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complice 第8話

 





 complice
   第8話

 




 



 「ど、どうし、な、なんで・・・!!」

 腰を抜かさんばかりに驚いた春歌を、レンはさっさと抱きかかえた。

 「な、ど、なんで、どうして・・・神宮寺さんがココに、どうやって・・・。」

 「ハニー、落ち着いて。どうやってというなら車で、どうしてっていうのなら、ハニーに用があるから来たんだよ。」

 レンはにこやかに笑っていた。
 
 まるで、春歌の住む部屋を訪れた時と同じだ。それが怖い。
 
 どこまで知られている? 自分の行動は、一体どこまで彼に筒抜けになっている? どうして自分がここにいる事を、何故彼が知っている? 足腰が不安定になる程動揺した春歌を抱きかかえるレンの腕は、不気味なほど優しい。

 「帰ろう、ハニー。もう終わった。」

 「? どういう意味・・・。」

 「帰り道の車の中で話すよ。」

 


 

 

 街灯も然して無い田舎の1車線の道路は暗い。
 周りは鬱蒼とした山で、木々の間を覗き込むのも躊躇われる。

 車の中で話すと言われたので、春歌は待っていたのだが、沈黙が耐えられなくなって、先に自分が口を開いた。

 「東京まで、車で帰るんですか?」

 「今から帰ろうと思ったら、それしか方法がないね。もう新幹線は無いんだから。」

 乗る時に、レンの車では無いのは気付いたので、これはレンタカーなのだろうと春歌は思っていた。
 きっとレンは、来る時は新幹線で、自分達と同じように近くまで来て、松本辺りでレンタカーを借りたのだと推測した。

 「吉野はね。」

 唐突に、レンが言った。

 「俺に目をつけてたのさ。あの女は共演者喰らいで有名だからね。俺も例に洩れず、随分積極的に誘われたよ。」

 「・・・。」

 春歌は黙ってレンの横顔を見た。
 フロントパネルの僅かな光に照らされる彼の横顔は、何を考えているのか伺い知れない。

 「俺は勿論断った。君以外の女を抱く気にはなれなかったし、そもそも俺は吉野みたいな女はあまりタイプじゃない。俺みたいな新人を相手にしても面白くありませんよ。と言い続けて逃げてた。」

 車の中は無音で、レンの声だけが輪郭を持って響く。

 「そんな時だったんだ。あのイヤリングがニュースになったのは。」

 カーブの多い山道だが、春歌はあまりそれが気にならなかった。
 レンの話を食い入るように聞いているからかもしれない。

 「ニュースを見て、俺は現場でKKの新人くんから、休憩時間に話を聞いた。あの日、俺が帰ってすぐ、吉野が楽屋にやって来たそうだ。ところが俺が帰ったと知って、イヤリングが無い、盗まれた! と喚き始めた。楽屋のドアが開けたままになってて、騒ぎを聞きつけた局の人間や他の共演者らも集まって、一気に話が大きくなって、誰かが警察に通報して、ああなったと。」

 そこまで聴いて春歌は、吉野京子の証言がなぜ曖昧だったのかが判った気がした。

 「新人くんに話を聞いた後で、吉野が俺に、2人きりで話がしたいと言ってきた。俺は悩んだけどOKした。だけど密室にあの女と居るのはイヤで、Tホテルのエグゼクティブフロアに部屋を取った。そうすれば、フロアに宿泊する客だけが使える21階のラウンジで済ませられる。一般ラウンジだと大勢の目があるから良くないと思ったから、待ち合わせはソコにしたよ。」

 あ・・・と思わず声に出した春歌を、レンが一瞬見遣る。
 春歌はおずおずと言った。

 「神宮寺さんと吉野さんが、二人で揃ってエレベーターから1階のラウンジへ降りてきた。っていう噂があるって、聞きました・・・。」

 「そう・・・。・・・まったく。目の利くヤツは何処にでもいるねえ。ついこないだの事だっていうのに、この業界、話が伝わるのが早過ぎるよ。ま、噂じゃなくて本当さ。上のラウンジで話をして、下の一般ラウンジへ降りてきた。」

