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complice 第3話

 

 

 complice
  第3話


 

 


 
 
 ベッドの上で、何気なく天井に手をかざす。
 この手は今日、なんだか良く判らないまま、レンではない男が愛しげに握っていた手だ。

 一ノ瀬さんが私を好きだったなんて、初めて知った・・・。
 
 直球で投げられた気持ちに胸を掴まれ、家に戻っても何もする気になれなかった春歌は、そのままベッドに倒れ込んでゴロゴロしていた。

 夜になっても、部屋の明かりもつけずぼんやりとしていた。
 暗闇に目が追いつかなくなってきて、春歌は何とはなしに時計を見る。もう19時を回っていて、一体自分は何時間こんなにだらしなく過ごしているのかと呆れる。

 トキヤは、あの後もスタジオには戻らず、部屋まで送ってくれた。
 今日は夜まで撮影があると聞いていたので、まだ間に合うから、仕事の為に早く見学に戻ってほしいという春歌に、君の方が心配だからと、トキヤは譲らなかった。

 彼は優しく笑い、努めて明るく帰り道も気を遣ってくれた。好きだといったその言葉に嘘がないのだと、春歌は気恥かしさでまともにトキヤの顔を見られなかった。

 言われてみれば確かに、今までの何気ない日常で、ああ。と思う時があると気付いた。

 学園時代もトキヤはよく春歌の曲を聞いては、ここをこうした方がいいなどとアドバイスしてくれた。学内施設の予約の仕方も、寮の設備の上手な使用法も、こんな事も判らないのですか、などとお小言を言いながらも、色々細かく教えてくれた。でもそれは、彼がそういう、何やかや文句を言いながらも面倒見が良い性格だからと思い込んでいた。

 君の曲が好きだと言われた時も、単なる社交辞令の一種だと思っていた。
 事務所に所属してから、レンと付き合っている事を雰囲気で周囲が察し始めた時、妙に寂しそうな顔をしていたのは、あれは、そんな理由だったのかと、春歌は初めてトキヤに申し訳ない気持ちを抱いた。

 それでも彼は、ずっと変わらず自分に接してくれていた。
 春歌は、設備も整っている学園のレッスン室を卒業後もたまに使用していて、レンと二人でレッスン室に居た時にトキヤと鉢合わせした日もある。あの時も、トキヤに特に変わった様子は感じなかったが、それは自分が鈍かっただけなのかと、春歌は温もりの残る手を見詰めながら考えていた。

 レンだって優しい。

 彼には愛されている。それは自覚している。お姫様扱いして、リードしてくれる。年齢は少ししか違わないのに、彼は自分よりうんと大人みたいだと春歌はいつも思っていた。大人みたいと思うのは頼れる安心に繋がり、それはきっと、彼の自分への愛情が生み出す安寧感なのだとも理解していた。

 
 「!」

 部屋のチャイムが鳴り、春歌は驚いてベッドから飛び上がった。
 今日は誰とも約束をしてなかった。物思いに耽っていたので余計驚いて、春歌はバタバタと慌て気味に玄関へ向かった。

 ここはシャイニング事務所の寮なので、外部の人間が訪れる事は基本的にない。
 宅配便も管理棟が一旦預かる。訪問も、そこが通さなければ関係者以外は部屋までは来られないから、部屋まで来るのは事務所の人間だけだ。

 ドアを開けると、レンが立っていた。
 驚いて、ドアを開けたまま固まってしまう。

 「やぁハニー。仕事してたかい? いきなり来てごめんね。」

 「神宮寺さん。あ、いえ、仕事は今は、してなかったんですけど・・・。」

 「あがってもいいかな。ちょっと疲れちゃって、自分の部屋に帰る前に、ハニーの顔が見たくってね。充電したいな。君を。」

 レンが茶目っ気のある笑顔で、頬をちょんと、突いてくる。

 「あ・・・あ、はい。どうぞ。」

 出来れば今は会いたく無かった。という気持ちと、単純に逢えて嬉しい気持ちが入り混じる。
 好きなのだから、会いたいと言われたら嬉しい。自分も会いたいのだと思う。でも今日は、どちらかと言えば会わずにおきたかったような気がしながら、春歌はレンをリビングへ通した。

