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Amadeus 第1話








 Amadeus
 第1話




 



 
 私は蘭丸さんとお付き合いをしていますが、真斗君ともお付き合いをしています。正確には、本当は蘭丸さんの事が一番好きなのですが、真斗君ともお付き合いをしなくてはいけなくて、しています。そしてそれを、真斗君は知りません。


 蘭丸さんは出会った頃、とても頑なで心を開いてくれなくて、それは誰に対してもその対応だったのですが、兎に角他人を信用するという行為そのものを信用してないといった風でした。

 

 そんな私を、どうして恋人にしようと思ってくれたのかは判りません。

 いえ、そもそも、今でも恋人だとは思っていないのかもしれません。恋人だったら、多分、他の男性とセックスをさせたりしないと思うから。

 

 だったら私は彼にとって何なのだろうと思うのですが、彼は私の音楽だけは認めてくれていて、私の作った曲を最高の作品にして最高の状態で唄う為に有効だから私を手元に置いておきたいというような事を以前言っていました。多分私の事を指してだと思うのですが、天才だと言っていました。褒め言葉だと思うのですが、彼はそんなような話をしている時も、どちらかというと苛ついた感じの、面白く無さそうな雰囲気を醸し出していました。

 ただ、それは私に話してくれたのではなくて、誰かと電話をしていてそう言っていただけで、電話を切った後も一切その件については触れなかったし、その後も一度もそんな話は2人の間に出て来ませんでした。私は蘭丸さんの為に何かがしたかったし、何かをしても拒絶せず私の音楽を気に入って唄ってくれるようになっただけで満足していたのです。


 

 「舐めろ。」

 
 ベッドに大層な態度で腰かけた彼はこんな風に、私の都合も状況もお構いなしで命令します。こんな彼すら、私はおこがましくも癒してあげたい気持ちでいっぱいで、言う通りにしています。

 
 蘭丸さんと付き合うようになってから言いつけられ、習慣になった紐状のショーツは下着としての役目を全く果たしていなくて、うっかり気を抜くと、挿れられた太いバイブが抜け落ちそうになってしまいます。障害物が無いので床にしゃがみ込み先端を床に押し付け、自分の奥へ奥へと入れ込んで落ちないように工夫しながら、蘭丸さんのモノをおしゃぶりします。


 「なんだオマエ、自分から腰使ってんのか。スケベな女だなあ、玩具だぞ、どうしようもねえな。」

 
 判っていて意地悪く言う蘭丸さんの表情は見ないでいます。
 どんな顔をされていても、私にはどうする事も出来ないしきっと心が晴れるわけではないだろうから。


 「昨日ヤったんだろ、真斗と。どうせ3発も4発もしたんだろ、まだ足りねえのか。おい、何発ヤったんだよ。」

 「・・・3、回しました。」

 「それで俺のチン○嬉しそうにしゃぶってやがんのかよ。3発もハメ込んで貰って足りねえとか、ほんっと好き者だな。」


 私は返事をせず、蘭丸さんのモノに奉仕し続けます。

 何を言われても、こうしていると頭が真っ白になってきてしまう。昨日真斗君にされた事を思い出して、余計にバイブの嵌った場所が滑りが良くなっていくのが判って、またそれが自分を煽る。


 

 昨日の真斗君は、久し振りに会えたせいかいつもより激しくて、最後はもう声が枯れてしまいそうだった。


 「好きだ。愛してる。」

 
 そう繰り返す真斗君に対して、私は同じ言葉を返します。
 
 不実? そうかもしれません。でも、私は彼の事も好きです。愛しているかと言われたらよく判りませんが、でも、好きではあります。彼と身体を重ねるのは気持ちが良くて、彼に求められるのは嬉しい。それに、蘭丸さんの言いつけだから守らないといけないし、守れる。

 
 
 でも最近、真斗君が少し私に不信感を持っているようです。
 

 私が携帯にロックを掛けていて、絶対に蘭丸さんからの電話に彼の前では出ない事や、突然の訪問にはほとんど応じなかったり予定変更にあまり対応しなかったりするので、自分以外に誰かと逢っているのではないかと疑ってるみたい。

 疑いではなくて、本当にその通りだから真斗君は凄いと思います。

 その疑心暗鬼が昨日のセックスに表れていて。


 「俺だけか、俺だけを好きか、俺以外の男とこんな事、していないか!」


 「してません、してません、真斗君、だけ、真斗君だけが、好きっ!ああっ、も、もう無理で」


 「だめだ、まだだ。もっと俺を感じて、俺だけを好きでいるように・・・!」


 揺さぶられている間も多少の罪悪感はあったのですが、そんなのは吹き飛びます。気持ちがいいからそっちの方が勝ってしまうから。荒い息で私だけに夢中になっている男性を受け止めるのは幸せな気持ちになるから。女になるという事はこういう事なのだと実感できて、それが、嬉しい。