 「話・・・。」

 「ああ。吉野の話は妙に遠まわしで、要点をわざとはぐらかされた。だけど向かい合わせで喋って、やっぱり原因は俺だなって直感した。その時はまだ、吉野もプライドが捨て切れなかったんだろう、どうしても俺から折れるのを待ってる感じだった。あの夜はあの女の香水がキツくて、帰って速攻シャワーを浴びたよ。君に、あの香水の匂いを気付かれたく無かった。」

 パズルの欠片がはまっていく。
 あの夜、彼がバスルームへ直行した理由。目を逸らした理由。急いたように抱いた理由。何度も言い掛けては止め、俺がうまくやる。と言った理由。

 「それ、さ。」
 
 レンが、くっと喉の奥で笑った。

 「え。」

 「それ、誰に聞いたの。俺が、ラウンジへ降りてきた話。」

 春歌は一瞬戸惑ったが、正直に答えた。

 「やっぱりそうか。いや、あの時さ、1階のラウンジに先輩が居たんだよ。誰かと待ち合わせしてるみたいで一人でさ。吉野とも結構つきあいのある人だからシマッタとは思ったんだけど、そっか。・・・まあ、本当の事だから別に嘘をついてるわけじゃないんだけどさ、フェアじゃないね。」

 「フェアじゃない、ですか・・・?」

 レンの言葉に、春歌が首を傾げる。

 「ハニーはそれを聞いてどう思った? 俺はその相手とホテルの部屋で、誰にも知られない密室で2人きりで、何かをしてから降りてきた。・・・そう思っただろう?」

 舌が渇く。
 あの時自分は、確かに、どうして笑い飛ばせないのかとトキヤに詰られた。レンの言う通り、彼が女性と2人きりで、密室で同じ時間を過ごした前提しか考えられなかった。

 「どういうつもりだったか知らないけど、少なくとも、俺から君を寝取る気は無かった。なんて言えないよね、イッチーも。俺が不利になる情報を君に与えて・・・。君だって、俺を疑ったんだろう。」

 「私、は・・・。」

 そう。
 貴方があの女と一緒に私を傷つけたかもしれないと、一瞬でも思った。だから私も、庇ってくれる人を求めて、いや、違う。それは言い訳だ。

 「まあ、別にそれはいいよ。面白おかしくする為の盛った話を聞かされた君だけを責めるのも、可哀想だからね。」

 そこから先に返答が進まない春歌をあまり気にした様子もなく、レンはまた前を見て話始めた。
 
 「まあそんな感じで次の日、兄貴役のYさんが体調悪くてNGを連発してね。途中で医者まで来たりして撮影が押したんだ。吉野がイライラし始めて、だけどYさんが先輩だから文句も言えなくて、ADなんかに当たり出してね。ご機嫌取りの相手を監督に頼まれて無駄話をしてるうちに、恋人はどんな女だって聞いてきた。」

 「私の、ことを?」

 「ああ。あんまりしつこく聞くから、俺は、最初の会議に居なかった吉野には判らないだろうと思って、このドラマの音楽担当だと言った。そうしたらあいつは、君の事だとすぐ判ったよ。人の顔を覚える能力っていうのは、やっぱり素晴らしい武器の1つだなって実感したね。」

 「え、私、どこで・・・。」

 自分は吉野京子に逢った事などない。
 だが、逢っていたわけではなかった。

 「君が撮影を見に来た日。吉野はイッチーと顔見知りらしくて、イッチーの隣の女は誰だってスタッフに聞いて、音楽担当者だって教えてもらったそうだ。吉野はあの時楽屋に居たんじゃない。目立たない所で、撮影をずっと見てた。」

 あの時は、全然気付かなかった。
 きっと、レンが相手の女優の肩を抱いた途端に泣き顔でスタジオを飛び出した姿も、見られていたのだろう。そう思うと途端に恥ずかしくなった。

 「あの女、君が俺の恋人だって判った途端、あの娘に嫌がらせしようかしら。なんて言い出したんだ。俺は、君の事になるとあんまり冷静でいられない。大体、ソコソコの大物が君みたいな、裏方の新人に嫌がらせなんかする筈がないって、少し考えれば判るのに、心配で心配で、夜遅かったけど、電話したんだ。・・・君は、何度かけても出てくれなかったけどね。」