 

 疲れたと言った通り、レンはソファにどさっと腰を下ろすと、溜息をついた。
 春歌はそんな姿をちらりと見遣り、キッチンでお茶の支度を始めた。なぜだか手間を掛けたくて、わざわざ丁寧に用意した。コーヒーの香りに気付いたらしいレンが、インスタントでいいよーとソファから声を掛けてくる。春歌は返事をしながら、面倒な手間を変えなかった。

 「わざわざちゃんとしたのを淹れてくれるなんて。君だって仕事があるのに、すまなかったね。」

 トレイを手にリビングに戻って来た春歌を見て、レンが目を細める。
 彼の前にカップをセットしながら、春歌もソファに腰を下ろした。

 「今日、スタジオに来てたね。」

 徐に、レンが言った。
 春歌は内心ぎくりとしたが、別に見学が悪い訳ではない。事務所から禁止されていた訳でも、レンに来るなと言われてもなかったので、ごく普通に返事をした。

 「はい。少しだけ。・・・あの、どうして判ったんですか。私、隅っこの目立たない所にいたつもりだったんですけど。」

 「判るさ。俺は君だけは、どこに居てもわかるんだ。」

 微笑んだレンがコーヒーを一口飲む。
 春歌はどんな顔をしていいか迷い、無言で、小さなカゴに入ったクッキーを薦めた。

 「イッチーと一緒に来たの?」

 今度こそ、ぎくりとした神経が手の動きに出た。
 
 別に普通の質問なのに、額に汗が滲んだような気までした。直前に触れた籠から手が離せない。クッキーの包みの、鮮やかなセロファンの色が目に刺さる。なぜそんな事を聞かれるのだ。まさか今日、自分とトキヤの間にあった何かを知っているのかと、ありえない妄想に襲われる。

 「あの、一ノ瀬さんが、見学した方が曲も良くなるんじゃないかって、電話で誘ってくれて。」

 言い訳がましい返事なのは何故だろう。
 単に誘われたとだけ言えば済むものを、トキヤが誘った理由から口にするなんて。

 「そっか。まぁ、そうかもしれないね。君も幾ら仕事とは言え、部屋に籠りっきりも良くないしね。」

 レンは普段と変わらなかった。
 それにほっとし、春歌も一口、コーヒーを啜った。そんな春歌を隣から見詰めて、レンが尚も話す。

 「折角だから君を共演者の先輩方に紹介しようと思ったのに、いつの間にか居なくなっちゃってさ。探したんだよ。」
 
 それは、何気ない言葉だった。
 レンはその時も、普段と変わらぬ様子で言ったのだ。だが春歌はあの時見た、レンが相手役の女優の肩を抱いた光景をなぜか思い出し、咄嗟に苛立ち混じりの口答えをしてしまった。

 「だって、今日あんなシーンを撮影するって知らなかったんです。見たくなかったから、しょうがないじゃないですか。」

 「ハニー・・・。」

 きつい調子で言い返した春歌を、レンが泣きそうな顔で見るが、春歌は俯いててそれに気付かない。
 あれだけトキヤの前で泣いたというのに、結局割り切れて無い。これは割り切れない事なのだから、今後も似たような事があったら自分の所へ来てほしいと言ったトキヤの言葉は当たっていると、頭の隅でちらりと思った。
 
 芝居だろうがキスの相手を事もあろうに恋人に紹介するなど、こんな事を言われて、仕事だから私も是非ご挨拶させて頂きますと返事をしろと、彼は言うのか。これを、これからも延々と続けて行くのか? 彼とつきあう限り? 

