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Little by little 1話




プロローグ
 
 

 仕上げにドレッシングを振りかけて、出来上がったサラダをテーブルに出す。
 
 「うわぁ、美味しそう! ね、もう食べてイイ? お腹ペコペコだよお~。」

 「はい、どうぞ。今日はカレーのお肉、薄切りにのお肉にしてみました。カレー用のもイイんですけど、コッチの方が食べやすいかなって。」

 「うん美味しい! 君の作ってくれるもの、本当に全部美味しいから、なんでもいいよ!。」
 
 「音也くん・・・あ、お茶は冷たいのがココにありますからね。」

 休日の昼。
 2人一緒に春歌の部屋で、好きな音楽を流しながらゆったり食べるランチ。幸せを感じながら過ごす時間。



 音也と春歌は恋人同士として日々を送っていた。
 学園で出会い、音也のパートナーとして一緒に曲を作るうちに・・・。ありがちな出会いと過程でありながら、2人はそれに満足し、お互いを大事に思っていた。
 
 卒業オーディションを乗り切り、事務所に正所属となった今、同じ寮で隣同士の部屋になったので、休日が会えば行き来している。 
 
 シャイニング事務所の力は大きく、デビュー間もない音也も、他の友達も、正所属となった面々はそれなりに仕事があった。お陰で知名度も上がっている。2人は芸能人である結果の必然で、会う時は外を出歩くことを避け、お互いの部屋で過ごしていた。

 学生時代と違いそれぞれ個室なので、春歌が音也の部屋に行くこともあった。ただ、部屋の並びが、春歌の部屋が廊下の突き当たりで、その隣が音也、そしてトキヤ・・・となっていた為、
 
 「俺の部屋だと、隣のトキヤに君の声が聞えちゃうかも。」

 そう悪戯っぽく笑った音也の言葉に反応した春歌が、大体自分の部屋へ呼ぶようになった。

 
 準主役級で出演していたドラマの収録がアップした為、音也は昨日午後からフリーだった。

 久しぶりの休日は春歌となにがあっても絶対一緒に過ごす。それを励みに仕事していた。なのに、昨日は部屋に戻った途端張りつめた神経の糸が切れて眠ったしまった。とメールを貰い、春歌は嬉しくて、音也が愛しくて、音也の好物を朝から用意した。

 デザートも終えて、借りておいた映画のDVDを見る。
 映画館には出掛けられない。でも、こうして2人で寄り添って、周りを気にせず場面ごとに思ったことを口にしながら見るのも心地良かった。

 「結構面白かったね、コレ。ずっと見たかったんだ。借りられて良かったぁ。」

 「うん、悲しいお話っていえばそうだけど、後味はいい感じだし、面白かったです。」

 ニッコリ笑って真面目に感想を述べる春歌を、音也は抱き締める。

 「ねえ。俺、ずっと君に寄り添ってたら、夜まで待てなくなっちゃったよ・・・。」
 
 「音也くん・・・。」

 「ダメって、言わせないよ。俺、ずっと我慢してたんだ。ずっとずっと、春歌としたかった・・・。」

 最後は掠れ声で、音也が春歌の唇を塞ぐ。
 
 軽いのは初めだけ。
 すぐに吐息まで絡ませ合って舌を吸い合うキスになる。
 春歌が自分からウエストのホックを外しファスナーを下ろしたのが合図となり、音也は荒い息で彼女の胸を撫で回し、スカートを剥ぎ取った。

 「あ、ん・・・。」

 碌に準備もせず、いきなり下半身へ伸びた指に春歌は息を漏らす。恋は盲目だからか、急いている彼すら愛しい。其れほどまでに自分を欲していてくれたのかと思えば、準備に時間をかけてくれ無いのも愛だと思える。

 「ごめんね、俺、もう入れたい・・・ガマンできないよ・・・。」

 「あっ、そんな、ムリ・・・。」

 抵抗しようとした春歌の声を、音也の指が遮った。
 膣口をなぞっただけで、くちゅっと湿った音を聞いて、音也が少し笑う。

 「ムリじゃなさそう、だよ?」

 恥ずかしさで顔を隠す春歌の首に、音也はそっとキスを落とした。

 「んん、無理です・・・。」

 「焦らしてるの? 意地悪するなんてヒドイな、こんななのに・・・。」

 音也は自分の指を春歌の中に埋め込んだ。

 「あああん。」

 ゆっくりと、でも確実に急かす調子で音也が指を抜き差しする。

 「中、あっついよ・・・。ヌルヌルだし・・ねえ、ダメなの・・・?」

 言いながらその場所に顔を寄せ、反対の手指で春歌のクリトリスを剥き、そっと舐める。

 「ひゃあああん、いやぁっ。」

 ぴちゅっと、音也が舌を動かす度に水音がする。
 それだけ濡れている恥ずかしさに耐えられなくて、春歌は小さな声で挿入をねだった。

 
 伸し掛かった音也に、足を拡げた姿勢のまま押入れられる。
 久し振りの圧迫に、春歌は戸惑った。体がそれを音也に伝えるのか、
 
 「っう・・は、ぁ・・・痛い・・・?」

 声はもう快楽の甘さを帯びているが、彼女を気遣う台詞を吐く。
 
 急かした事は判っているのだろう。それでも欲求が強過ぎて、春歌を気遣うのは自身の望み叶った時点でようやくだ。自分の性器が春歌の中に埋まり切ってから春歌の調子を思いやる余裕が、少しだけ出来ている。

 「大丈夫、です・・・音也くんの、が、おっきくて、躯が、ビックリしちゃって・・・っ・・・。」

 「だって、だってしょうがないよ。ずっと春歌をこうしたかったんだから・・・!」

 「ああん! あん、あんっ!」

 春歌の体が大きく揺さぶられる。
 激しく出し入れする音也は、久しぶりの愛する女に既に冷静さを奪われている。

 そして春歌も、何度かピストンされて、すっかり快感を取り込むばかりになっていた。

 絡み合って溶ける。本当にそうなってしまえばいい。
 このまま2人でひとつになってしまえば、永遠に離れないで済む。そう在りたい。お互いがそう願いながら、お互いを欲しあい、貪る。2人で名前を呼び合いながら、会えなかった時間を埋めるように交わった。

 仕事柄、休みの約束など出来ない。
 次に会える約束なんて、出来ない。
 
 そしてそもそも、2人の仲は世間に知られてはいけない秘密で、常に人目の無い場所で会わねばならない。音也がアイドルである以上守り続ける秘密。

 春歌は、それでもイイと思っていた。
 大好きだから。彼もそうであると信じているから。こんなにお互い好きなのだもの。私達はやっていける。そう信じて、疑わなかった。

 「好きだよ・・・っん、は・・・ぁ・・・春歌、好き、大好きだよ・・・はぁっ、気持ちイイ・・・俺、もうイキそうだよ。ね、イってイイ・・・?」

 「あっ、ああっん、うん、イって、いっぱい、出してっ・・・。」

 口を開けたまま舌を貪り合ってきつく抱きあう。
 何もかもがもどかしい。私達は1つになりたいのに。どうしてどこまでも体は2つのままなの?

 隙間が無いようにするにはどうするか。それを探すように抱き合って、快楽任せの蕩けた声をあげながら、恋人同士が果てた。
 何度も、何回かも、どちらかが意識を眠りに引き摺られるまで、ずっと・・・。


 
 



 第1話


 春歌はカレンダーをちらと見ると、もう一度画面に目を移した。
 
 『どうにもおしてる。ごめん。今日は会えない。またメールするね』

 最近、音也は富に忙しかった。
 カレンダーを数えて、途中でやめた。少なくとも半月以上会ってない。ひょっとしたら3週間を超えていると思うと、数える事すら嫌になった。

 ドラマが好評だった為、急遽音也単独の写真集の発売が決まり、5日間の撮影ロケに出掛けたのはいつだっただろう。それを皮切りに、地方で行われる様々な大き目のライブイベントへのゲスト参加が連日入った。

 当然、地方へ行く折角の機会だからと、地方局への出演も調整して貰えた。媒体はテレビ、ラジオを問わないようで泊まりがけが増えた。

 事務所がこの機に乗じて音也を売り込む最大限の努力している。文句など言うどころか、感謝すべきだ。なのに、寂しくて、会いたい気持ちが募って、作曲する手も止りがちになっていた。

 携帯電話を仕舞い、ぼんやりと壁を見る。
 今頃、新幹線なら2時間くらいの距離に居る。だから、今日はなんとか少しだけでも会えそうだと言われていたが、結局それは叶いそうもなかった。

 予定より大幅に終了時刻がずれそうで、最終の新幹線には間に合わないのだろう。泊まる時は言う彼がそうは連絡してこないので帰っては来るのだろうが、どのみちここへ今日中には来られない。
 
 明日も午前中から、雑誌で巻頭特集を組んで貰える事が決定したとかで、スタジオに缶詰だった筈だ。その為には当然睡眠を優先しなければならない。人前に出る仕事の彼の目の下に、クマなどつくらせるわけにはいかないのだから。

 「音也君・・・会いたいよ・・・。」

 ほぅ。と溜息をつく。
 今日こそは会えると期待をしていた為、夕食を2人分用意してしまっていた。落胆して、食事どころでは無い。これでは1人分の消費すらあやしいと、春歌はぼんやりと鍋を眺めた。

 「座っててもしょうがないや・・・。」

 丁度切らした紅茶の葉を買いに行こうとしていた所だったのだ。
 それを思い出し、ゆっくり買い物に出ようと思った。

 鏡の前で髪をさっと整え、部屋を出た。

 「――――――――おや。」

 「あ。」

 ドアを開けた所で、トキヤと出会った。

 彼は春歌の2つ隣の部屋。音也がこうなるよりずっと前から売れっ子として活躍している彼とは、なかなか寮で会わない。実際、久しぶりに会った。

 「一ノ瀬さん、お久しぶりです。お疲れ様です。今日は早いんですね。」

 「ええ、久しぶりですね。元気でしたか。」

 それはまるで他人同士の会話でも無理が無い言葉の遣り取りだったが、元々彼はどこか人を突き放したような態度の持ち主なので、春歌も気にもしていない。

 「はい、私は元気です。一ノ瀬さんこそ、忙しいので無理なさらないで下さいね。」

 「私は大丈夫ですよ。体調管理は万全にしているつもりです。・・・・仕事ですか? こんな時間から?」

 「あ、いえ・・・お茶の葉が切れたので、買い物へ・・・。すぐそこのスーパーまで。」

 にっこり笑って春歌は答えた。
 そして思いついて、トキヤに、夕飯を一緒に食べないかと誘った。

 「夕食はまだですが・・・いいのですか?」

 「はい。間違えて、2人分作っちゃって困ってたんです。冷凍すればいいんですけど、やっぱり、出来立てを食べて貰えるなら・・・とっても嬉しいです。」

 一応、音也と付き合っている事は内密にしてあった。だから、間違えて多く作ってしまったと嘘をついた。
 周囲は薄々気づいてるようではあったが、自分達から言う事はないと思っていた。それは早乙女事務所の規則であるのが第一の理由。勿論仕事柄、2人の仲を知っている人間は少ない方がいいからでもある。

 それは、トキヤをはじめとする友人を信用している・していない、の問題では無い。単に先述の理由と、改めて言う機会も無かっただけだ。

 トキヤは少し迷っていたようだった。
 疲れているのなら無理強いは出来ない・・・春歌が口を開こうとした時、彼は笑顔で言った。

 「では、お茶は私が持っていきましょう。紅茶ではなくて緑茶ですが。でも、君の今日のメニューなら問題無いでしょう。着替えたらお邪魔してもいいですか?」

 「はい、お待ちしてますね。」

 思いがけない旧友とのひととき。
 春歌は部屋に戻って、鍋の前に笑顔で立った。


 

 「ごちそうさまでした。大変美味しかったです。君は料理が上手なのですね。」
 
 「そんな、ありがとうございます。喜んでもらえたなら良かったです。」

 返事をしながら、春歌は、今日のメニューを和食にしておいて良かったと心底思った。
 
 音也はどちらかと言えば子供が喜ぶような洋食が好みだが、連日遠征で、お弁当生活だというメールが届いていた。好物を揃えようか悩んだが、久しぶりの手料理は体の事も考え、豆腐で和風ハンバーグを作り、根菜類の煮物や、海草の酢の物を用意していた。
 