 ずぐりと。
 心臓を握られたような気がして春歌は上下の歯に力を入れた。

 何件もあった着信は、そういう心配の着信だったのだ。それを自分は、トキヤの抱擁を受け入れていて気付かず、取らなかった。
 
 きっと今の自分の顔色は白い。
 それに気付かれない程夜が深くて良かったと、春歌は思わず窓の外を見た。

 「俺はもうその日で撮影が終わって、オフに入る予定だった。そうしたら吉野のヤツ、私はまだ撮影が残ってるから、オフなら運転手をやりなさい。なんて言い出した。しゃあしゃあと偉そうに・・・。とんでもないと思ったけど、でも・・・、俺は、君がもし何かされたら、君の音楽にケチでもつけられたら・・・って思ったらどうしても・・・。心配でどうしようもなくて、期限付きの運転手位ならやろうと引き受けた。」

 
 レンは途中で多少言葉に詰まったが、淡々と、ハンドルを操作しながら話をしていた。

 「運転手を始めて何日目だったかに、俺がアンタの誘いを断ったのがそんなに気に障ったのかと話を振ったら、彼女はあっさり認めたよ。俺の荷物からポーチを探し出してそこにイヤリングを入れておいたと。自分の予定では、俺が荷物を仕舞う前に楽屋を訪れ、ポーチに入ってるイヤリングを取り上げて、俺を問い詰めて立場を悪くするつもりだったとね。立場を悪くされた俺が、吉野の言う事を聞くしかないと折れるのを見るのを楽しみにしていたんだと。参るね。立派なパワハラでセクハラだ。」

 自分があの楽屋に行く前に、既に吉野が罠を仕掛けていたのだ。
 先輩俳優が後輩の楽屋見舞いなどは、何も珍しい話ではない。自分の楽屋では無い部屋に入る吉野の姿など、誰も気に留めないだろう。
 
 「だけどあの時、俺はハニーと約束をしてて、光の速さで楽屋を飛び出した後だった。楽屋で俺に詰め寄る作戦がおじゃんになって、イヤリングも消えて驚いて、反射的に皆の前で叫んでしまったらしい。そこから話が大きくなって、吉野も引くに引けなくなって・・・。その場で警察を呼ばれるとは思わなくて気が動転したそうだ。吉野としては俺をイジれるネタが欲しかっただけだから、刑事事件にするつもりは全然無かったそうだよ。」

 カラクリというのは、知ってしまえば何という事もない。
 知らないから翻弄される。全体が見えないから、目の前に見えている、大仰で自分に害がありそうな部分にだけ敏感になるのだ。

 あの状況で、正直に名乗り出ない方が良いと判断してくれたレンとトキヤに、感謝した。
 自分だけだったら、どんな間違いで吉野の機嫌を損ねてしまったかしれない。

 「俺はイヤリングなんか持ってない、知らない。って言ったら、吉野はケロっとしてたよ。構わないって。あの時はビックリしてうっかり叫んでしまっただけで、失くされるのも想定内だとさ。そういうトコロは流石に大物だ。失くしたのなら構わない、もう今回は引く。これ以上騒がないでいてやるから、もう一つだけ言う事を聞けって言われた。」

 「え・・・。」

 不穏な物言いに、春歌の顔が強張る。
 レンは微笑んだ。

 「俺も何をさせられるのかと思ったんだけど、でもその時の吉野の言い方が、そこまで悪い感じでも無くてね。多少不安はあったけど、俺に出来る事で、恋人を裏切らない程度なら言う事を聞いてもいい、と返事をしたんだ。」

 口調は普段のレンと変わらなかった。 
 ずっと、日常の会話をしているようだった。


 「蓋を開けたらまあ何のことはない。運転手に加えて付き人をやらされたんだよ。」

 「付き人?」

 「ああ。」

 車がカーブを曲がる。
 片手でハンドルを操作するレンは、まるでこの道に慣れているようだ。

 「撮影が終わるまでやり切ったら、2度と俺にちょっかい掛けない、君の音楽にもケチをつけないって約束でね。そういうトコロはある意味話せる女だが、もうまっぴらごめんだ。毎日毎日、夜中じゅう散々引っ張り回されて、撮影中は水出したり煙草買いに行かされたり。撮影後は買い物で荷物持ちさせられて、レストランでは酌をさせられて、バーでぐだぐだになったあの女をマネージャーさんと一緒に運んで、朝は早くから運転させられて・・・強烈な新人イジメだよ、あれは。」