 「共演者の先輩って、あの女優の吉野京子の事ですか? 実物も本当に綺麗らしいですね。大物だから自分の出番ギリギリまで楽屋でのんびりなんですか? 私がお邪魔してすぐに本番になっても、お見かけしませんでしたけど。今日の撮影にいらしたんですね。でも、私には関係ないです。別に会いたくありません。」

 「そんな言い方しないでくれないか。」

 ぐいっ。と、腕を引かれる。だが。声は怒ってる雰囲気ではなかった。どちらかと言うと困っているような声に聞こえたが、春歌は引くに引けなくなり、顔をそむけて尚も言った。

 「どういうつもりでそんなこと言うんですか? そんなこと・・・。あんなシーンを撮影する相手に挨拶なんて。会いたくありません。 」

 「ハニー、落ち着いてくれ。」

 レンが春歌の両腕を掴む。

 「これは仕事だ。どうせ仕事なら、気が乗らない役もこなす代わりに、貰える旨味を根こそぎ貰った方がいいと思わないか。吉野京子はこの世界ではそれなりに大物だ。彼女に気に入られれば、きっと君の才能なら何かの時に使って貰える。だから、会っておいて損はない。コネクションが大事な芸能界で、力のある人間に会えるチャンスをふいにするのは勿体ないだろう。」

 「そんな事を聞きたいんじゃありません!」

 違う。
 そんな事を聞きたいんじゃない。未来の仕事の成功は今はどうでもいい。ただ安心させてほしい。切れ目ないこのどうしようもないやるせなさを、レンの手で断ち切ってほしいのに、でも、こんな事を言って彼を困らせたくないのに、何故。

 「判ってるんです。仕事です。でもだからって、お芝居だから他の人とキスするのを、そんな簡単にうまく考えられないです。私は、私は神宮寺さんみたいに、簡単には割り切れません!」

 そう言い放った時、レンが春歌の腕を離した。
 やっと、春歌が目の前の恋人の顔を見る。

 「君は、そんな風に思ってたの。」

 「・・・。」

 「俺が、簡単に割り切ってると思ってたの? ・・・・は。」

 乾いた短い笑いが、レンの唇から洩れる。
 ゆっくりとソファから立ち上がったレンを、春歌は呆然と見上げた。

 「もうこの話は止めよう。俺たちにとって良くない。・・・帰るよ。」

 「神宮寺さん。」

 疲れたように息を吐き、レンが呼び掛けに首を向ける。そして、無表情で言った。

 「ドラマや映画でキスシーン。だなんて、きっとこれからもずっとある。俺は、歌や芝居が仕事なんだ。」

 「・・・っ。」

 「だけどそれを、俺が簡単に割り切ってやってるって? はっ、冗談じゃないな。俺は割り切ってるんじゃない。君にそんな事を言われるとは思わなかったよ。」

 「あ・・・。」

 「この仕事が終わるまで、逢うのはよそうか。つまらない喧嘩はしたくない。君も、作品に影響が出たらいけないしね。」

 「そんな・・・!」

 レンの突然の提案に、春歌はたじろいだ。
 違う。そうじゃない。この問題を遠ざけたいんじゃない。ただ安心させてほしいだけで、見たくない物に蓋をしたいわけじゃないのに。

 「違います、私、そんなつもりじゃ・・・!」

 「今日は帰るよ。ごめん、また連絡する。」

 「待っ・・・。」

 リビングから玄関まで追いかけながら言葉を交わす間、レンは春歌を見なかった。
 扉が閉まる時、一度だけちらりと振り返る仕草を見せたが、扉の方が先に閉まった。春歌は暗い玄関で立ち尽くしていたが、はっとして慌ててレンを追いかけた。

 エレベータは既に下階に降りていたので、春歌は急いで階段を走り下りた。駐車場から出るレンの車が見え、レンがこちらに気づいたように見えた。急いで後を追う。だが、間に合わなかった。

 「神宮寺さん!」

 叫ぶ声も虚しく、誰も居なくなった道路の真ん中で、春歌は途方にくれて項垂れた。






 