 結果的に、ピンチヒッターのトキヤにとっての好物だったのは幸いだった。

 「あのハンバーグ、豆腐でカロリーが抑えられてイイですね。今度、君の味付けを教えてくれますか。本当に美味しかったので、私も作り置きしておこうと思うのですが。」

 「あ、じゃあ私が作ってお渡しします。1つずつ冷凍してご用意しますから。」

 「それは悪いですよ。君だって忙しいのですから・・・。」

 「いえ、何だか誉めて貰えて嬉しいんです。それに、料理は気分転換ですから、少し作るのも沢山作るのも一緒ですし。」

 「そうですか・・・では、頼んでも宜しいですか。我儘を聴いて頂けるなら、少し小さめに成形して頂けると助かります。夕食を取れなかった時に、軽い夜食につまむ事も考えたいですから。」

 「解りました! 今度の水曜、あ、明後日ですかね、特売日だから、そこのスーパーへ食材のまとめ買いに行こうと思ってたんです。作ったらメールしますから、都合の良い時にお渡ししますね。」
 
 「ふふっ、有難う御座います。水曜ですか・・・。」

 トキヤが、携帯と手帳を取り出しスケジュールを確認する。ふむ、と少し考えて

 「水曜日、夕方からなら空いてますね・・・せめてものお礼に、荷物持ちでもしましょう。まとめ買いと言う事は、それなりに重くなるのでしょう。女性一人より、役に立つと思いますよ。」

 「え、でも・・・。」

 ふっと、音也の顔が頭に浮かぶ。
 彼は、その日休みにならないだろうか。春歌は淡い期待をする。

 「そう言えば、音也は水曜日、早朝から九州へ行くと言っていましたね。」

 「え?」

 突然のトキヤの言葉に、春歌は目を見開く。その予定は、今初めて知ったからだ。

 「今日、たまたま日向さんにお会いしましてね。K局の旅番組の湯布院を巡るという企画で、音也が選ばれたそうです。実はそれ、お笑いタレントの○山さんが行く筈だったんですが、ほら、ワイドショーなど見ましたか?」

 いいえ、と春歌は首を横に振る。トキヤは、そうですかと言う様に頷いて話し続ける。

 「昨日あの方、別の番組の収録中に骨折したんです。○山さんの事務所は彼の他に、旅番組に適したようなタレントがいませんからね。前回ウチの寿さんが出演した縁で、音也に白羽の矢が立ったんですよ。急遽決まったから、音也にはこれから連絡すると言っていました。」

 「そう、ですか。」

 なるべく不自然にならないように微笑む。
 トキヤに、落ち込んでると思われてはいけないと思い、春歌は必死に平静さを取り繕った。淡々と説明された経緯が、頭を素通りしながら心を沈ませていく。

 「ロケ自体は2日で切り上げるそうですけど、折角遠くまで行くからと、地元のラジオ番組などにもついでに出てくるようです。金曜の最終の新幹線まで仕事をさせると、日向さんが言ってましたよ。」

 金曜。
 最終の新幹線となると、結局会えないまま終わるだろうと考え、春歌は心の中で溜息をついた。

 「その後も、音也は色々仕事が詰まってるようですから。この間のドラマがよっぽど好評だったらしい。私も負けていられません。」

 「一ノ瀬さんは、もう売れっ子になってしまってて・・・すごいじゃないですか。あ、お茶を淹れますね。」

 人目から逃れたくて、席を立つ春歌を、トキヤが片手で制した。

 「ああ、お茶は私が淹れますよ。食事を頂いたお礼です。」
 
 「いえ、そんな。」

 お客様にそんなことを・・・と言う春歌に、トキヤは珍しくお茶目に、ウインクする。

 「このお茶、一応高級なお茶でしてね。コツが要るのです。ですから、私が淹れて差し上げますよ。台所をお借りしても?」

 「・・・あ、はぁ、・・・・それでは、一ノ瀬さんのお部屋と同じなので、判ると思いますので・・・いいですか?」

 「ええ。君は少し待っていて下さい。とびきり美味しいお茶をご用意しましょう。」

 にこりと笑って、トキヤが台所へ向かう。
 
 春歌は、とりあえず一人になれた事にほっとした。

 頭の中が、音也に間違いなく後4日は会えないという落胆で一杯だった。少しの時間でいい、重い溜息をついてぼんやりしたかった。だから、優しい物言いながらも強引にお茶を淹れようと、トキヤがテーブルを離れてくれて有り難かった。

 まだ片付けてない空の皿の幾つかを、春歌はぼんやりと眺めて溜息をついた。



       

                    

                   to be continued・・・・・








 
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Little by little 2話


 第2話
 
 

 頭が淀んでいると思った。
 そして同時に、何やら妙に温かいと思った。

 春歌は未だ眠りの淵に居たが、どうやら自分は目覚めようとしていると思った。

 頭の芯が、眠いのとは違う種類のぼんやり感を抱えている気がした。
 
 (誰かが、髪を撫でてくれているような気がする・・・。)

 心地良いような手。自分の頬に、何か柔らかいものが繰り返しあるような感触。

 (誰か、居る・・・? 私、寝てるのに・・・寝てるのに隣に居るなんて、・・・音也くん・・・?)

 そこまで思って、春歌はがばっと起き上った。
 だが、がばっと起き上ろうとしたのは春歌の意思だけで、実際は妙に体が重く、目が開いただけだった。

 「ああ、目が覚めましたか。おはようございます。」

 「―――――――え?」

 「今日の仕事が早朝ロケなどでなくて良かったですよ。うっかり私も眠ってしまいました。」

 目の前に居たのは、トキヤだった。
 春歌は、思考が停止している。起きたばかりで意味不明な状況に、自分がまだ夢の中にいるのかと本気で思った。

 「あ、え・・・? いちの・・・え・・・。」

 言葉も上手く出ない。
 どうやら自分のベッドの上らしい事は判った。そして、自分もトキヤも、昨日着ていた服で横になっている事も認識出来た。

 「大丈夫ですか?」

 そう言いながら、トキヤが体を起こし、同時に春歌の上半身も背を抱いて起こした。

 「お水です。さっき冷蔵庫から勝手に頂きました。」

 渡されたミネラルウォーターを一口飲む。
 相変わらずぐらぐらと回っているが、少しはっきりしてきた頭で、春歌は改めてこの状況を見渡した。

 そんな様子の春歌を見て、トキヤはふっと笑って、説明してくれた。

 「昨日、お茶を飲んでから、こちらの部屋にあるCDを一緒に取りに来て、そのままベッドに腰掛けて話し始めてしまったの、覚えてないですか?」

 春歌は必死に記憶を辿った。

 「そう言えば・・・。」

 そうだった気がする。と春歌は思い返す。
 確かにトキヤに、お茶を飲んでいた時、君のお勧めの音楽を聴きたいと言われ、寝室までCDを取りに来た。

 だが、なぜかその後がうまく思い出せない。
 思い出せないというより、思い出す物が無い、という気がしてならない。

 「CDを取りに来て、それから・・・。」

 そこから先の記憶は暗闇で、未だぐるんぐるんと回るような頭では回想が追いついていかない。

 「うっかり盛り上がって話し込んで、いつの間にかお互い眠ってしまったようです。ベッドに座ったのはマズかったですね。それが眠くなった原因でしょう。私も、仕事の後でしたから・・・迂闊に女性の部屋で眠ったりして、すいませんでした。」

 春歌の方へ体を向け、背中に回した手をそのままで、トキヤがほほ笑んだ。
 春歌ははっとして、
 
 「今、何時ですか、っていうか、わ、私、寝顔とか・・・もしかして寝言とかっ・・・!」

 「取り敢えず今はまだ明け方です。5時・・・ですね。」

 枕元の時計を見て、トキヤが面白そうに笑いながら答えた。

 「寝言なら、大丈夫ですよ。私も寝ていましたら、君が寝言を言ったかもしれませんが聞いていません。私の方が先に目が覚めましたが、でも、君が起きるほんの少し前に起きたので、寝顔も少ししか見ていませんよ。」

 しれっとしたトキヤの顔に、春歌は真っ赤になって布団に潜り込んだ。

 「見てるじゃないですか!わ、私の寝顔・・・わわわわ!」

 恋人の音也にすら、寝顔をまじまじと見られたら恥ずかしくて堪らない。なのに、あろうことかただの友人のトキヤに見られたとなり、春歌は恥ずかしさでトキヤの顔をまともに見れなかった。

 「何をしてるんですか、この人は。」

 頭上から、布団を通して苦笑が聞こえた。
 春歌は布団の中から、恥ずかしい! ヤダ! 最悪! など滅茶苦茶なフレーズを並べ立てた。そんな春歌が面白いのか、トキヤはくつくつと笑いながら、ジタバタする春歌をもう一度布団から引き摺り出し、座らせ、腰に手を回した。

 「ほら、逃げないで私の話をちゃんと聞いて下さい。」

 「見たんですよね! 私の寝顔、見られてますよね、やだ、恥ずかしいです、うわぁん!」

 「大丈夫、可愛い寝顔でしたよ。」

 「だから見てるじゃないですか! もおおおお!」

 春歌は、悪戯っ子のような顔で笑うトキヤの肩をぽかぽか叩いた。

 「叩かないで下さい、痛いですよ。」

 そう言いながら、トキヤは少しも痛そうでは無かった。楽しそうに笑って春歌を見ている。
 
 「ダメです! 寝顔を見られたから、仕返しです!」

 さらに、両手で肩をぽかぽか叩く春歌を、トキヤは益々笑った。

 「まったくこの人は・・・あんまりおイタがすぎると・・・。」
 
 そう言いながら、トキヤが両手で春歌を抱きしめるようにしたので、春歌はドキっとして一瞬体を竦めた。その時だった。

 「春歌・・・・・・・・。」

 「!!」

 
 人の気配と同時にした声に、春歌もトキヤも顔を上げた。
 
 音也が、そこに立っていた。

 「音也? どうしてあなたがココに?」

 ごく当たり前の質問をしていると言わんばかりの調子のトキヤを尻目に、春歌は心臓が止まりそうに驚いていた。
 音也がこの部屋に入れる事に彼女は驚かない。彼には合鍵を渡しているからだ。

 だが、このどう見ても誤解される状況に訪問されたので、驚いたのだった。

 

 「・・・・・何、これ・・・?」

 信じられないという顔をして、音也はドアを開けたまま固まっていた。

 「どういうこと・・・・?」

 音也が一歩ゆっくりと進む。

 春歌はやっと停止した時間を動かし、自分を抱えていたトキヤの両腕を振り払い、ベッドから飛び降りて音也に駆け寄った。

 「音也くん、違うの、違うのこれはその!」

 「・・・・どういう、こ、と・・・どういう事なんだよ!」

 春歌の弁解の声が引き金になったかのように、音也が怒りを露わに大声で叫んだ。音也はトキヤを睨みつけ、今にも飛びかからんばかりだった。
 
 春歌はそんな音也を抑えるようにしがみつき、彼の誤解を解かなければと必死になった。

 「ちが、ごめんなさい。違うの、何も無いの! 一ノ瀬さんとはたまたまうっかり気付いたら眠ってしまってて、音也くん、お願い誤解しないで、話を聞いて!」

 「何が!? 一体どういう事!? 2人きりでベッドの上でこんな時間に、一体トキヤと何してたんだよ!」

 「何もしてませんよ。」

 感情に任せて怒鳴る音也に、冷静なトキヤの一言が投げられた。
 トキヤはベッドから降り、興奮で拳を握りしめる音也の前にすっと立つと、その肩にぽん、と手を置いた。

 「隠すのが下手ですね。全く、アイドルたる身でありながら、君たちの仲、というものを自分からバラしてどうするんです。」

 「っ!」

 音也がトキヤを見る。
 トキヤは落ち着いた声で話し続けた。

 「私と彼女は何もありませんよ。たまたま、昨日夕食をご馳走になったんですよ。その後、この部屋にCDを取りに来て、うっかり話し込んでそのまま眠ってしまったんです。すみませんでした。友人とはいえ、彼女にお付き合いしている相手が居ると知っていたら、不用意に上がり込んだりはしなかったのですが・・・そこは私の落ち度です。彼女を責めないように。」