 ははっ、と、レンが何でも無い事のように軽く笑った。

 「帰ってこなかったのは、そのせいだったんですか?」

 「そうだよ。とてもじゃないが、自分の部屋まで辿り着けなかった。あの女を3時に部屋まで送り届けたのに、5時に迎えに行かなきゃなんないとかね、拷問だよ。仕方なく、吉野のマンションのすぐ傍のビジネスホテルに寝泊まりした。死ぬかと思った。」

 連絡くらいくれたら良かったのに。
 喉まで出かかった言葉を春歌は飲み込んだ。自分にそんな事を言う資格があるのか? そんな気持ちで、黙った。

 「俺はその間もどうしても、君に嫌がらせする。って吉野の言葉が不安で、君に見張りをつけた。常に君を見てて貰って、もしも吉野が本当に何かしようものなら、すぐに俺に連絡が来るようにした。本当に俺は、君の事になると冷静じゃいられなくなって・・・冷静じゃいられないから余分なコトをして、悪いニュースを聞いたりするのさ。」

 「悪いニュース・・・?」

 あのホテルを出てから、どのくらい走ったのだろう。

 最初のうちは大分会話をしてなかったから、1時間以上は走っただろうか。
 春歌が訝しげに呟いた時、レンが車を止めた。

 暗くて良く見えないが、レンが車を止めたのは、大きな門の前だった。
 その門をレンが開け、もう一度車に乗り込み、庭へ入って行く。

 きょろきょろと春歌が、暗い中で必死に目を凝らす。
 随分と庭が広い。門構えも妙に立派だった。

 「神宮寺さん、ここ、って・・・。」

 「一応神宮寺の家はね、国内にも所謂避暑地には、別荘を幾つか持ってるんだ。これはその一つ。不法侵入じゃないから安心していいよ。」

 とりあえず、知らない場所に勝手に入ったのではなくてほっとする。
 スロースピードで進む車は、やがて邸宅に辿り着く。


 玄関の前に車を横付けし、今度は止めた上でエンジンを切った。
 車を降り、建物のドアの鍵を開けているレンの姿を追いかけ、春歌も車を降りた。

 「レディ、入って。久しぶりに来たけど一応掃除を頼んでおいたから、そう不快じゃないと思うよ。」

 「はぁ・・・。」

 屋敷は無人らしかった。
 扉が閉まった音が、やけにはっきり響く程、周囲には何もない山の中だ。

 無言で暗い廊下を進むレンに続く。
 ここでレンに置いて行かれたら、2度とここから出られなくなるような気がした。

 ある部屋の前で止まったレンが扉を開け、中に入り灯りをつけた。

 「・・・。」

 春歌もレンに続いて部屋に入った。

 
 そこは応接室でもリビングでもなかった。
 かといってベッドルームでもなく、やたらと広いパウダールームだった。大きな姿見。籐の椅子のドレッサー。タオル類が大小何枚も、作りつけの棚に置いてある。

 「お風呂・・・?」
 
 横を見るとガラスの扉があり、その向こうはバスルームだと一目で判るつくりだった。

 春歌の声を無視したレンがガラス戸を開けると、大きなバスタブがあった。
 バスルームそのものもかなり広い。春歌だと、背伸びしてやっと手が届くような高い場所に窓があった。レンみたいな、男性としても長身の彼が入っても充分な程、バスタブは大きかった。そして、よく見る既存のものより深く見えた。

 水深が深い。という今日のトキヤとの会話を、なんとなく思い出す。
 
 あのイヤリングは、水底まで沈んでいったのだろうか。途中の場所で漂っているのだろうか。場違いな事を考える。どうしてイヤリングを一緒に沈めたのがレンでは無かったのかと、春歌は今更思った。

 紐解けば、なんてくだらない一計だったのか。

 たった一人の女の我儘で人を振りまわした粗悪な、窃盗の濡れ衣紛いの悪戯。

 そんなつまらない事件に乗せられたとしても、バカバカしかったね。と言って件のイヤリングを一緒に捨てる相手は、本来ならレンだった筈だ。

 いや、そうでなければならなかった筈だ。

 なのに自分は、寂しさや苛立ちに耐えず、安易にトキヤを頼り、あろうことかトキヤと境界線を越え、自分たちのすれ違いの理由を捨てたのだ。解決をせずに。自分がした事はどれだけレンを裏切る行為か。レンはずっと春歌の知らない所で春歌を思いやり、理不尽な社会にも春歌の為にという一心で向かっていたのに。ましてそこに慈悲をくれと、レンが要求した日など無かったのに。自分の罪深さにやっと気付く。