 
 何となく昨日の真斗君を思い出していたら、突然口の中一杯に粘ついた大量の液体が噴出された。唇の隙間から熱いそれが零れ落ち、頭上から蘭丸さんの声がした。


 「零してんじゃねえよ、ちゃんと全部飲め。」


 上気した吐息と共に放たれた言葉は、私の中に当然の常識として染み込んでいきます。

 私はもう、とうの昔に諦めているのです。これだけ傷ついた過去を持つ人が、心を開いてくれるはずがない。世の中はそんなに甘くない。頑張れば必ず報われるなんて事は無い。

 でも、傍に居たい。居られたらそれだけで嬉しい。優しい言葉もまろやかなぬくもりも貰えなくても、私の音楽を認めてくれてその音楽を最高の状態な歌にしてくれる気持ちだけでいい。その為になら私はどんな彼も受け入れられる。例え誰かをばれていないとはいえ傷つけていたとしても。



 外はすっかり真っ暗で、物音ひとつしない真夜中の自室。

 
 私のこんな回想じみてまとまりのないような、思いつくまま口にした話を神宮寺さんは黙って聞き終えた後、見惚れる程綺麗な笑顔を見せてくれました。


 
 「流石だ、レディ。」


 
 その賞賛の言葉の意味は、私には解かりませんでした。












 ~To Be Continued~













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Amadeus 第2話

 






 Amadeus  
 第2話











 この世界は何で出来ているのかと、時々、春歌は思う。

 
 哲学的な思考を走らせているのではない。単純に、子供のような輪郭の無いポっと湧く疑問だ。


 蘭丸と付き合う前は、世界は単に地球という惑星上の世界でしかなく、空気や空や雨などの自然を強く感じていたが、蘭丸に愛されるようになってからは、世界の総てが甘い匂いで出来ているとすら思う日があった。生まれる音楽はどれもこれも楽しい、嬉しい、という色つきで紡がれるようになった。


 音楽が満ち溢れている世界には幸せしか無い。などとは思っていないが、幸せをより多くする為に何が必要かを考えると、春歌にとっては音楽となる。が、幸せは人によって違うというのは解かる。という事は、人により、物事の関わり方により等々、様々なケースバイケースで幸せも、その者が捉える世界の素材も変わるという一つの結論が出る。でも大抵思考はそこで終わる。いつも考えは纏まらない。しかし気にならない。只の空想に答えを求めてないからだ。


 


 最初の頃は、蘭丸の人を寄せ付けない態度に苦労した。

 
 事務所の企画で蘭丸の曲を作らなくてはならなくなったのに、蘭丸はやりたくないと突っぱねて最初の会議に来なかった。担当者はそんな蘭丸に慣れているらしく、頑張ってコンタクトを取って下さいと丸投げでさっさと帰ってしまった。

 
 蘭丸の噂は聴いていた。
 
 アイドルの枠を利用しているが、借金塗れの没落貴族で、ロックに心血を注ぎながら借金を返済している日々。昔バンドのメンバーに裏切られた為、他人を容易に信用しない。歌唱力やステージパフォーマンスの評価が高く、事務所でも物言いの多い蘭丸を持て余す一面がありながら商品として重宝しているとも、春歌と学園時代を共に過ごし、事務所に所属してから蘭丸と一時共同生活をしていたたレンや真斗から聞いていた。そんな曲者だからといって企画の通った仕事が消える訳が無い。当然、いつまでに仕上げろという非情な催促だけが春歌をせっついた。


 うるさく事務所に言われて曲の打ち合わせをしようにも、携帯電話に滅多に出ない蘭丸は連絡手段が無いに等しく、学生時代に世話になった教師兼取締役の龍也に頼んで、担当外なのに蘭丸との待ち合わせをセッティングしてもらったりした。それすらも、龍也に呼ばれたから来ただけでオマエと話はしたくないなど難癖をつけられ、実になる話まで辿り着けなかった日もあった。

 そんな蘭丸が柔らかさを見せたのは、ある日、とりつくしまが無いなら無理矢理聴かせるしかないと腹を括った春歌が、礼儀も順序も無視していきなり蘭丸に自作の曲を聴かせてからだった。