 「わざわざ寝室で話なんかするのかよ・・・?」

 低い声で音也がトキヤに問う。
 春歌は、血が引きそうな頭で2人を見ていた。

 「だから、この部屋あるCDを取りに来たんですよ。私がそれを聴きたいと言ったのでね。ちょっと話が盛り上がってたので座ってしまったんです。この部屋には、ベッド以外に座る場所がありませんから、それが致命的でした。私も仕事帰りだったので、布団の感触に眠気を誘われてしまった。そこは素直に謝りましょう。でも・・・。」

 強い目線で、トキヤは音也を見て告げた。

 「断じて、あなたが誤解しているような事は有りません。私も彼女も、ぐっすり眠っていただけです。大体、昨日彼女は間違えて多く作った夕飯を食べてほしいと言ってましたが、判りましたよ。音也の分だったのですね。大方、仕事の予定が狂って約束がご破綻になったのでしょう。私の方こそ、とんだ当て馬役という訳です。」

 肩を竦めて、茶化すような仕草を見せる。
 そして、音也に踵を返し

 「まぁ、今は何を言っても頭に血が上ってるでしょうから、私はおいとましますよ。七海くん、ご馳走様でした。音也、昨夜は本当に、彼女と私は何もやましい事はしてませんから、それだけは信じて下さい。では。」

 そう言って、さっさと部屋を出て行った。

 取り残された音也と春歌は、暫くお互い何を言っていいのか解らず、黙っていた。
 春歌の心臓は深く、響くような音をたてて春歌を焦らせていた。何を言えばいいのか、最良の答えを探して、鈍痛に悩む頭の中がぐるぐると回っている。

 「・・・確かめるよ。脱いで。」

 突然音也が口を開いた。

 「えっ・・・。」

 「本当にあいつに何もされてないのか、確認するんだ。脱いで。」

 俯いたまま、震える声で音也が言った。
 怒っているのか、泣きそうな顔をしているようにも見えて、春歌は動く事が出来なかった。

 そんな春歌をちらりと見て、音也は詰問するように言葉を連ねる。

 「脱げないの? なんで、どうして。何もなかったんなら、俺に何を確かめられたっていいはずだろ? 脱ぐんだ。今ここで、全部。 」

 「きゃ!」

 掴みかかって来た音也を避け切れず、春歌はよろめいた。
 顎を持ち上げられ、今にも怒鳴り付けそうな勢いで見る彼の目で射すくめられ、身が縮まる。

 「いいよ、脱げないなら、俺が脱がして、全部調べてあげるよ。」

 「そんな、イヤっ、音也くん信じてっ・・・!」

 ベッドに突き飛ばされ、破るかのように服を剥ぎ取られる。両腕を抑えつけられた春歌は、何もなかったの、信じて、本当なの。と繰り返し言うしか出来なかった。

 「何もなかったかどうかは、今から俺が判断するよ。」

 トキヤが居た時とは違い、春歌と2人になった音也の声は落ち着いていた。それが余計に春歌を怯えせた。本気で怒っているのが分かるが、彼のその怒りを鎮める術に見当がつかない。

 上半身をすべて裸にされた。
 春歌は、抵抗しても音也を更に怒らせるだけだと思い、大人しくなっていた。音也も理解し腕を解放してくれる。

 裸の胸を凝視され、春歌は恥ずかしさに耐えられず顔を横に背けた。
 ゆっくり、両脇から持ち上げるように2つの乳房を揉まれる。

 「ここ、触られてないよね?」

 こくこくと、春歌は首だけ上下に振る。

 「こんな風にされてない?」

 「ぁん!」

 きゅっと強めに先端を摘まれる。そのままクリクリと扱かれ、こんな状況なのに春歌の子宮口は軽く収縮した。

 「感じてるの・・・? 俺の指が気持ちイイから・・・? それとも、まさかあいつにこうされて、敏感になってるんじゃないよね。」

 「違う、ちがう・・・。」

 乳首を指で捏ねられ、春歌は体をビクビクさせながら潔白を訴える。そのうち音也は先端を舌で舐め、吸い始めた。チュッ!と、きつく吸引される。ふぅっ! と反応して春歌の声があがる。

 「あいつに、ここ舐めさせてないよね? 答えて。」

 「はぁん、ん、してない、そんな、あ、こと、してない、ああ、ああっ、あんあん。」

 春歌は返事をしながら、まどろみの中で頬に感じた感触を思い出した。
 
 あれは何だったのだろう。音也のキスだと思ったからには、唇の感触だったのだろうか。そう考え、途端その想いを打ち消す。何もなかったという潔白を証明する場面で、この想像は危険だ。

 「首に、跡は無いみたいだね・・・。でも。」

 音也はそう言い、下半身を覆う衣類も全部春歌から取り去った。
 間髪入れず、足を大きく開かせる。春歌は思わず、イヤっ! っと声を上げた。

 「何がイヤなの。まさか、ここにあいつのを入れたの。」

 音也がそう言いながら、春歌の肉襞を両指で拡げた。

 「違う、お願い、本当にそんな事してないです。」

 恐ろしさと羞恥で震える春歌にお構いなく、音也は指を入れて、探る様に出し入れする。壁を擦られて、春歌は涙声のまま甘く啼いた。
 
 「奥まで見せなよ。あいつの残りが無いかどうか、ちゃんと調べるんだから。」
 
 「いやぁ、もうやめてぇ・・・ごめんなさい、ごめんなさいっ。」

 「ここは何も無いみたいだね・・・じゃあ、こっちだ。」

 「えっ。」

 太腿の内側と外側を丹念に撫でてから、音也の指が更に後ろの窪みに伸びた。
 春歌は一瞬、体中の動きが止った。彼の指が、触られるべき場所でない穴に入る。

 「いやぁあああ!」

 「暴れないでよ。もっと深く入っちゃってもイイの? それとも、あいつにヤラせたのがバレると困るから抵抗してるの?」

 「違います! してないです! そんなとこダメ、触らないで、お願い抜いて、音也くんいやっいやぁっ! やめて、お願いです!」

 必死で逃げようにも、音也がしっかり抑え込んでいる体は全く進まない。春歌は、未知の感触に恐怖で涙が流れ出していた。

 「嫌がってる割に腰が揺れてるじゃん。ねえ、こっちはしたことないのに、指、すんなり入っちゃったよ。無理矢理すれば、何とかもう1本入りそうだね・・・トキヤに解してもらったの?」

 「ぐすっ・・・違います・・・違います・・・何もして、ません・・・許して・・・ごめんなさい・・・。」

 「・・・・・春歌・・・春歌は、俺のものだよね・・・?」

 まだそこから指を抜かないまま、音也が春歌の耳元で囁きかける。
 いつもの甘く、優しい声とは少し違う、詰問するような固い空気の囁き。言いながら、擦る様に指を動かし耳朶を舐める。言い得ぬ感覚に、春歌は震えながら返答する。

 「っ、お、音也くんの、モノです。春歌は、音也くんだけのモノ・・・許して、本当に、何もされてません・・・音也くんっ・・・。」

 「春歌。」

 音也がやっと指を抜いてくれた。春歌に覆い被さっていた体を起こし、膣口に自分のペニスを宛がった。
 
 「はぁんっ!あっ、ああああ―――っ。」

 「っ、狭いねっ・・・これじゃ、あいつは入って無さそう、かな・・・。それとも、してから時間が経ってるだけ・・・?」

 「あああ、してませ、あんっ、ん、信じて下さい、あんっ、信じてっ、あん、あん。」

 春歌の弁解など既に音也の耳には届いていなかった。

 「絶対、絶対許さないよ・・・俺以外の男にこんな事させたら、絶対許さないからねっ!!」

 「しません、音也くんしか、ああん、あんっ!」

 激しく穿たれながら返答する春歌の声も聞かず、音也は只管自分勝手に独白の如く続ける。

 「俺のモノだよ、春歌は、俺だけのモノだよ。絶対誰にも渡さない。俺の春歌。絶対、誰にも触らせたりするもんか・・・! 春歌、春歌。俺の春歌・・・!」

 どうしてこうなってしまったのだろう。
 春歌は泣きそうになりながら、音也をただ受け止めさせられていた。

 彼に抱かれるときは、幸せ以外の何かが有るなど考えられなかった。今まで、彼の想いを受け止める自身には、幸福感しか満ちていなかった。

 なのに、どうしてこんな事になってしまったのだろう。
 
 自分の喘ぎ声さえ現実感の無い情事の嵐の真ん中で、春歌は音也の苛立ちに満ちた精を腹と胸に撒き散らされ、呆然と漂っていた。

 

 


                    to be continued・・・・・
 

 

 

 

 

 

 
 

Little by little 3話

 

 第3話 
 
 

 「そうですか。」

 ダイニングテーブルで向かい合わせに座っていたトキヤが、カップを置き、ふぅ、と軽く息を吐いた。

 「申し訳ありません。私の不注意で、君を辛い目に合わせてしまいました。」

 「・・・・そんな、一ノ瀬さんは、何も悪くありません。私が最初に夕食にお誘いしたんです。だから、一ノ瀬さんが謝るなんて・・・、やめて下さい。」

 力無く、春歌が言う。

 春歌を自分の精で汚した音也は、その後、物も言わずに仕事に出掛けて行った。
 春歌はショックと後悔で呆然としていたが、音也は確かに泣いているような顔をしていた。部屋を出て行く彼の、泣きそうに歪んだ顔が頭にこびりついて離れない。

 大変な事をしでかしたと、春歌は自分を責めていた。
 
 謝ろうにも、音也は今日から又泊まりで地方ロケだ。昨日は、とうとう部屋に戻ってこなかったようだった。仕事だったのか、それとも、誰かの部屋にでも泊まったのか。だが、泊めてくれるような相手も同じ寮以外に居るとは考え辛い。

 春歌はすっかり落ち込んでいた。
 約束を守る為に水曜の夕方やってきたトキヤが、春歌の部屋の呼び鈴を鳴らすまで、丸1日以上部屋にうずくまっていた。

 何も出来なかった。する気になれなかった。自分が息をしているのが不思議だった。
 ただ泣き、疲れて眠り、起きてまた塞ぎ込んで泣く。数十時間ただそれだけを繰り返していた。

 呼び鈴も、聞こえてはいたが、それは耳に音が届いているだけで、最初はその音に反応を示す神経が働かなかった。

 トキヤは、一向に室内から返事が無い為、心配になってしつこく呼び鈴を鳴らし続けた。
 やっと玄関を開けた春歌の憔悴した様を見て驚いたトキヤが、お茶を淹れ、ヨーグルトに果物を少し混ぜたものを用意してくれた。

 「何か食べなくては。君、ずっと何も食べてないでしょう。作曲家でもアイドルでも、体が資本なのは変わりません。君だって依頼されている仕事が有る筈です。さ、食べるのも仕事ですよ。とにかく、ゆっくりでいいのでこれを。」

 声も無く涙をはらはらと零しながら、春歌は時間が掛ったが食事を終えた。
 その間トキヤは、何を言うでもなく同じダイニンテーブルについて、黙って窓の外を見ながら待っていてくれた。

 トキヤがお茶を温かいものに淹れ直してくれ、漸く春歌はぽつり、ぽつりと話し出した。

 音也とは、学園時代から付き合いだしていた事。喧嘩などもなく、今までずっと仲良くやって来た事。ここへきて突然忙しくなり、あの明け方の突然の訪問で、実に3週間ぶりくらいに会えた事。トキヤが帰った後、ひどく怒った音也が最後は何も言わずに出て行った事・・・・。