 はっとしてレンを見た。
 何かを言わなければ、そう感じて、慌てて言葉を探す。

 そんな春歌をお構いなしに、レンは、バスタブに水を貯め始めた。どぼどぼと派手な音を立てて蛇口から流れ出した水はやがて湯気を上げ、お湯になったのだと判る。
 春歌は、それをぼんやりと見る。

 「悪いニュースを、俺は最初信じなかった。」

 会話が途切れてから初めての言葉が聞こえ、春歌はびくっと肩を揺らした。
 ホテルの部屋のドアを開けた時とは違う、表情の無い顔をしたレンが、髪をかき上げる。

 「友達だからね。部屋で一緒にお茶を飲むくらいはあるさ。その程度をガタガタ言うほど狭量じゃないつもりだ。でも、俺が居ない間、俺に会いにこようと思えば、撮影現場には来れた筈だ。なのにそれも無く、毎日のように会ってたね、イッチーと。」

 「あ・・・。」

 「俺はメールの返事を返さなかった。君がスタジオまで会いに来る位、してくれると思ってた。。・・・いや、そう願っていたのかな。そうしてくれるって、希望を持ってた・・・。俺の部屋で待っててくれたのは、雇った奴から報告を貰ってた。・・・それ自体は嬉しかったけど、それは何の為? 誰も居ない場所で、人に聴かれたくないヒドイ態度で、別れ話をする為?」

 「な・・・! 何言ってるんですか、違います!」

 思わず大声を出してしまった春歌だったが、レンは聞こえて無い様子で話し続けた。

 「イッチーは知っていたと思うよ。俺が吉野に言い寄られていたのも、ずっと、付き人させられてて家に帰れなかったのも、アイツは全部知っていた筈だ。でも、君に言わなかったんだろう。言わない方がイッチーにとって都合が良かった。ずっと黙ってて結果、自分のものに出来ると確信したんだろうね。今夜、ホテルなんかとったって事は、さ。だからフェアじゃないって言うのさ。」

 トキヤのあの優しさの下に、企みがあったというのか。

 「でも、一ノ瀬さんは、優しくしてくれました・・・。」

 「優しい? 俺が誤解される話だけを伝えて、俺がどうして帰れないのかは伝えないクセに? まるで自分が恋人だとでも言いたげに、君の隣を確保して? 小さな理由を必死で引っ張って、君をこんな遠くまで連れ出して。帰れないようにして。」

 反論できない。
 大体トキヤは、今までどこから情報を仕入れていたのだ。

 このまま事態は収束するからイヤリングは捨てていいと、そこまで判断出来る程の材料を、彼は、どこから――――。

 
 「俺は、柄にもなく必死だったんだ。君が悲しむのは嫌だったし、君が嫌な目に遭うのは耐えられなかった。」

 ぽつりとレンが言う。
 バスタブに張られたお湯の量が増え、白い蒸気が二人の間を漂う。

 「俺はいつも、君の事を考えて動いてたつもりだったよ。仕事に必死だったのも、早く一人前になって君との交際を周りに認めてもらいたかったからだ。吉野の事も・・・・冗談でも言い寄られてるなんて言えなかった。君は傷つきやすいから。芝居のキスにすらあんなに過剰に反応してる君に、言えるわけがなかった。」

 レンの言葉に、涙が出そうになる。
 自分が悪かったという真実だけが色濃くなって、泣いて謝りたい気持ちになる。泣くのも許されないような真似をしていたというのに。

 「俺がうまくやれば収まると思った。流石にイヤリングのニュースを見た時は驚いたが・・・。吉野は男好きの淫乱だけど、話してみたら割とさっぱりもしてると判って、10日程度の付き人を務めあげれば、もうちょっかいは出してこないだろうってのも判断できた。だから、睡眠時間が2時間だろうが、荷物持ちさせられようが、我慢したよ。芸能界では神宮寺の名前なんか関係なくて、俺はただの新人アイドルだ。この世界で生きて行く以上、これ位の事は自分で乗り越えたかった。君を守る為にも。」