 
 「七海さん!」

 混濁する意識の中で、聞いた覚えのある声が聞こえたような気がした。
 肩を激しく揺さぶられ、自分が眠っているのに気がついた。

 「っ!!」
  
 がくんっ! と、どこからか落ちたような感覚がして、はっと頭まで目覚める。
 暗闇の中で、暫く春歌は自分がどこにいるのか解らなかった。

 「しっかりして下さい。こんなところで眠ってしまうなんて、何かあったらどうするつもりだったんですか!」

 「え? あ、え、一ノ瀬さん、え。・・・・あれ・・・・。」

 見まわした周囲には見覚えがあった。

 「一ノ瀬さん、ここって、あ、れ?」

 額を抑えた春歌が固まる。

 「あ、そうか・・・・公園・・・・?」

 「そうですよ。しっかりして下さい。自分で来たのでしょう。大丈夫ですか。しっかり起きて下さい。」

 焦っている声が隣で響く。
 トキヤが、必死に春歌の顔を覗き込んでいた。頬に手を当てたり、心配そうに目を覗き込んだり忙しそうだ。

 「・・・おかしな所はなさそうですね。」

 「あの・・・。」

 ふう、と息を吐いたトキヤは、ゆっくりと立ち上がり
 
 「ここを動いてはいけませんよ。温かい飲み物を買ってきます。すぐそこの自販機で買ってきますから、すぐ戻るので絶対に動かないで下さい。いいですね!」

 きつい調子で春歌に言い含め、ちらちらと振り返りながら自販機まで歩き始めた。どこかへ電話をしているようだったが、丁度そんな時に限って深夜の住宅街なのにオートバイが派手な音を立てて走って行き、あまり良く聞き取れなかった。
 
 大きな樹があるとはいえ、春歌の座っているベンチからも一部見える自販機まで辿り着くだけなのに、よっぽど心配なのだろうか。買っている最中も常に春歌から目を離さないトキヤを、春歌はまだ醒めきらない目で眺める。

 戻ってきたトキヤに手渡された缶コーヒーを受け取る。
 掌がじんわりと暖かく感じた。

 トキヤは春歌の隣に腰掛け、やっと安心したとでもいうように大きく息を吐いた。

 「どうしてこんな所で眠ってしまったんです。苦労しましたよ、探すのに・・・。」

 「探して、たんですか・・・?」

 「当たり前でしょう。レンから電話があった時は驚きましたよ。」

 トキヤは自分も缶に口をつけながら、まだどういう状況なのか良く判ってない春歌に、今夜の出来事を話してくれた。

 あの後すぐに春歌は、レンの部屋まで行こうと思い立ち尋ねた。
 
 だが、どこかで寄り道でもしているのか、レンは自分の部屋に戻ってなかった。1時間程部屋の前で待っていても戻ってこなくて、とぼとぼと歩いて帰る途中、疲れて休憩したこの公園のベンチでそのままうつらうつらと眠気に負けてしまったのだった。

 その頃レンは、後悔して春歌の部屋まで引き返したのだという。
 レンの方も、ドアの鍵が空いたままいつまで経っても家主の帰ってこない部屋で待ち続けていたが、あまりに心配になって、自分の家まで春歌が行ったのではないかと思いついて急ぎ戻るも、諦めて帰った春歌と入れ違いで会えず、焦って学園時代の仲間数人に電話をしたのだった。

 「まったく。どれだけ急いでいたのか知りませんが、携帯も持たずに飛び出すなんてどうかしてますよ。挙句に疲れたからとこんな所で眠ってしまうなんて・・・。」

 「も、申し訳ありません・・・。疲れちゃったから休憩しようと思って。それで、頭を冷やそうと思って目を閉じていたら、眠ってしまって・・・。」

 我ながら、短時間だったらしいがよくこんな場所で眠れたものだと思う。
 確かに、レンを追いかけて外へ飛び出した時はすでに日付も変わっていただろうから、眠くなっても時間的にはおかしくないが、それにしても。

 「泣き過ぎて、疲れていたんでしょう。」

 トキヤが、コーヒーを飲みながらぽつりと言った。彼の言葉に、なぜだか胸がぎゅっとしめつけられるような気がした。
 色んな事を言い当てないでほしい。気付かせないでほしい。今日は昼間から、彼の言葉に、自分の中で名前が付けられなかったぼやけた感情が、適切な枠を嵌められていくようだ。