 勿論、音也がその時ベッドで何をしたのかなどは話さず、ただ、彼はひどく怒って自分を問い詰めたとだけ説明したが、そこまでトキヤに話して、春歌はさめざめと泣いた。

 泣きやもうとしても泣きやめない春歌を暫く見詰めていたトキヤが、立ち上がって春歌の傍に寄り、手を取った。

 「え・・・?」

 泣いたまま、春歌がきょとんとトキヤを見上げる。

 「こちらへ・・・・。」

 言われるまま、トキヤに導かれて、リビングのソファに座る。トキヤは、春歌を抱えるように座り、自分の胸に彼女の頭を寄せさせた。

 「一ノ瀬さん、あの。」

 「心配要りません。君が音也の彼女だって心得ていますよ。どうせ今日は泊まりのロケで帰って来ない。この前の二の舞はあり得ません。」

 そこで言葉を切り、少し真剣さを増した声で続きを言った。

 「・・・・友人として、泣いている君に胸を貸してあげたいと思ったんです。私のせいでもありますからね。」

 「え、でも。」

 春歌は戸惑う。
 そんな春歌に、心配無いという念押しか、トキヤは背中をぽんぽんと優しく叩く。

 「一人でいると、何でも悪い方に考えるものです。こういう時は、甘えておくべきだと思いますが? 思い切り泣いてしまった方がいい。気が済むまで泣いたら、私と一緒に、どうやって音也の誤解を完全に解くか考えましょう。音也も君も、私の数少ない友人ですからね。私が原因である以上、知らん顔は出来ません。」

 優しく自分を見るトキヤの瞳に、春歌は堰を切ったように涙が溢れ出た。
 トキヤが、春歌の背中に回した腕に少し力を込める。春歌はトキヤの胸に顔を押し付けて泣いた。

 広い胸。力強くて優しさのある腕。
 春歌は泣きながら、それを肌で、心で感じ取っていた。

 音也以外の男の胸のあたたかさなど、一生知る日が来ないと思っていた。音也以外の男の腕の中で安堵に似た物を覚えるなど、自分の人生で有り得ない筈だった。

 トキヤの気持ちが有り難ければ有り難いほど、自分が可哀想で、惨めになる気がしたが、涙はなかなか止まらなかった。

  
 どれくらいだったのか。
 しゃくりあげる春歌が徐々に落ち着き始めた。トキヤは持っていたハンカチで、涙に濡れた頬を拭ってやった。

 「すいません・・。」
 
 「謝る必要はありませんよ。私がそうしろと、君に言ったのです。謝る位なら、元気を出して約束を守って頂きたいですね。」

 春歌は一瞬きょとんとする。
 そして、あ・・・と思い出し、笑うように息を吐いた。
 
 まだ笑えない。そんな簡単には行かないが、笑おうと努力はしてみた結果だ。

 「ハッキリ言って。」

 そんな春歌を腕に抱きながら、トキヤが口を開いた。

 「こういう事は、なるようにしかなりません。私も共に誤解を解く努力はしますが、今、目の前に音也が居ない状態では悩んでいるだけ時間の無駄です。それより、気分を変えた方が賢いでしょう。さ、顔を洗って買い物に出ましょう。君も、あまり塞ぎ込んでいると本当に良くありません。」

 トキヤの言う事はもっともだと春歌は思った。
 だが、拒絶の意思を柔らかく示そうと、下を向く。約束はしたが、気持ちはそんな風に簡単に切り替えられない。

 「先程も言ったでしょう。体が資本です。心も体も繋がっています。沈み込んだ気持ちで素晴らしい曲が作れるとは、到底思えませんね。君、締め切りが有る筈ですが?」

 「・・・あ、はい・・2週間後に・・・。」

 「あと2週間しか無いのですよ。プロとして、如何なものかと。」

 
 トキヤの言葉は正論だ。

 「・・・・わかりました・・・。」

 力無く、支度をする為に春歌がトキヤから体を離す。
 その時、トキヤが春歌の腕をもう一度強く掴んだ。

 「・・・・・・・・・・・・・・? 一ノ瀬、さん・・・・・・・?」

 「・・・・・・・・もしも。」

 トキヤは、探るような目をして春歌を見据えた。
 
 「・・・・? 」

 「・・・・いえ、何でもありません・・・。」

 そして目だけを逸らし、壁を見詰めたまま、もう一度口を開いた。

 「あの男はせっかちですから、君と仲直りする気があるなら、今日のうちに電話してくるでしょう。だから・・・もし、今日電話がなかったら、また私の所へ泣きに来ても構いませんよ。」

 




Side:音也 

 



「はいお疲れ様! おやすみ!」

 「お疲れさまでした。おやすみなさい。」

 一通り挨拶を交わし、やっと今晩の寝床に辿り着いた時には、既に日付が変わる頃だった。

 突然決まった旅番組のレポーターの仕事。今をときめく売れっ子お笑いタレントの代役だった。
 ゴールデンタイムの特番に、大々的にメインでテレビに出るチャンスを失敗できない。笑顔で名物を頬張り、スタッフの指示通りに名所の説明をした。

 必死に作る笑顔の裏で、春歌の哀しそうな顔ばかり頭に浮かぶ。それを無理矢理かき消しながら仕事を消化した。
 
 あのトキヤが、無闇に女に手を出す筈がない。あれは冷静で、自分の夢の為にストイックに徹する常識人だ。春歌にしても、恋人の留守中にベッドを目的として、別の男を引っ張りこむような真似が出来る訳が無い。

 (そんな事は解ってるんだ・・・。)

 解っているのに、どうしても振り払えない想像が頭を掠めて、気がおかしくなりそうだ。
 信じているのに、いつも自分と愛し合ってるベッドの上で、トキヤとはしゃいでいた楽しそうな春歌の笑顔を思い出すと、どうしようもなく沈んだ色に心が塗り潰されていく。苛ついて、逃げ出したくなる。

 (謝らなくちゃ・・・春歌に嫌われたくない。別れたくない。だけど、俺以外のヤツとあの部屋に居るなんて許せない。でも、でも・・・春歌と別れるなんて、考えられない・・・。)

 春歌の、控えめで一生懸命な姿が、優しさが好きだ。自分だけに向ける笑顔。自分だけが知っている淫靡な痴態。愛しくて大切で、失うなどは自分の人生が終わる気さえする。
 
 こんなに好きなのに、あんな酷い行いをした自分を、彼女は許してくれるだろうか。しかしそもそも、自分の仕事中に他の男と・・・。だがそれは、自分が仕事とはいえ約束を反故にしたからで・・・しかしそれでも。
 
 ぐちゃぐちゃと、沸いては消え染みながら増殖していく不安と絶望と怒り。永遠に続きそうなこの負の感情の断ち切り方が解らない。

 元々客の少な目の日を狙っての撮影で部屋が空いているのか、ピンチヒッターなので気遣ってくれたのか。何にせよ新人の扱いにしては良くして貰え、音也は広めの部屋に1人で寝るよう配慮して貰えた。

 「春歌・・・電話、出てくれるか・・・?」

 迷いに迷って、春歌の番号を表示する。

 メールでは、謝る気持ちが伝わらないと思った。本当だったら顔を見て話すべきなのは当然分かっていたが、物理的に無理だ。だから、時間を空けない方を取った。時間が経てば、それこそまたトキヤがやってきて春歌を攫っていくかもしれない。

 そんなワケない―――――頭で打ち消す一方で、消す傍から這い上がる不安。
 今までこんな事は無かった。仕事で会えない日が続いても、気持ちが行き違う事などなかった。しかし思えば、こんなに長く会えなかったのは初めてだ。それがお互いを揺らしているのかもしれない。

 そう思うと、やはり手段はどうあれ、とにかく早い意思表示を示すのが大事だと決意した。

 ボタンを押そうとする指が、息が止まりそうに強張る。
 携帯電話を持つ手が僅かに震え、もう片方の手でそれを守る様に抑える。トキヤと春歌の笑顔が脳裏に浮かび、窓の外に見える暗闇に呑まれそうになりながら、音也は崩れ落ちそうな体を必死に支えていた。



 

 朝になり、春歌はのろのろとベッドから起き上がった。
 トキヤの言葉が、起きるなり思い出される。

 「もし今日、電話が来なかったら、また私の所に泣きにきても構いませんよ。」

 片時も離さず待ち続けていたが、電話機本体からは、とうとう1秒も着信の音楽は流れなかった。

 春歌は、日付が変わってからも、単に忙しかったのだ。だから夜中でも、例えメールでも連絡はあるはず。そんな祈るような気持ちで音也からの連絡を待ち続け、明け方に疲れて眠った。

 いつも、音也の仕事中は極力電話は勿論、メールもしないように心がけていた。
 邪魔になってはいけないという気持ちからだが、それがクセになっていた。だから春歌は傍と、自分から連絡をすればいいという事に今になって気がついた。

 時計を見る。
 ロケは始まっているだろう。旅番組では朝食もリポートするから、今は丁度撮影中かもしれないと思い、メールを打つことにした。

 アドレスから音也の名前を呼び出し、メールを打つ。
 
 『おはようございます。お仕事中にごめんなさい。一ノ瀬さんとの事、誤解させてしまってすいませんでした。音也くんに許してもらえるかどうか分かりませんが、仕事のキリがついたら、会える日を教えて下さい。お願いします。』

 送信ボタンを押して、昨夜と同じように片時も携帯を離さずにいたが、音也からの返信が無いまま日付は変わった。

 「・・・・・・・・・・・・・音也、くん・・・・。」

 音也はそんなに怒っているのだろうか。
 自分は、そんなにも許されない大罪を犯したのだろうか。
 
 あまりにも大きな喪失感と諦めに似た気持ちで、春歌はピアノに向かい、獲り憑かれたように作曲を始めた。
 仕事は仕上げなければいけない。今動かせる全神経をそれだけに集中させ、春歌は音を組合せていった。

 
 胸に穴が空いているから、こんなにも余分な事を考えずに仕事がこなせるのだろうという勢いで、春歌は昼頃にはノルマを仕上げ、取引先へデータを送信した。

 これで、相手先から手直しの連絡があればそれまでは、なければ、次の仕事は大分先がある物だった為、1週間くらいは自由だ。

 そう思った途端、涙が流れる。
 あんな事が無ければ、仕事のキリがついた今、となりの部屋を片付けながら、食事の準備をして彼の帰りを待っていだろう。そうじゃない今が、哀しかった。

 仕事を終えてホッとしたのか、春歌はいつの間にか机に突っ伏したまま寝入ってしまい、携帯電話の着信音で目を覚ました。
 寝ぼけながらも、もしや音也からかと、傍らにおいてあったそれを手に取る。メールの着信音が鳴り止み、着信を知らせるランプが光っていた。

 春歌は、恐る恐る画面を開いた。
 
 「一ノ瀬さん・・・・?」

 落胆と、そして少しの安堵でメール本文を読み終えると、トキヤに短い返信をし、春歌は頭を振って台所に立った。

 
 冷蔵庫にあった挽肉と豆腐を取り出し、玉ねぎを無心に刻む。
 刻みながら、悲しくない涙が出たのはいつ振りだろうと思った。

 結局あの日は、買い物へは出かけたもののそれだけで終わった。あまりに長いこと泣いていて時間が無くなったのも当然あるが、トキヤが気遣ってくれたのが大きかった。

 「外へ出られたんです。合格でしょう。今、これ以上の無理はいけませんしね。」

 特別笑顔でもないのに、トキヤの言葉からは、彼の優しい気持ちが溢れている気がした。
 
 トキヤなり最大限の優しさで傍に居てくれた彼には感謝していた。

 誰も傍に居てくれなかったら、混乱のあまり何をしていたか判らない。
 或いは、誰にも見つからず何日も食事もせずに、倒れて事務所に迷惑を掛けたかも知れない。それを思うと春歌は、一方で原因だったとしても、トキヤの行動が有難かった。

 出来上がったハンバーグを適当に冷ましている間に、春歌はゆっくりとお風呂に入った。

 髪を洗い、同じ生活を日々紡ぐ大事さを思い知る。人はきっと、転がり落ちようと思えばどこまでも際限なく、本来毎日しなければならない事を放り出せるのだろう。

 湯に浸かりながら、数日間の自分を思い返して感じた事だった。

 髪を乾かしながら、だからトキヤは、あんなにストイックに規則正しい生活を送っているのだろうかと考える。だとしたら、彼は人が、その規則正しさを外れた時にどこまで転がるか知っているからそうしているのだろうか。

