが、苦情は受け付けられません。
鍵付きのコメントは、拍手コメントも含め一切の誤表示を防ぐ為、お返事は致しませんが、必ず読んでおります。励みになっております。有難うゴザイマス。
拍手とかコメントとか貰えると泣いちゃうくらい嬉しいですよ・・・。

鍵付きでは無いコメントは、拍手コメントも含め必ずお返事させて頂いております。
宜しくお願い致します。

只今うたプリだと トキ春 嶺春 蘭春 音春を筆頭にカミュ春や翔春、真春、レン春もございます。R18、オールNLとなりますので宜しくお願い致します。

だけど最近プリンスよりも先輩とかヘヴンズが好きだったり・・・。

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