 トキヤは一気にコーヒーを煽るともう一度自販機の傍へ行き、缶を捨てた。
 戻ってきて、少し無言で春歌を見詰め、それからなんでもないように言った。

 「帰ったら温かくして寝た方がいい。・・・歩けますか? タクシーを呼びましょうか。」

 「あ、歩けます。大丈夫です。本当にすいません。・・・あの、神宮寺さんはもう、私がココに居るって、知ってるんですか。」

 春歌の問いかけに、トキヤは一瞬間をおいた。そして

 「知っていますよ。先ほど私が見つけたと電話をしましたから。・・・明日、まぁ、もう今日ですが、とても早いのだそうです。一睡もしない訳にはいかないと・・・。見つかったのなら安心したから、送り届けてくれ、と。」

 レンは、迎えには来てくれなかった。
 
 手の中の缶の温度が、消えた。
 

  



 


  恋人は、夜中にいなくなった自分を探しには来てくれなかった。いや。正確には、探してはくれたらしい。探し切れずに、切羽詰まって夜中だというのに友達に電話をした位だ。だが、見つかったという報告を聞いて急いで顔を見に来るよりも、翌日の自分の仕事を選択したのだ。

 無事を、その目で確認に来てはくれなかった。

 ベッドに顔を伏せて、声を布団に殺させて、春歌はまたひとしきり、泣いた。

 

 

 どのくらい泣いていたのか解らない。
 
 春歌はのそりと起き上がり、仕事の続きを始めた。あらかた創作に関する部分は終わり、事務的な作業が残っているだけの状態だったので、腫れぼったい目で黙々と手を動かした。空洞が体に出来たようだった。それでもそれもどうでもよかった。ただ、機械さながらに仕事を進めた。自分はプロだという意識だけが、抜け殻になった春歌の身体を動かしていた。

 何時間も経った頃に鳴った玄関のチャイムも無視した。
 何度も何度も鳴るチャイムを無視し続けた。その甲斐なのか仕事は終わった。提出先へはデータを送信し終わり、撮影現場で監督やらに見本的な意味合いで配るCDも仕上げた。

 意味もなく出来あがった物をぼんやりと見ていたがやがて、呼びかける声と、自分の部屋に近付いてくる人の気配を感じた。

 ノックの音がして、静かにドアが開けられた。

 「・・・どうして居るのなら出てくれないんですか。心配するでしょう。」
 
 呆れたような声がした。
 そこでやっと春歌は、手を止めて後ろを振り返った。

 「あれだけしつこくチャイムを鳴らしても無視するなんて、ある意味立派ですよ。鍵もかけずに・・・。幾らココが部外者が入れないようになっているとしても、あまりに不用心じゃありませんか。」

 そう言って、トキヤは春歌の隣に立った。
 仕事を一瞥し、終わったのを確認してまた気遣わしげな表情をする。なんとなく訪問者はトキヤのような気がしていた春歌は、特に驚く風でもない。トキヤもそれを受け入れてるようだった。

 「君、食事も、というか、水分も取って無いでしょう。おまけにその顔・・・・あれから寝てませんね。公園で寝てたのに風邪を引かなかったのは、単純に今が季節がいいからです。季節が良くても、栄養も睡眠も取らずにいたら倒れてしまいますよ。」

 そっと春歌の頬を、トキヤの手が撫でる。
 目に色を載せてなかった春歌は、そこで初めて彼の存在に気付いたかのようにびくりと肩を震わせた。

 「怖がらないで下さい。」

 トキヤが優しく窘める。

 「何もしませんよ。だから何か食べて、寝て下さい。もう仕事は終わったのでしょう。」

 お願いしても、ふるふると力なく首を横に振った春歌を、トキヤはそっと自分に引き寄せた。

 「あまり心配させないでほしいのですが。」

 「ほんとだよね。」

 
 「――――え。」

 突然割り込んだ声に驚いて、春歌とトキヤは声がした方に顔を向けた。

 「心配で仕事どころじゃない。自分の女が、他の男に手を出されそうになってるなんて。」

 部屋の入口で不機嫌そうに顎を上げて、レンが立っていた。
 春歌もひどく驚き、声も出ない。だが、石膏で覆われた心に神経が戻ってきたと感じた瞬間でもあった。

 「レン。びっくりするじゃないですか。親しき仲にも礼儀ありで、チャイムくらい鳴らしたらどうです。」

 知った顔であった事にほっとした様子で、トキヤが小言混じりにレンに言う。
 レンはそんなトキヤに目もくれず、春歌の前に立った。

 「ごめんねハニー。眠ってたらいけないと思って、黙って入ってきちゃったんだ。」

 「いえ、大丈夫です。仕事をしてましたし・・・。」

 「そうみたいだね。なんかやつれてる。」

 心配そうな顔で自分を見た恋人に、春歌は期待した。
 ゆうべの事を、彼は悔いていてくれてるのだろうか。それについて何か一言でも、愛されていると実感できる一言が貰えたら、それでいい。