 どうでもいいような事を想いながら、春歌は髪を乾かし続けた。
 そうしないと、音也から連絡を貰えない事実が胸を締め付けて、息が止まってしまいそうだったからだ。

 クローゼットを開けて、色目の柔らかな服をわざわざ選んだ。こんな時こそ、折角優しくしてくれるトキヤに報いねばならない。責任感で自分の気持ちを持ち上げる。

 あらかた覚めたハンバーグを小分けに包み、春歌はトキヤの部屋を訪ねた。

 

 
 「君は本当に律義ですね。君のそういう所、私はとても好きなんですよ。」

 ソファに座り、お茶を勧めながら隣に腰を下ろしたそうトキヤに言われて、春歌は一瞬ドキっとして俯いてしまった。
 好き だなどと整った顔のトキヤに言われて、そうならない女はいないだろうと必死に冷静さを取り戻そうとする。

 「あ、あの、これ、もう冷めてるので、冷凍庫に入れておいて下さい。」

 誉められて春歌は照れた。

 「ああ、本当にすいません。有り難く頂きますよ。」

 そう言って台所に行ったトキヤは、戻って来た時にケーキの載った皿を手にしていた。

 「これを仕事先で頂いたんですが、私は食べませんので、君にと思って・・・。人気のお店のものらしいです。」

 先程のメールは、美味しいおやつを貰ったので、良かったら部屋に来ないかという誘いだった。
 春歌は、トキヤの気遣いが嬉しく、約束を思い出して奮起して料理をし、トキヤの部屋にやって来たのだった。

 「・・・一ノ瀬さん、本当にありがとうございます。」

 「何を言ってるんです。先にハンバーグを作って貰ったのは私ですよ。これは、ささやかなお礼です。ああ、これをお礼と言っては失礼ですかね。君が今日作って来てくれるとは思っていませんでしたし、何より、人に頂いた物を君にお出ししているのですから。」

 隣同士で、微妙な距離を空けて同じソファに座りながら、2人は顔を見合わせて会話をしていた。
 
 「いえ、そんな、嬉しいです。あの・・・。一ノ瀬さんは、私の事、気遣ってくれてるんですよね。音也くんとの原因が、自分だと思って・・・本当にごめんなさい・・・でも、こうやって優しくしてくれて、嬉しいです。有難う御座います。」

 「優しい・・・?」

 トキヤの目がすっと細まった。
 だが、すぐにいつもの微笑に戻る。

 「別に、優しくなどありませんよ。同じ事務所の君が仕事をきちんとしなかったせいで、我々まで信用をなくしては堪りませんからね。」

 「ふふっ。」

 「なんですか。」

 春歌の笑いを、意外な反応だという顔をする。

 「だって、一ノ瀬さんは本当に優しいです。そうやって意地悪みたいな事を言ってても、本当は相手の為に言ってるって、解ってます。」

 トキヤは恥ずかしいのか、目を逸らして黙った。
 
 照れているトキヤなどあまり見れるものではない。春歌は、他の友人があまり目にしてないだろう彼の珍しい表情を見られた事が嬉しく、ほんのり頬を染めたトキヤに駄目押し宜しく、甘えた声で感謝の言葉を口にする。
 
 「落ち込んでた私を、気にしてくれてたんですよね。じゃなきゃ、甘いものを食べない一ノ瀬さんが、職場で出されたケーキを持ち帰ってきたりしないと思います。嬉しいです。頂きますね。」

 そう言って、春歌は用意して貰ったデザートスプーンでケーキを一口すくった。
 
 「おいしい! ここのケーキって、普通のケーキ屋さんの倍の大きさだから、すごい量なんですよ。こんなに大きいんですから、一ノ瀬さんも食べて下さいね。」

 「いえ、私はいりません。」

 キッパリと言い切るトキヤに、春歌は距離を詰めて座り直すと、

 「ダメです、はい、あーんです!」

 強い調子で、トキヤの口元にケーキの載ったスプーンを突き付けた。

 普段の春歌なら、こんな事は絶対に出来ない。
 春歌も、自分で自分に驚いていた。

 生き物としての防衛本能で、辛さを無理矢理吹き飛ばそうとしているのか、連絡が無くて絶望近くまで沈んだ心に染み入る気遣いが嬉しかったのか。何にせよ、少しばかり判断力の鈍った頭が、春歌をいつもはしない行動に走らせている。

 トキヤは、一瞬の出来事に面食らったような顔をしたが、観念したのか口を開き、春歌はそれに満足そうにほほ笑むと、

 「はい! どうぞ!」

 と言って、トキヤの口にケーキを運んだ。

 「ね、美味しいでしょ?」

 「・・・・そうですね。」

 ニコニコと、無邪気な笑顔で自分を見る春歌に、トキヤの瞳が揺れた。
 甘味をゆっくりと飲み込んで、トキヤは朴訥とした口調で質問をした。

 「・・・・・音也とも、こんな風にケーキを食べたりするのですか・・・?」

 「え?」

 春歌は、思いもしないトキヤの突然の台詞に、思わず手を止めた。
 音也の名前を出された途端、今ひととき楽しい気持ちになっていた自分が、音も無く消えて行くような気がした。

 (何してるんだろう、私。音也くんとこんな事になってるのに、別の人と一緒に居て楽しくなってるなんて・・・)

 然して悪い事もしてないのに、妙に反省しなければいけないような、後ろめたい気がするのは何故だろう。春歌がぼんやり想いを巡らせていた時、トキヤが春歌の手からスプーンを取り上げた。

 その意味が解らずそのままトキヤの手を見ていた春歌の目前に、今度はトキヤがケーキを載せたスプーンを翳した。

 「君がああした次は、音也がこうやって、君に食べさせたりしているのですか?」

 「・・・・・。」

 心臓がどくどくと音を立てる。
 春歌は急に周りの音が聞こえなくなった。
 
 友達として、和やかに楽しく一緒に過ごしていた人物が、急に顔を変えて違う世界を用意して、そこへ自分が座られている。そんな奇妙な感覚が全身を包む。

 どうして彼は真顔なのか。どうして彼の手にあるスプーンに載ったケーキを食べる事が、こんなにも毒を受け取る儀式に思えるのか。
 
 そして、自分の方がこの状況を変化させる舵を握っていると判るのに、今のこの状況にばっさりと幕を降ろせない。

 金縛りにあったように、トキヤに見つめられて動けない。

 「口を開けて下さい・・・。」
 
 言われるまま、口を開ける。ケーキが押し込まれ、租借する。ゆっくりと噛んだのは事実だが、それは数十時間にも思われた。

 2,3度春歌の顎が動いたのを見ていたトキヤは、やおらスプーンを置いて、皿の上のケーキ上部のクリームを指で掬った。
 
 「今の、クリームの少ない部分でしたから・・・。」

 時が止まった部屋の中で、春歌は差し出されるまま、クリームのついたトキヤの人差し指に舌をつけた。

 「そのまま、舐めて・・・。」

 見つめ合ったまま、お互いがお互いの顔を見て酔った顔をしたまま、春歌は舌を軽く付け、そのまま口にトキヤの指先を含んだ。

 トキヤの吐息が甘い熱を孕み、春歌の頭に益々血が上る。
 心臓が競り上がる。息が苦しい。

 自身何をしているのか深く考えられず、なぞるように、トキヤの指に吸うように舌を這わせる。

 「次は、君が・・・。」

 自分の指を春歌の口の中にいれたまま、もう一方の手で春歌の手を取り、テーブルに乗ったケーキ皿まで導く。そして、クリームを掬うように促した。
 魔法にかかったように、春歌はクリームを人差し指で掬い取る。
 その間もずっとその手を握っていたトキヤが、クリームが落ちないようにゆっくりと、春歌の手を自分の口元へ近付けた。

 「あ・・・。」

 指先をペロリと舐められて、春歌は目眩がした。人差し指、中指、クリームの付いてない指も順に口に含まれ、腰がぞくぞくと戦慄いた。
 
 トキヤは、自分は春歌の指を口から離さず舐めしゃぶりながら、春歌の口からは自分の指を抜き取ると、またケーキを少し摘んで、春歌の口に指を戻す。それを何度か繰り返した。
 
 ちゅっという吸引音と、柔らかい甘味を租借する音、口中でうねる唾液の音だけが支配する切り取られた2人の世界で、皿のケーキはなくなり、2人の指からケーキの残骸もすっかり消えた。

 しかし、消えてしまったケーキなど、最初からそこに無かったかのようだった。
 
 2人はお互い熱い頬と吐息で、舌を這わせた相手の指を、離せずに居た。言葉も無く、うっとりと指先を舐め合いながら、過ぎる時間の狭間に漂っていた。

 





 

 


 

 

 

Little by little 4話

 


第4話


ベッドで寝返りを打つ。

 「眠れない・・・。」

 春歌は呟いて、布団に潜り込む。頭まですっぽり掛け布団を被せ、体を丸める。何をしていても、さっきのトキヤとの事を思い出してしまう。
 
 2人して見つめあって、互いの指を口に含み舌で愛撫しあったあの時間が、春歌の頭と心を占めていた。

 
 あの時、自分は完全にその他一切を忘れ、トキヤとの行為に没頭していた。
 ケーキの皿が空になってもそのまま長い時間を過ごし、最後、名残惜しげに優しく指先にキスを落としたトキヤが、

 「すみません・・・君を困らせるつもりはないのです・・・。私は、どうかしているんです。君が泣いているのが、可哀想で堪らなくて・・・。私なら、例え同じように忙しくても、こんな風に君を泣かせたりなど・・・」

 切な気に目を伏せながらそう言い、春歌はいたたまれなくなり、逃げるようにトキヤの部屋を後にした。

 動悸が収まらず、唇に残るトキヤの指の感触ばかりが神経に滲み出て来る。
 音也にキスをされた時に似た、蕩けるような感触を覚えた自分を嫌悪しながら、しかしてトキヤの存在に妙に体の芯が熱くなる。

 (違う。違う。コレは、音也くんとあんなコトがあって、寂しいから。だから、一ノ瀬さんの事を好きとか、そんなんじゃなくて、私が、音也くん以外の男の人に慣れてないから・・・だから・・・だからあんなコトされて、ドキドキしてるだけ・・・。)

 必死に思い込もうとする一方で、それを、虚しいと冷めた目で見る自分も居る。
 自分の指を口に遣り、先程トキヤのそれにした愛撫を思い出して舌を動かす。体がかっと熱くなる。トキヤの優しい声を思い出す。
 
 あれは、愛の告白なのだろうか。それとも、友達として・・・。いや、あれが友達としての台詞なら、彼は相当イカレた頭の持ち主だ。春歌は、あのトキヤが自分を女として好きでいてくれてると確信した。 

 「一ノ瀬さん・・・。」

 小声で、何度かトキヤの名を呟き、春歌はそのうち眠ってしまった。

 


 数日、何もなく過ぎた。
 何も無く過ぎたという事は、要は音也からもトキヤからも連絡が無かったという事で、現状維持で時間が進んだだけだと言う事だ。

 春歌は、あれから全く一度も音也からの連絡が無い事に、深い落胆を覚えていた。
 メールは、日を違えて3回した。電話はかけたかったが、スケジュールが全く判らない以上、万が一大事な打ち合わせの最中だったりしたら困ると思い、メールだけにしていた。
 
 音也はあれ以来、一度も部屋に戻ってきていないようで、夜も、結局電話をかけるタイミングを図りあぐねてここまできてしまったのだ。
 
 音也が自分からのメールに返事をくれなかったなど、初めてだ。彼はそれほどまでに怒っているのか。それとも、もうそんな心境すら通り越して、自分は捨てられたのではないのか。
 仰向けにされた無防備な腹部に、じわじわと重すぎる鉛を乗せられるかのように拡がるとてつもない不安が、春歌のここ数日の胸中を占めていた。

 そして、その不安から気持ちを引き上げるのは、あの日のトキヤとの秘密めいた時間の記憶だった。

 しかし、それはいけない気持ちに通じていると頭を振り、頬を叩き、自分を叱責する。

 自分は音也とうまくいってない時に丁度トキヤにあんな告白をされ、気が動転しているだけだ。自分にとって大事なのは、音也の誤解を解き、ずっと一緒に、愛していると小さな約束を交わした音也とこれから先も一緒に居る。それが大事なのだ。誘惑に負けてはならない。