 曲を聴いた瞬間、彼は明らかに動揺した。動揺の種類はその時は判断し兼ねたが、すぐにそれが良い衝撃を受けたからだと、彼の態度で春歌にも判った。勿論、大分時間が経ってからではあるが、曲に対する評価を言葉でも幾つか述べてくれたからでもあったが。

 それからの蘭丸は徐々に、何とか話をするタイミングを取れるようにまでなった。それからは会話もあまり困らないようになり共同作業も進み、やっと2人で作り上げた曲が発売されオリコンチャートの華々しい順位を獲得した夜、


 
 「俺と付き合えよ。」

 
 「え。」

 
 

 事務所からちょっとしたご褒美にと、そこそこ高級な価格帯のワインと、教師陣もお気に入りだというレストランのテイクアウトデリを貰った。そのまま食事の為にと寄った彼の家で、酒をグラス一杯分飲み干した後の彼に言われた。


 まだ食事には一切手を付けていなかった。

 空腹でもないのに蘭丸についてきたのは、純粋にオリコンチャート獲得を一緒に祝いたい気持ちからだった。だから食べる物は全て蘭丸が平らげればいいと思っていたし、酒を飲む気もそうなかった。

 目の前の蘭丸の顔はどう見ても冗談を言っている顔ではなくて、春歌はそこに少しだけ怯えた。付き合おうと言われたのは嬉しかったが、元々引っ込み思案で地味な生活をしている自分でいいのか。という妙な引け目感が大きく喜びを阻んだ。華やかな業界に就職しようが、幼い頃から養った自身の形容詞は早々変わるものではない。蘭丸は見た目も芸能人に相応しく整っているが春歌自身は容姿に自信もなかった。そんな様々が起こした僅かな春歌の身体の引きを、蘭丸は許さなかった。

 
 テーブル越しに伸ばされた腕に腕を掴まれ、春歌は息を飲んだ。蘭丸の目と腕が春歌を捉えたまま、ゆっくりと近付く。立ち上がった彼につられるように、でも春歌は逃げるつもりで椅子を後ろへずらしたのだが、そんな抵抗は蘭丸の腕に叶わず、あっという間に蘭丸の胸に抱き込まれ荒々しい口づけを受けた。

 生焼けの肉を噛み千切るようなキスは、春歌の身体を固く強張らせた。蘭丸は春歌を引き倒すとお構いなしに力尽くで服を引き剥がした。どんなに春歌が腕や脚に力を入れようが、蘭丸にはじゃれる生まれたての子犬程度で、驚きと事態を呑み込めない混乱ぶりで棒のようになっていた春歌など簡単に犯されてしまった。

 
 

 詳細など、後から思い出そうにも思い出せない程、何もかもがあっという間だった。

 蘭丸の逞しい体が放つ異様な熱に覆われた特殊な世界の中で起こった、自分の中心が物理的に侵食される凶事。記憶をどう耕してもただただ痛みと、あの時の嵐のような独特な空気の流れだけが思い出される。大体、それすらも細かくない織物の柄のような紗がかかった残像だ。その中に混じる、蘭丸のあの狩りをするかのような目や、荒いだけでない甘みを含んだ吐息が脳裏を掠めると、胴の付け根からじんわりと熱が湧く気がした。

 しかし、春歌は蘭丸の行為を責めず、蘭丸もそれからは、愛情が覗く振舞いを見せるようになった。特に春歌の生み出す音楽に関してはほとんど手放しで褒めるようになった。意見は当然的確にはっきりと言われるし、少し彼の要求と違うと注意にも似た口調で疑問を突き付ける時もあれど、根本的な出来への信頼は確固たるものへ変わっていった。それは事実、あっという間だった。


 
 そのあっという間は、蘭丸の恋人としての愛情が深まるのと同じスピードだと、春歌はいつしか気づいた。才能にだけ惚れ込まれたのかと思う時も多少あったが、そうではないのも確信が出来た。彼の手が、言葉が、目が、春歌を愛していると告げる。決して勘違いではなく。引き摺られるように春歌も、蘭丸との日々に拠り所を求め、頭を真っ白にしながら彼にだけ包まれていられる至福の快楽に溺れていった。


 
 蘭丸に抱かれる時は、大抵夜夜中まで終わらない時間を泳いだ。
 
 
 泳ぎ疲れて眠ろうものなら、蘭丸の乱暴な手で意識を引き戻されて息の出来る液体塗れの世界へ引き摺り込まれた。空が白む頃、彼自身が投げ出されたように眠るまで、春歌は彼に抱えられ抉られ、全身を舐め尽されて噛み跡や零れ落ちる体液を残され続けた。

 
 