 だがレンが次に言ったのは、春歌の考えの到底及ばないものであった。

 「うちへおいで。こんなんじゃあ体を壊す。君は仕事に没頭すると日常生活を疎かにしてしまう。それを理由にたらし込まれちゃ堪らない。ウチには食事の用意でも何でもしてくれる人間は大勢居るんだ。部屋もある。問題無い。」

 いきなりの提案に驚いた春歌が後ずさった。
 それを咎めるかのように、レンが春歌の手首を掴んだ。同時に、机の上にあった春歌の携帯電話に気付き、それを自分のポケットに捻じ込む。

 レンが本気で自分の家へ連れて行こうとしているのだと判った春歌が焦る。

 「まっ・・・神宮寺さん、待って下さい・・・。」
 
 「やめなさいレン。彼女が泣きそうになってるじゃないですか。」

 トキヤが割って入った。
 だが、レンは掴む力を弱めない。

 「イッチーは黙っててくれないか。昨日の件は感謝してる。夜中に突然で悪かったね。借りは何かできちんと返すよ。でも、彼女を俺の実家に連れて行くのを、とやかく言われる筋合いは無いな。」

 春歌の抵抗は弱々しかった。というより、弱い抵抗しか出来なかった。
 
 トキヤが心配した通り、春歌は水もほとんど飲んでいなかった。ゆうべトキヤに買って貰った缶ジュースは、リビングのテーブルに置かれたままだ。
 前の晩にほとんど眠らず、加えて丸二日ほぼ何も口にしてない体は、先ほどまで捗らせていた仕事ですべてのエネルギーを使い果たす寸前で、考えるという力や体力が限界に来ていた。レンが突然入口に居た時の驚きが消えたら、またすぐ思考が停止してしまうほど、色々参っていたのだ。

 額のすぐ裏側から意識が遠のいていく気がする。
 レンとトキヤが何やら言い合っているのが、まるで遠くの景色のようだ。

 「どういうつもりだい、イッチー。」

 血の気が引いてく感覚の途中で、突然レンの険しい声が耳に飛び込んできて、春歌は慌ててまた二人を見詰めた。

 レンが、ひどく厳しい目でトキヤを睨んでいた。
 口調だけはいつもと同じだが、声に明らかに棘がある。その棘が、春歌の耳にも届いたのだ。

 春歌はそこで、やっとレンが、いつもの飄々さとはまったく違う色を纏っているのに気付いた。
 怒った彼を見たのは初めてではないが、ただ怒っているのとも違うような、なんとも言えない圧迫感を感じて怯む。

 「まさかとは思うけど、この隙に、この子を自分のものに出来るとでも? だったら悪いがそれはイッチーの見当違いだ。俺たちはこんな事でダメになったりしない。友人として彼女を心配してくれるのは有難いけど、友人以上の何かがあるなら、もう彼女に近づくのはやめてほしい。俺も、イッチーと仲違いなんかしたくないんだ。」

 「レン、貴方こそ忙しすぎて疲れてるんじゃないですか。勘繰りすぎも甚だしい。私は、友達として心配してるだけですよ。大体、昨夜の件もあるんですから、私がこれだけ心配してもおかしくはないでしょう。」

 「部屋にまであがり込んで?  ・・・まぁいい。下らない言い合いをしてる時間が無い。ハニー、行くよ。荷物は持ってこなくていい。あっちで何もかも用意すれば済む。」

 「待ちなさいレン。彼女は昨日の今日で疲れてる。少しは労わったらどうですか。」

 「労わりたいから、俺の家に連れて行くんだよ。このままじゃ倒れる。俺も今は忙しすぎて、正直自分以外を気にしていられない。俺にとって心配の要らない場所へおいておかないと。」