 まだ、朝と言えるような時間。寝室のベッドに腰掛け、春歌は手にした携帯電話を見つめていた。色々考えては迷い、とうとう、社員が出社したばかりであろう事務所へ連絡をした。
 
 音也からの連絡は無く、自分のメールには返事を貰えない。

 春歌は、曲が出来たので練習用にスタジオを押さえたいが、音也のスケジュールが判らず予約の取りようがない。メールに返事が無いので、希望日を確保する為直接会って話をしたいので、彼の今日の予定を知りたいと、電話口に出た社員に尋ねた。

 「彼は・・・あれ? 寮に戻ってないかな? 確かに仕事は詰まってるけど・・・毎日夜は帰れる時間に終わってるから、会えると思うけど。」

 「あ、あの、すいません、帰ってるとは思うんですけど、あの、私、夜は早く寝るタイプで中々会えないので、それに、曲作りのインスピレーションもほしいので、見学がてら現場までたまには行きたいなと思って・・・。」

 心臓がばくばくと音を立てる。
 悪いことはしていない。悪い嘘はついていない。何とか予定を聞き出したいだけなのがバレないように、必死で平静さを装った。

 「そう・・・。」

 不振がられてないようで、春歌はほっとする。

 「えっと、音也くんは今日は、っと・・・。」

 ガサガサと、書類を動かすような物音がするので、どうやらスケジュールの詳細を確認してくれているようだと期待する。


 「はい、今日は今、CMの撮影中ですか。その後、18時からM局のミュージックJの収録・・・はい、え・・・・そう、ですか・・・。ホテルでインタビュー・・・。はい、はい・・・そのままその部屋に泊まるんですね。はい、大帝国ホテル、はい、2030号室ですか、はい。インタビューは夜11時終了予定・・・遅いから泊まるんですか・・・? ああ、そうゆう事ですか。はい、わかりました。ありがとうございます。」

 春歌は、間違えないように復唱する。メモを取りながら必死だった。
 今日、2人の仲がこじれた問題の解決を見られるかもしれないのだ。

 電話口の社員は、今日のM局での収録の見学許可を取っておく事と、収録後すぐにインタビューの仕事が入っている為、もしかしたらホテルまで押しかけないと、話をする時間はないかもしれないと教えてくれた。

 「判りました。収録後に声を掛けられなかったら、インタビューが終わる頃にホテルの部屋を訪ねてみます。どうもすいませんでした。」

 夕方になり、春歌は部屋を出た。
 やっと会える。顔を見て、もう1度謝って、そしたら仲直りが出来るに違いない。走り出したい気持ちを必死で抑え、春歌は急ぎ足でM局へ向かった。


 スタジオの中は独特の熱気が渦巻いていた。
 新人もベテランも、最近では珍しい、音楽系の人気テレビ番組でいかに自分をアピール出来るか、それに賭けている。

 春歌は受付で社員証を見せ、許可を取ってくれた事務所担当者の名前を告げ、関係者がちらほら佇んでいる隅へ通された。

 (音也くん・・・・・。)

 音也が、係りの男性と何やら打ち合わせをしているのを見つけた。涙が出そうになる。久しぶりに見た好きな男は、真剣な顔で立ち位置や間合いを吟味していた。

 もしも姿を見つけられたら、避けられるかもしれない。
 それを懸念し、たまたま傍にいた大柄な男性を盾に、隠れるように様子を伺っていた。

 収録が終わった途端、音也はマネージャーに連れられ、一目散にスタジオから出て行ってしまった。
 音也は仕事に夢中で、春歌が見学に来ていることは気付いていないようだった。避けられているのではなく、インタビューの開始時間が迫っているから慌てて出たのだろうと容易に見当がつき、気持ちが楽だった。

 大帝国ホテルはスタジオから大して遠くなかったので、歩いて向かった。
 どうせすぐにはインタビューは終わらない。春歌は途中でデパートのウインドウを覗いたりしつつ寄り道をしながらホテルに着いた。ロビーが見渡せるカフェコーナーでサンドイッチを注文し、行き交う人を眺めながらゆっくり軽い食事を取った。

 顔を見たら第一に何を言おう。
 どんな言葉を掛けたら、彼は拒絶せず、話を聞いてくれるだろうか。

 考えを巡らせながら、何処を見るともなしに頬杖をついていた時だった。

 「隣に座ってもよろしいですか?」

 「えっ・・・。」

 聞き覚えのある声に驚いて顔を上げる。
 眼鏡をかけ、薄い素材のストールを口許まで巻いて少し変装していたが、トキヤが笑顔で椅子に腰掛けるところだった。

 「えっ、一ノ瀬さん、どうして・・・。」

 「昼からずっと、今度のドラマのロケで、ここの宴会場を使わせて頂いたんです。撮影は夕方終わったんですが、あまりに疲れたので、取ってあった部屋で仮眠していたんですよ。帰ろうとしたら君の姿が見えたものですから。このホテル、結構インタビューに使われるんですよ。調度品の趣味がいいので、小道具を別に用意しなくて済みますし。」

 先ほど、事務所の社員に説明されたのと同じ理由を並べ、トキヤは注文を取りに来たウエイトレスにコーヒーを注文した。

 「音也も、今丁度インタビューの最中でしょう。A出版が出してるアイドル雑誌が、彼のちょっとした特集を組むらしい。」

 春歌は、知ってます、とも言えず、曖昧にニッコリと笑う。

 「音也の仕事が終わるのを待って、部屋を訪ねるつもりですか?」

 「・・・はい。」

 春歌は俯く。

 「・・・メール、してるのに、全然返事がないんです。忙しいからと思って電話は掛けないでいるんですが、でも、何通もメールして返事が無いなんて、もう、直接会うしかないって思って。押しかけたりして、迷惑だって判ってます。でも、やっぱり、ちゃんともう一度話を聞いてほしくて・・・。だから、仕事が終わってからなら。って・・・。だけど、インターフォンを押しても、私だって判ったら、ドアを開けてくれるのかなって。一番最初になんて言おうって、考えても、なかなかどうしていいか・・・。」

 俯いたまま、胸の内をトキヤに明かす。
 黙っていようかとチラリと思ったが、一言発したら、結局何もかも話してしまった。

 自分はなんて酷い真似をしているのかと思う。自分を好きだと思ってくれている男に、他の男と仲直りしたいと訴えているのだ。そしてそれを、肯定してほしいと思っている。何と身勝手で、思い上がった傲慢さだ。トキヤの、男としての好意に甘えている自分が浅ましくて、嫌悪する。

 「そんなことですか。簡単ですよ。私が呼び出しましょう。」

 「えっ。」

 トキヤの言葉に、驚いて顔を上げた。

 「さっき言ったでしょう、撮影していたと。今度私が出るドラマ、少しですが彼も出演するんですよ。その撮影を明日、朝するんです。だから多分、このままここに泊まるはずです。」
 
 事務所の社員の言葉を思い出す。
 翌朝にそのホテルで撮影があるから、そのまま泊まるのだと言っていた。トキヤと同じ作品だとは知らなかったが、トキヤはその撮影には出ないのだろうか。

 「一ノ瀬さんは、朝の撮影は出ないのですか?」

 「ええ、私はそのシーンには全く関係がありませんのでね。人気が出てきたんで、事務所が脚本家に無理を言ってワンシーン作って貰ったらしいですよ。」

 「そうですか・・・。」

 人気が出てきた。
 喜ぶべきその事実に、寂しさを覚える自分がイヤだと、春歌は思った。


 「音也も、この前あんな事があったとはいえ、仕事の話だと部屋を訪ねた私に顔も出さない。などという拒絶の仕方はしないでしょうからね。ドアの外に半身出させれば、引き摺り出すのは苦ではありませんし、チェーンさえ外してくれれば、君一人を彼の部屋に押し込むなど造作もない。」

 「で、でも・・・。」

 口を挟もうとする春歌を、トキヤは目配せで制した。
 
 「勘違いしないでほしいのですが。私は、音也の誤解を解く為に最大限努力すると言った筈です。君に私自身の気持ちを知られても、そこを簡単に撤回する訳ではありません。出来る範囲の協力はします。その上で、音也が君を切り離すと言うのであれば、フェアになったその時こそ、改めて君にお付き合いを申し込みたい。」

 音也が君を切り離す。
 
 そのトキヤの台詞が、胸を抉った気がした。
 怖くて堪らない。想像したくない。あの優しい音也に決定的な別れを告げられるなど、身震いがする。

 ウエイトレスが、22時を回ったのでラストオーダーだと告げに来た為、春歌はトキヤを見た。トキヤは、
 
 「とりあえず、そのジュースをちゃんと飲んでから、上へ行きましょうか。」

 飲みかけのグラスを指してそう言った。
 その後、2人は席を立った。
 
 トキヤが、自分が支払いをするから先にエレベータへ行くように春歌を促した。春歌は言われた通りに、エレベーターの前で待った。

 エレベーターに乗り込んでも、春歌はこれから音也に逢って開口一番何をどう言うか、それしか考えられず、無言だった。開いた扉に引かれるように降り、トキヤに着いて進む。

 2つ目のドアの前で、トキヤが立ち止まった。

 春歌は、当然今自分が立っているこの廊下の隅で、音也の仕事が終わるのを待つのだと思ったのだが、すぐ目の前の部屋のドアにトキヤがカードキーを差し込んだのを見て、思わず声を掛けた。

 「えっ? あの、一ノ瀬さん、あの、この部屋ってインタビューしてる部屋・・・じゃないですよね・・?」

 「違いますよ。」

 普段通りの口調で答えるトキヤに、春歌はもう一度質問する。

 「あの、なんで。」

 「インタビューを受けているのはこの隣の部屋です。君、もしかしてずっと廊下で待ってるつもりだったんですか? 撮影アシスタントが、用事で部屋の外に出て来るかも知れないのに、そんな事をしてたら変に思われるでしょう。」

 トキヤが、廊下最奥のドアを指差した。フロアに客室は3室だった。
 すぐ傍に音也が居る。それだけで、春歌の胸は高なった。

 「で、でも・・・。」

 「最悪、ストーカーなファンだと勘違いされて、音也に声を掛ける前に、スタッフに追い返されますよ。」

 「それはそうかもしれませんが・・・。」

 だが、これではこの前と同じ結果になってしまうのではないか。

 例え音也を待つためであっても、ホテルの部屋に2人で居たなど、また誤解されるだけではないのか。
 
 そう言いたいのに言葉が出ない。親切でしてくれているのに、まるで拒否するような台詞を本人を前にして口に出来ない。
 トキヤの言う事も、もっともなのだ。人気アイドルがインタビューを受けているホテルの部屋の前で所在無げに1人佇む若い女など、ストーカー的ファンに勘違いされてもおかしくない。

 「さっき、仮眠を取っていたと言ったでしょう。この部屋なんですよ。チェックアウトする前に君に逢いましたからね、まだキーは持ったままだったんです。」

 疑問の1つに納得した。
 だが今は、それはどうでもいい類の疑問解決だった。

 「でも、このまま部屋に入ってしまったら、音也くんのお仕事がいつ終わったか、解らないんじゃ・・・。」

 部屋のドアを少し開けた状態を右の前腕で保ち、トキヤは春歌が部屋に入るのを待っている。
 そのトキヤの体の向こうに見える、音也が居る部屋のドア付近を見詰め、春歌は足を進めずに居た。

 ホテルの客室のドアは通常内開きだ。ここも例に洩れない。
 ふと横を見れば、そのまま吸い込まれそうな知らない部屋が覗いている。非日常の空間。そこへ入ったら、自分はまたトキヤと指を絡め合って、今度こそ音也の元へは戻れないかもしれない。

 
 そこに踏み出す勇気は無い。
 そもそも、多分望んでいない。音也と連絡がつかないことで傷ついているのは確かだが、しかしだからといって今、トキヤの気持ちに応える心持では無い。