 春歌は立ち尽くす。
 どうしていいか判らない。

 「イヤリングに関して俺は、解決を最優先した。長引けば、君が精神的に参ってしまうだろうと思って。吉野と2人で会えば君に何を疑われても反論できないから、誰かに見られる可能性も考えて、密室にならず、コンシェルジュの常駐してるラウンジで逢った。俺の頭にはいつも、君の事があったよ。君を傷つけない為にどうするか。それが俺にとって大事だった。とにかく早く解決するのが得策だと信じてた。・・・だけど、君は違ったんだ。問題を解決するんじゃなくて、その問題を一緒になって抱え込んで、慰めてくれる腕があれば良かったんだね・・・。俺は、それに気付けないダメな男だったってワケだ。」

 「ちが・・・!」

 「違わないだろうっ!!」

 「ひッ・・・。」

 怒号が飛んだ。
 春歌は大声の衝撃に一瞬目を瞑る。

 ぎ。と、レンが奥歯を噛む音が聞こえたきがした。
 それくらい彼の顔は強張り、怒りに震えていた。

 「松本駅で降りたって報告メールを見た時は、それでもまだ信じてた。迎えに行く為に俺もすぐ新幹線に乗った。それからまたもう一度メールが来た。湖まで来たが、近所のホテルを調べたら、宿泊予約が2名で入ってるってね。嘘だと思ったよ。悪い可能性なんて信じなかった。」

 水の音が煩い。それでも、彼の言葉ははっきりと響いた。

 「今でも信じて無いよ、俺は。認めたくない。」

 「ごめ、なさ・・・私・・・私・・・っ・・。」

 涙で声がうまく出ない。
 
 自分の愚かさに気が遠くなる。レンがどれだけ自分の為にずっと動いていたのかを知り、トキヤにこれからも逢えるかと問われ頷いた自分を後悔し恥じるが、レンにはそれは届かない。

 「服なんか、買ってほしかったの? そんなもの、俺がいくらだってプレゼントしたのに・・・。」

 レンが、春歌の服の袖を、そっと引っ張る。

 今度は大声では無かったが、逆にそれと、頬に触れてきた繊細な手つきが恐ろしくて、春歌は息を止めた。

 「湖でボートに乗るなんて、ベタなデートがしたかったなら、言ってくれれば良かったじゃないか。俺だって、そのくらいは叶えてやれる。」

 お湯の量が増え、バスタブの底面を叩いていた水の流出音は、鈍くなっていた。

 「木陰でキスすれば見えないとでも思ったのかい。あの林は、ホテルの部屋から良く見渡せたよ。」

 どくどくと心音が大きくなる。
 キスをしていたあの林での一幕を、間違いなく彼はホテルの窓から見ていたのだ。

 
 「キスはするけど、部屋は別々だから問題ないとでも? イッチーが夜這をしない保障もないのに。どうせ、夕食後に部屋を訪ねる約束でも取り付けられたんだろう。」

 喉の奥を高温で焼かれて、粘膜が内側で貼り付いたかと思った。
 バレている。トキヤとのなにもかも。手に汗をかく。話の内容にそぐわず、怒号から一転レンの声は落ち着いている。

 
 「キスシーンのある芝居を断らなかった俺に対する、当てつけだったのかな。言っておくけど、俺のは芝居で、君のは仕事でもなんでもない、プライベートでのそれだ。一緒にしてもらっちゃ困る。」

 「ご、ごめんなさい・・・私、連絡がつかなくて、不安で・・・。」

 言い訳が支離滅裂だ。連絡がつかないから別の男と同じホテルに泊まって良い事にならない。
 判っていても、うまく言葉が組み立てられない。

 「ごめんなさい、ほんとにそんなつもりなくて、ごめんなさい・・・!」

 「脱いで。洗うから。」

 震えながら謝る春歌に、レンは相変わらず穏やかに言った。

 「イッチーに買ってもらった服を着てる君なんて、見たくないんだ。それと、触れられたところ全部、俺が今から綺麗にする。確認しないと、色々と。」

 「キャ・・・っ!」

 力任せに胸元から布地を破り裂かれ、春歌は身動きも出来なかった。
 レンは無言で、春歌の腕を袖から抜く為に捻りあげた。
 
 「痛、いたい、やめてっ!」

 春歌は咄嗟に身の危険を感じて悲鳴を上げた。

 「やめてええっ!」

 レンが止まる。
 春歌のこんな拒絶の声は、レンにとって初めてだったのだ。

 「どうしてそんなに拒むの? やましい理由が、あるの?」

 問う声は低い。

 「な、無い・・・無いです! キ…キスは、・・・キスはしました。それだけ、それだけです! ごめんなさい。神宮寺さんのお仕事、理解するつもりもあったから、キスだけ・・・でも、それだけです。他には何もしてません! 信じてください。」