 「自分が忙しいのと、あなたの家に彼女を閉じ込めるのは別でしょう!」

 咄嗟にそう言ってレンを制止しようとしたトキヤより先に、春歌が腕を振り解いた。
 ほとんど無意識だった。
 
 「ハニー・・・。」
 
 レンが驚いて春歌を見る。
 
 「あの、神宮寺さん、私、仕事は終わりました。だから、神宮寺さんのおうちに行かなくても大丈夫です。少し寝て、それから食事も摂ります。」

 春歌のその言葉に、レンがすっと表情を失くした。

 「どういう意味? 俺と一緒には行きたくないって意味? それとも・・・イッチーと一緒に居たいって意味かな。」

 「違います。ただ、私の生活が心配だっていうのなら、もう仕事は出来上がりましたから、その心配はないっていうだけで。それに、神宮寺さんのおうちにお世話になるなんて、そんなこと出来ません。」

 出来るわけがない。
 自分は結婚相手でもない、ただのレンの気まぐれな恋愛の相手にすぎないかもしれない女だ。彼本人にさえ気後れしているのに、彼の背景である国内有数の財閥の家に足を踏み入れるなど自分には出来ない。

 だけど、それをレンには言えない。
 告げたところで、彼はにっこり笑って、気にしなくていい。と言うだけだ。

 「時間が無いんだ。俺も無理を言って撮影を抜けてきてる。君が早く支度をしてくれないと、次の出番に間に合わない。」

 「神宮寺さん。私、本当に神宮寺さんと一緒に行きたくないとかじゃないんです。ただ、私が神宮寺さんのおうちにお世話になるのは違うって思うんです。だから一緒には行けません。ごめんなさい。お仕事に戻って下さい。私は大丈夫です。」

 必死に言葉を振り絞る。
 倒れそうな頭で、春歌は笑顔を作って見せた。

 しかし。
 レンは春歌のその笑顔を見た途端、憤然とした様子でもう一度強く春歌の腕を強引に引き摺った。

 「きゃ・・・! 痛い、神宮寺さん痛いです!」
 
 半分転びながら悲鳴をあげる春歌を、レンが無言で玄関へ引っ張っていく。

 「レン! 待ちなさい、七海さんが痛がってるじゃありませんか。せめて手を離しなさい!」

 「イッチーは黙っててくれないか。ああ丁度いい。管理人に言って鍵を掛けておいて貰ってくれ。家主は暫く帰らないからね。」

 半分担ぐようにして部屋から強引に連れ出した春歌を、レンは無言で自分の車に放り込んだ。



 




  

  To Be continued・・・


 

 
 
 

 

 
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プロフィール

みるくあずき2

Author:みるくあずき2
成人。
主婦。母。妻。嫁。娘。事務員。など。

本家ブログはアメブロ
http://ameblo.jp/milk15azuki
にて、乙女ゲームレビュー(感想・攻略? 雄叫び、乙女向けCDも愛聴)を書き綴っております。

乙女ゲ歴というかゲーム歴4年。
妻となり母となって大分経ってから見つけた趣味なので、遅咲きです。
遅咲きの狂い咲きってヤツですね。

本家ブログは只今リアル絶賛多忙中の為に気紛れゆるゆる更新です。コチラは元々気の向くままに進めています。

下のカテゴリからお好みのモノを選んで頂くと、連載は1話から読めます。

感想・お世辞は大歓迎ですが、苦情は受け付けられません。
鍵付きのコメントは、拍手コメントも含め一切の誤表示を防ぐ為、お返事は致しませんが、必ず読んでおります。励みになっております。有難うゴザイマス。
拍手とかコメントとか貰えると泣いちゃうくらい嬉しいですよ・・・。

鍵付きでは無いコメントは、拍手コメントも含め必ずお返事させて頂いております。
宜しくお願い致します。

只今うたプリだと トキ春 嶺春 蘭春 音春を筆頭にカミュ春や翔春、真春、レン春もございます。R18、オールNLとなりますので宜しくお願い致します。

だけど最近プリンスよりも先輩とかヘヴンズが好きだったり・・・。

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