 何とかして、部屋に入らなくて済む上手い口実を見つけたかった。だが、トキヤは春歌の焦りや不安に気付いてないのか、微笑すらしながら、淡々と春歌を諭す。

 「終了予定は11時ではなかったですかね。まだ30分近くあるはずです。その間、この廊下に立ちっぱなしと言うのは・・・ね?」

 そう。
 彼はさっき、疲れていたから仮眠を取ったと言っていた。そんな彼を長い時間立たせておくわけにはいかない。春歌は思う。

 だがしかし。そう思った時、賑やかな話し声と共に隣の部屋のドアから灯りが洩れた。

 「!!」

 一瞬。

 春歌が、音也の姿を認識したとほぼ同時の、たった一瞬だった。

 恐らくインタビュアーだと思われる中年男性が廊下へ出てきて、それに連れ立って笑顔でお礼を述べる音也が並んだ。それと、咄嗟に自分を抱き締めたトキヤに部屋に連れ込まれたのは、多分殆ど同時だった。

 そしてその時、春歌は音也と目が合ったのだ。自分を抱え込んだトキヤの体越しに。
 瞬間、凍りついたような顔で固まっていく音也の姿が、自分を日常と隔てる重い扉が閉まる迄の僅かな時間の映像が、まるでスローモーションのようだった。
 
 

 

 

 

 

Little by little 5話

 

 第5話
 

  
 春歌は、声が出なかった。
 トキヤに抱え込まれて雪崩れ込んだ客室のドアの傍で、バランスを崩して倒れ込んでいた春歌の唇を、トキヤが塞いでいたからだった。

 ほとんど横になっているのに近い状態で、トキヤの熱が春歌の口内を襲い続けている。
 あの日、ケーキまみれで絡めた舌など比べ物にならない程の、発狂した高熱。確実に追いつめられる者の顔で、春歌はトキヤに舌で、唇で、蹂躙されていた。

 それはかなり長い時間で、春歌はすっかり息が上がってしまう程だった。

 部屋を訪れる者は誰もいない。
 春歌は、今確かに自分とトキヤがこの部屋に入るのをその目で認識したにも関わらず、踏み込んでくれない音也に対し、悲しさで涙がぼろぼろと溢れ出るのを止められない。

 重なった唇に涙が入り込み、トキヤが、次々に頬に伝い落ちてくるそれにキスをする。

 「・・・泣かないで下さい・・・君を、離したくなかった・・・。音也の元へは、もう行かせたくなかった・・・!」

 腕に力を込め、トキヤは、激情をやっと堰き止めているのだといわんばかりの声音で言葉を紡ぐ。

 「あんな事を言っておきながら・・・・・でも、でももうこれ以上、私は堪えられそうにない・・・。」

 春歌はただ泣く。
 何を言っていいのか判らない。
 悲しさと、トキヤがこんなにも自分を愛してくれているという嬉しい気持ち。
 戸惑い。
 そして、その戸惑いの上にあぐらをかく、自分を好きでいてくれる男に甘えている優越感にも似た高慢。そこに共存する嫌悪。

 何もかもが言葉にし難く、春歌はただ黙って泣いていた。それすらズルいと認識しながら、そうするしかない春歌の髪を、トキヤがそっと優しく撫でる。

 「来ないではないですか・・・音也は・・・。私だって、仕事をしてるから判ります。カメランマンだっています。スタッフ全員に挨拶をして、帰ったのを確認しないうちから、私用に移れない。でも、私が君と今こんな状態でも、彼は来ないんですよ。」

 トキヤにこれ以上話し続けられるのが怖くて、春歌は耳を塞ぐ。
 
 「いやです・・・やめて下さい・・・。もう言わないで・・・。」

 「なぜ? 事実です。彼は、君を迎えに来る気がないのですよ。そんな男に、どうして君を返してあげられるんですか。」

 君を迎えに来る気がない。

 トキヤのその言葉が、春歌の全思考を止めた。

 トキヤの言う通りだ。
 世間の誰がこの状態で、相手の男が別れる気が無いなどと言い切れるのか。自分自身、ずっと感じていた悪い予感だったではないか。春歌は、とうとう突きつけられた現実に打ちひしがれていた。

 「音也くん・・・・。」

 春歌は呆然と、天井を見上げた。
 
 壁を隔てた隣の部屋に居るはずなのに。トキヤに抱えられてここにいる自分を彼は知っているのに。なのに、彼は来ない。それはつまり音也にとって、今この部屋で春歌がトキヤと何をしようと、関知しないと言う事に他ならない。

 ガラガラと崩れ落ちる自分の内側がやけに静かだと、春歌は思っていた。
 静かで、確実な崩落。

 「・・・帰ります・・・。」

 「え?」

 突然の春歌の言葉に、トキヤがきょとんとした。

 「・・・私、帰ります・・・音也くんには、会えないから・・・。」

 「・・・・・・・・・・・。」

 涙が止まり、虚ろな目をした春歌をじっと見ていたトキヤが、頷いて立ち上がった。
 春歌の体を支えながら立たせる。

 「送って行きましょう。・・・今の君は、転びそうです。私にしっかりつかまって・・・ええ、そう。この手を、離さないで下さいね。」

 「そ、れは。」
 
 トキヤの言葉に、春歌が一瞬指を引っ込める。トキヤの手は強くそれを追い、春歌の戸惑った手はもう一度強く握られた。

 「私では、役不足ですか?」

 「そんなことは・・・。」

 目を泳がせて言い淀む春歌を見て、トキヤは俯く。

 「・・・・君は今、私を卑怯だと思っているんでしょうね。傷心の女性に漬け込むなんて・・・でも、私は卑怯でいい。人から何と言われようと構わない。君が、居るのなら。」

 春歌は何も言う事ができなかった。
 音也に捨てられたのだという気持ちだけに押し潰されそうで、正直、目の前のトキヤの顔もきちんと見ていなかった。
 ましてや、そのトキヤの心の中など、考えようとする気すら及ばない。そんな気力は今、彼女に全く無いのだ。

 トキヤはまだ何か言いたそうだったが、虚ろな目の春歌に何かを言うのがムダだと思ったのか、家まで送りますと、もう一度きゅっと春歌の手を握って、片方の手で部屋のドアを開け、廊下に出た。

 
 「!!」

 トキヤは心底驚いたようで、声にならない声をあげていた。
 ドアの向こうに、音也が立っていたからだ。

 春歌も勿論驚いていた。
 だが春歌にとって最も驚いたのは、音也がそこに立っていた事よりも、自分の顔を見る音也の眼差しの柔らかさに驚いたのだった。

 「春歌・・・良かった・・・! 俺、あと少しして春歌が出てこなかったら、ドア蹴破ろうと思ってた。火つけて燃やしてでも、このドア開けてやろうって思ってた。」

 「・・・・・・・・。」

 トキヤは心底驚いた顔をしていたが、音也のその言葉を聞いた瞬間から、冷めたような目で音也を見ていた。
 音也は、トキヤに向き直ると、照れたような笑顔で言った。

 「トキヤ、こないだはごめん。俺が悪かった。」

 トキヤが、また驚いたように目を見開く。 
 無表情を返されなかったので安心したのか、音也はほっとしたように続けた。

 「俺あの時、ショックで頭めちゃくちゃになってたんだ。だけどさ、トキヤが意味も無く女の子に何かする筈ないし、春歌だって、俺との約束がダメになったからって、そんな、浮気するような子じゃないんだ。なのに、あの時あんなこと言って・・・トキヤ、ごめん。春歌も、ごめんね。」

 「音也・・・。」

 トキヤの体が強張ったのを、繋いだ手を通して春歌は感じていた。
 音也にはきっと、それは解らないだろう。トキヤが春歌をどう思っているのか知らない音也には、それも無理もない事だ。

 「春歌、ごめんね。すぐ来たかったんだけど、スタッフの人が全員帰るまでは、どうしても・・・まぁ普段の俺なら絶対放り出しるトコロだけど、今日は、インタビュー終わったら打ち合わせするからって、日向さんが居たんだ。だから、走り出そうとしたのを、何処行くんだ! まだ仕事だ! って止められちゃって・・・。でも日向さん、急におっさんから電話があってすぐに事務所に戻らなきゃなんなくなって。」

 「・・・日向先生がずっと居たら、ココへ来てくれなかったんですか・・・。」

 質問してから、しまったと思った。
 しかしそんな春歌に、音也は笑顔を崩さず言った。

 「うん、もっと遅くなってた。でも、来たよ。絶対、春歌をそのまま放ってなんかおかないよ。日向さんに急用が出来てラッキーだった。だから、やっぱり俺と春歌は、一緒にいる運命だよ。」

 春歌に一歩近づき、音也がトキヤの顔を見る。
 
 「トキヤ、ありがと。春歌が泣いてるの、慰めてくれたんでしょ。迷惑かけちゃったね。もう大丈夫だから。」

 音也が春歌の腕を取る。
 握っていた春歌の手が、トキヤの手から離れた。

 「音也くん・・・。」

 「春歌、ごめん。俺、あんなに怒ったりして、ごめん。」

 「ううん・・・ううん、いいんです。良かった・・・音也くん、私、音也くんに嫌われたかと・・・!」

 「そんなコトある筈ないだろ。俺は君が好きだよ。悲しませてごめんね、春歌。」

 抱きあう2人を見て、トキヤが呆れた声で言った。

 「まったく人騒がせですね。大体、ここは公共の場ですよ。何をしているんですか。」

 「あっ、ゴメン。・・・春歌、部屋に入ろう。俺、今日はココに泊まるから・・・あっ、トキヤ、ごめんね。俺、春歌と2人で話がしたくて・・・。」

 照れてわたわたしながらトキヤに言い訳をする音也の腕に帰れたことに、春歌は心底ほっとしていた。

 さっき傷心で剥がれ落ちた心の欠片が、また鎔かされてカタチづくられ、自分の中に満ちて行くのがわかる。

 だから、今ここにトキヤが居る事が辛くて仕方が無い。音也と仲直りが出来た今、知ってしまったトキヤの心が、自分を理由なく責めている気がしてならない。

 さっき、自分を追いかけた手が、指が、思い出される。
 発狂しそうな熱。押しつぶされそうな切迫した熱。だがそれは、音也の温もりに再度包まれた今、自分に残していてはイケナイものだ。

 そんな春歌の気持ちを知ってか知らずか、トキヤは、あっさりとその場を離れた。

 「私は帰りますよ。ココに居ても、音也に邪見にされるだけですから。」

 「トキヤ、ごめん! ほんっとありがと!」

 大声で手を振る音也を少しだけ振り返り、

 「だから、廊下は公共の場です。煩いですよ、大きな声で。みっともない。」

 眉を潜めて言い放つと、角を曲がり姿を消した。

 誰も居なくなった廊下で、音也が春歌の額にそっと口づけた。
 部屋に入り、言葉もなくベッドの傍まで進む。客室のドアが見えない場所まで来た途端、音也と春歌は思い切り抱きしめ合った。

 「春歌・・・!」

 目眩がするほど強い抱擁。
 掻き抱き、しがみつく。息が止りそうな強さに、酸素が不足し思考が分裂する。

 音也は、暫くすると腕の力を少し緩めてくれた。

 「ごめん、苦しかったよね・・・俺、嬉しくて・・・。春歌が、俺をキライになったかもって、不安だったから・・・。だから、嬉しくて・・・。」

 「私もです・・・。音也くん、連絡くれなくて、私、嫌われちゃったって・・・。」

 「連絡したよ。でも、春歌、話中だったみたいで、繋がんなくて。」

 「え?」

 話中だったコトなど、あっただろうか。
 春歌は、ここ数日の自分の行動を思い出す。話中だったのは、今朝と、あと、いつそんなコトがあっただろうか?