 「俺の仕事を理解する? は。それがどうしてイッチーとキスする理由になるんだい。俺には判らない。当てつけとしか思えないよ。それか、俺と別れるつもりだったとしか、思えない。」

 「別れるなんてそんな・・・。私は、私はただ、神宮寺さんが演技でも、他の人とキスするのが辛くて、私がイヤリングを持って来ちゃったせいで、おおごとになっちゃったのが申し訳なくて、不安で、どうしていいか判らなくて・・・!」

 「不安・・・? そっか・・・やっぱり、俺が君を守りきれてないんだね。」

 レンが空を見た。
 その目は色を失っていて、春歌は、こんな顔を恋人にさせている自分を心底悔いた。

 「ごめんよハニー。俺が、考えが足りなかったんだね。君はやっぱり、ぐずぐずとでもいいから、傍にいる男の方がいいんだ。解決しようとか、認めてもらうって為の理由でも、君を放っておくのは良くないんだね。わかったよ。」

 「ちが・・・そうじゃなっ・・・!」

 春歌の反論は最後まで言葉にならなかった。
 がつんと殴られたような衝撃が、春歌の意識を一瞬消し去り、握り潰したからだ。
 
 
 視界がぶれる。遠くで、岩に叩きつける波に似た音が聞こえた気がした。

 溜まり過ぎたお湯の溢れ出したバスタブに力任せに沈められたのが理解できたのは、さっき焼けたかと思った喉を窒息させる勢いで大量の湯が、胃に流れ込んできた時だった。自分の体内で、ごぼりと水がうねる鈍い音が響き、息が詰まった。

 (苦しい・・・!)

 
 淵を探す指は、つるりとしたバスタブの壁を滑るだけだ。上から強い力で抑えつけられ、目が見えない。
 
 
 

 殺される―――――――!

 
 
 息が出来ない。
 水泡だけが視界を埋める。
 頭の中で、今日湖に沈めたあのイヤリングと、今の自分が重なった。
 距離感のおかしい、ごぼごぼと歪んだ水の中特有の音だけが、耳を揺らす。

 酸素を求めて必死に藻掻いた。
 だが、暴れる春歌を抑えつけるレンの腕は、寸分の容赦も無かった。













     To Be Continued・・・



      

     

      次回最終回は、7/11頃までに掲載予定です。 
     










   




 

 

 
 

 
 
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みるくあずき2

Author:みるくあずき2
成人。
主婦。母。妻。嫁。娘。事務員。など。

本家ブログはアメブロ
http://ameblo.jp/milk15azuki
にて、乙女ゲームレビュー(感想・攻略? 雄叫び、乙女向けCDも愛聴)を書き綴っております。

乙女ゲ歴というかゲーム歴4年。
妻となり母となって大分経ってから見つけた趣味なので、遅咲きです。
遅咲きの狂い咲きってヤツですね。

本家ブログは只今リアル絶賛多忙中の為に気紛れゆるゆる更新です。コチラは元々気の向くままに進めています。

下のカテゴリからお好みのモノを選んで頂くと、連載は1話から読めます。

感想・お世辞は大歓迎ですが、苦情は受け付けられません。
鍵付きのコメントは、拍手コメントも含め一切の誤表示を防ぐ為、お返事は致しませんが、必ず読んでおります。励みになっております。有難うゴザイマス。
拍手とかコメントとか貰えると泣いちゃうくらい嬉しいですよ・・・。

鍵付きでは無いコメントは、拍手コメントも含め必ずお返事させて頂いております。
宜しくお願い致します。

只今うたプリだと トキ春 嶺春 蘭春 音春を筆頭にカミュ春や翔春、真春、レン春もございます。R18、オールNLとなりますので宜しくお願い致します。

だけど最近プリンスよりも先輩とかヘヴンズが好きだったり・・・。

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