 「え、じゃあ、今日電話くれたんですか?」

 「ん? 違うよ。電話したのはもう前だよ。いつだっけ・・・日にち忘れたけど、湯布院に行った日だよ。」

 「湯布院に行った日・・・? え、でもその日は確か、私もメールしたんですけど・・・。」

 音也がきょとんとする。

 「メール? 来てないよ? だから俺、もう春歌に嫌われたんだって思ったんだもん。何回メールしても、拒否されてて・・・。だから、ほんっと凹んでたよ。メール、ホントにくれたの? え~・・・おっかしいなあ、届いてないけど・・・。」

 「え、そんな筈ありません、だって私ちゃんと・・・・。」

 携帯電話を取り出して確認しようとした春歌の手を、音也が握った。
 
 「音也くん?」

 「もういいよ、そんなコトどうでも。」

 「え。」

 「だって、こうして春歌は俺のコト許してくれた。仲直りしてくれた。今、俺の目の前に、君は居てくれてる。春歌、俺、まだ、春歌の恋人で居ていいんだよね?」

 真剣な目で、一抹の不安を滲ませながら音也が春歌に尋ねる。
 春歌は、音也のまっすぐな気持ちに、それだけに囚われる。

 「はい・・・私こそ、音也くんの彼女で、居させて貰っていいんでしょうか・・・。」

 「当り前だよ!」

 音也が、春歌を優しくベッドに寝かせた。

 「俺には君しか居ないよ。会えなくて、辛かった。でもそれより、俺たちの心が離れちゃいそうなのが、辛くて、怖かったよ・・・。あの時、カっとしてあんなコトしなければよかったって、何度後悔したか・・・。ごめん、本当にごめんね。」

 言いながら、春歌の頬にキスをした。

 「春歌、俺、ちゃんと優しくするから。だから、お願い。してもいい・・・? こないだみたいな酷いこと、2度としないよ。約束するから。」

 「音也くん・・・はい・・・私も、音也くんに触れてほしいです・・・。」

 「春歌・・・好きだよ。」
 
 そう言った後の音也は、確かに優しくはしてくれたのだが、愛撫もそこそこに春歌を求めた。
 急いた指と乱れた息で。切なげな目で、もういれたいと懇願する音也の首に、春歌はそっと腕を回し、頷いた。

 「ごめん、俺、俺っ・・・! 春歌。好きだ・・・!」

 春歌はそれでもいいと思って、音也にしがみついていた。
 
 まだ解れ切ってない秘部に、音也の激情が無理矢理気味に押し込められる。
 暴力的に押し広げられるその感覚は、だがそれも女として、惚れた男から求められている強い悦びになりえる1つの証拠だ。
 
 夢中で自分を抱く音也の熱い体に振り回されながら、心の僅かな1か所が、冷えた感情で燻っていた。
 
 音也の熱で全てを占められるのを邪魔する、小さな言い難い燻り。
 それを音也に消してほしくて、春歌は自分に覆い被さり、夢中になっている彼の腰を脚で抱え込み、キスを強請った。

 「あっ・・・ダメだ、もう出るっ・・・春歌、ダメだよ、着けてないから、このままじゃ中に・・・っ。」
 
 「いやです、もう、もう離れたくないっ・・・このまま、音也くんのを下さいっ、あああっ。」

 「春歌・・・・。」

 音也は、一瞬動きを止めた。

 「好きだよ・・・。愛してる。春歌がいいなら、もし出来ちゃったら、俺、ちゃんと責任取るから。だから、このまま君の中に全部出すからね・・・。」

 

 明日の撮影が早いから、自分が居ると睡眠の邪魔になる、と帰り支度をしようとする春歌を泣きそうな顔で引き留め、音也は嬉しそうに腕枕をして、逢えなかった間の仕事の話しや、自分がどんな気持ちだったかを話してくれた。

 春歌も、それを聞きながら、音也がずっと、自分を好きだからこそ、逢えない状況に落ち込んでいた事実に安心した。何時間も話をし、逢えなかった時間を埋めるかのように、微笑みあってキスを交わした。

 「ちえ~・・・。もう支度する時間かぁ・・・。俺、君と居たいよ・・・。」

 「音也くん・・・。」

 「あ、判ってるよ、俺だって、仕事こんなにあるのは有り難いって思ってるし、春歌に曲を作って貰えるチャンスも増えるんだもん、頑張らないとさ。でもさ、仲直りしたばっかりなのに。」

 「またすぐ逢えます。来週は、オフがあるんですよね。」

 「うん、やっと休みだ~。その日はもう、朝からずっと春歌と一緒だからね!」

 ぎゅううううっと抱きしめられ、春歌は息が止りそうだった。

 「タクシー、来る時間だね・・・。俺、ごめん、誰が居るか判らないから送っていけないけど、気をつけて帰るんだよ。こんな朝早く、まだちょっと暗いからさ。」

 「はい、大丈夫ですよ。タクシーはホテルの入口、目の前に止ってくれるんですから。それまではホテルの中に居ますし。」

 「今日は、夜にならないと連絡出来ないかもしれないんだ。でも、必ずメールするから。」

 「はい。わかりました。音也くん、お仕事頑張って下さい。」

 もう一度抱き合い、深いキスをして、春歌はホテルを出た。

 



 タクシーの中で、春歌は携帯電話を取りだし、アドレス帳を眺めていた。
 音也の名前で登録されたデータを開いた春歌は、意を決してメールを打った。


 
 
 あまり寝ていない。
 だがそれよりも、早くこの燻りを何とかしたくて、春歌はメールを打ったのだった。

 昼下がりの太陽の眩しさを遮るカーテンが揺れる。

 「どうぞ。」

 出された珈琲の色は、まるで今まで見た事が無い色であるかのような気がした。錯覚だと思い、錯覚を覚える程緊張している自分の心を見抜かれないように、ぎゅっと拳を握る。春歌は、トキヤの部屋のソファに座っていた。

 「どうしたんですか、今日は。昨日音也と仲直り出来たのでしょう? またこんな事をしていて、音也がやってきても知りませんよ。」

 珈琲を一口飲み、トキヤが口を開いた。

 春歌は生唾を飲み込み、自分の携帯電話をトキヤの前に置いた。
 声を絞り出す。

 「音也くんに今朝早く、メールしました。今日、昼過ぎに一ノ瀬さんにお話があるので、一ノ瀬さんの部屋に行きます。って、メールしたんです。」

 トキヤは、それで? という風に首を傾げる。

 「このメールは、音也くんの携帯には届いて無いと思います。・・・きっと、一ノ瀬さんのところへ、届いてる。」

 何も言わないトキヤを目の前に、春歌は続けた。

 「昨日、音也くんが、会えない間の私からのメールが届いてないって言ったんです。でも私は、間違いなくしてます。履歴が残ってます。それに、彼は湯布院から電話してくれたそうなんです。でも話中だったって言いました。でも、私が話中だったなんておかしいんです。音也くんからのメールは、ずっとちゃんと届いてました。一ノ瀬さん、」

 声が震えそうで、泣きそうで、必死になってそれを押し留めながら春歌は言った。

 「一ノ瀬さんが、私と一緒に夕飯を食べてくれたあの時までは、私たち、連絡を取れていたんです。あの日から、ううん、正確に言うと、一ノ瀬さんと一緒に目が覚めた朝から、連絡が取れなくなったんです。」

 「・・・・それで?」

 トキヤは淡々としていた。いつもと同じ顔で春歌の前に座っていた。優雅な仕草で、無言で珈琲を飲むように勧めてきた。
 息まで荒くなりそうになっていた春歌は、勧められるままカップに口をつけた。

 苦味を感じながら、一口飲む。
 カラカラの喉は緊張のせいで、この水分が役に立つとは思えなかった。

 「どうしても不思議で、今朝、登録してある音也くんのアドレス詳細を開いたんです。一度登録してからは、そんなコトしたコトもなかった。でも、あのアドレスは音也くんのアドレスじゃない。音也くんのアドレスは、とても解りやすい名前と数字の羅列だったのを覚えています。でも、今この携帯に登録されているアドレスは、それじゃありません。誰か、音也くんじゃない誰かのアドレスが、音也くんとして登録されてるんです。」

 春歌が早口でまくし立てた時、トキヤがふっと笑った。

 「どうして・・・笑うんですか・・・?」

 「どうしてって・・・君はその 「誰か」 のアドレスが、私のアドレスだと気づいてくれたのでしょう? 嬉しいですね。私の誕生日を覚えててくれたのですか。」

 その笑顔が氷のようで、春歌は思わずソファから降りた。
 もつれそうな足と抜けそうな腰が、ここから逃げろと自分に警告を出している。

 トキヤが立ち上がり、春歌は無意識にトキヤから離れるように動いた。走り出したら追いかけられる。本能が、大きな動きをしないようにと命じている。ソファを伝ってじりじりと横へ動き、ドアを目指そうとしたが、トキヤに先に廻り込まれた。

 
 「君のそういう間抜けたところは、なんというか・・・可愛くて仕方ありません。」

 ゾっとする。生まれて初めて、心底ゾっとすると思った。足元から這い登った悪寒に全身を取り込まれ背筋が震える。

 「どうしたんですか。そんな顔をして。ああ、これからは私だけの君になるのですから、まぁそれもそうかもしれませんね。マリッジブルーとやらは、女性の方がかかる率が高いらしい。」

 「・・・・マリッジ、ブルー・・・?」

 トキヤの言葉の意味が解らず、鸚鵡返しをする。
 だが、春歌が想いも寄らなかった笑顔で、トキヤは真面目に切り返した。

 「ええ、そうです。君は私のものになるんです。これからずっと、私と一緒に居るんです。結婚しましょう。私は本気なんですよ。君を、本気で愛している。」

 日本語では無いような気さえした。
 理解する能力の上っ面を滑って行った言葉が、疑念で反芻される。はっとした時には、拳一つ分も空かない距離にトキヤが詰め寄っていた。

 「そういう間抜けな所が可愛いと言っているんです。危機感が無い。信用するばかりで疑わない。それなのに、たまに疑ったと思ったら無防備にノコノコとやってきて、出された珈琲を飲んでいる・・・。そんな君を、あんなバカな男の許へは置いておけません。君は私が守ります。春歌、一生、君は私と共に居るんです。」

 「何を言って・・・・イヤ。イヤです、おとやくんっ・・・!」

 音也の名前を呼んで逃げようとしたその時、物凄い力でトキヤに手首を掴まれた。

 「2度と私以外の男の名前を口にしないで下さい。」

 声だけは穏やかだが、目は笑っていない。春歌の体はその圧迫感で、石膏の如く動けない。
 
 「今度音也の名前を呼んだりしたら、喉を潰しますよ。」

 「・・・・・・!」

 息を飲む程それが本気の声音で、春歌は固まった。
 
 「どうしました。私は、音也の名前を呼んだら、と言ったでしょう。大丈夫、君はそんなコトしないでしょう。だったら私も、君の可愛い声の元を壊すなんて真似はしたくないのですから、大丈夫ですよ。」

 トキヤのその言葉を聴いた時、ぐらりと視界が揺れた。頭のてっぺんから急速に、自分が白紙になっていく。

 「え・・・・。」

 「おやすみなさい。私だけの、お姫さま。」

 
 夢と現に架かる橋の途中で、トキヤの優しい声がした。


 

 

            To Be Continued・・・・ 
 
 

 



 
プロフィール

みるくあずき2

Author:みるくあずき2
成人。
主婦。母。妻。嫁。娘。事務員。など。

本家ブログはアメブロ
http://ameblo.jp/milk15azuki
にて、乙女ゲームレビュー(感想・攻略? 雄叫び、乙女向けCDも愛聴)を書き綴っております。

乙女ゲ歴というかゲーム歴4年。
妻となり母となって大分経ってから見つけた趣味なので、遅咲きです。
遅咲きの狂い咲きってヤツですね。

本家ブログは只今リアル絶賛多忙中の為に気紛れゆるゆる更新です。コチラは元々気の向くままに進めています。

下のカテゴリからお好みのモノを選んで頂くと、連載は1話から読めます。

感想・お世辞は大歓迎ですが、苦情は受け付けられません。
鍵付きのコメントは、拍手コメントも含め一切の誤表示を防ぐ為、お返事は致しませんが、必ず読んでおります。励みになっております。有難うゴザイマス。
拍手とかコメントとか貰えると泣いちゃうくらい嬉しいですよ・・・。

鍵付きでは無いコメントは、拍手コメントも含め必ずお返事させて頂いております。
宜しくお願い致します。

只今うたプリだと トキ春 嶺春 蘭春 音春を筆頭にカミュ春や翔春、真春、レン春もございます。R18、オールNLとなりますので宜しくお願い致します。

だけど最近プリンスよりも先輩とかヘヴンズが好きだったり・・・。

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