 初めての男が蘭丸だった春歌にとって、セックスとはそういうものだった。

 
 激情。というものがこれだと春歌は結論づけていた。正に蘭丸の荒っぽさや興奮の度合いはそれに値したし、苛々しているとすら感じた時もある。彼の性格的にもそうなるのは納得出来た事もあったが、処女だった彼女には他に比較する対象がなかったし、何より、愛情がある。というそれだけはどこをどう切り取っても感じ取れたから、不満には思わず過ごしていた。激しさに男らしさを覚えたし、強欲に求められるのは心地良くもあった。幸せだった。これが自分にとって至福だと思って過ごす日々だった。


 
 だが。
 
 
 ある日、抱かれ方には種類があると知る。

 
 それは、何の変哲もないオフの日の昼下がり。本当にほんの数秒、いや1秒前までいつもの蘭丸だったし、そんな話を切り出した時もいつもと変わりない出で立ちだった。


 「おい、今夜、一旦自分の部屋帰れ。」


 珍しく2人同時に連休が取れた時だった。春歌は蘭丸の部屋に2日前から泊まって過ごしていた。食事を共にし、曲作りだのなんだのの名目もなく思いついたフレーズを並んで奏で、見つめ合っては愛撫し合う甘いまどろみの日々。

 その午後が、彼の一言で変わって行く。


 
 「いいですけど・・・どうして、ですか。私、夜まで一緒に居られると・・・。」


 「今日は真斗とヤって来い。」

 
 「? 真斗くん? 真斗くんがどうかしたんで、」


 「真斗とヤれって言ったんだよ。いいか、アイツはあんなんだからな、オマエから服脱いで誘ってやれよ。」


 「!?」




 春歌の動きが止まる。目が止まる。瞬きも出来ず、急激に喉の粘膜が渇く。

 今、蘭丸の言った言葉の意味が解らない。彼は今、何と言った? 何をしろと言った?


 

 「・・・、え? ちょ、っ、と意味が、解らない、です、け・・・ど?」


 

 どんな顔をすればこの困惑が伝わるか判らなくて、春歌が引き攣った顔で笑う。だが蘭丸は、そんな春歌にまるで興味が無いと言わんばかりに、ベッドの脇にあった避妊具の箱を投げて寄越す。


 軽く投げられたそれを反射的に手にした春歌は、まだ混乱した頭でそれを見つめた。

 
 数日前に開封されたが、蘭丸は時々しか使わない。大体春歌の身体のどこかにかけたり、一応簡単にだが計算している春歌に確認し中に注ぎ込む。こんな話をしている今でも、蘭丸にこの数日刻み付けられた余韻が体内に燻っている。


 「真斗が今夜オマエの部屋に行く。いいか、俺との事は言うんじゃねえぞ。オマエは真斗に好きだの付き合ってほしいだのなんだの言われる。そしたら、付き合いたいって返事しろ。そのままそこでヤラせてやれ。いいか、言う通りにしてこいよ。」


 「ま、待ってください!」


 

 何が何だか判らず、春歌は大きな声を出して思わず立ち上がった。

 蘭丸は退屈そうに顔を横に向けたままで、チラリと目だけを春歌に向ける。


 
 「ごちゃごちゃうるせえ。言う通りにしろっつってんだろ。おい、真斗に生でヤらせんなよ。それから、うまく付き合い続けろ。俺との事を悟られるな。判ったな。」


 「ま、待って下さい、どうして、なんで、そんな」


 
 必死に訴えようとする春歌の言葉の力が、ふっと弱まる。

 蘭丸が、優しく微笑んでそっと手を寄せて来たからだった。


 頬に軽く触れ、髪を撫でながら反対側の腕で抱き寄せられ、間近で蘭丸が優しい笑顔を見せる。春歌は、一瞬、ああ、冗談だったのかな、それとも、夢を見ていたのかなと思って肩の力を抜いた。その時。


 
 「いいか。誘って真斗がノってくりゃいいが、もしアイツが腰抜けてたら、オマエがしゃぶって跨んだ。しっかり腰振って、真斗をイカせろ。出来なかったら・・・。」



 信じられない。
 
 その言葉だけが頭の中を駆け巡る春歌を相変わらず至近距離で見つめていた蘭丸の目が、冷たく細まった。


 
 「別れるからな。」


 
 春歌の息が止まる。


 
 「脅しじゃねえぞ。俺と別れたくなかったら、真斗とキッチリ一発ヤって来い。」


 
 世界は何で出来ているのか。

 
 優しい微笑みから一転。真顔で春歌にそう告げる蘭丸を見た春歌の頭に、何故か浮いてきたのはそれだった。人は極限に陥った時、一体何を考えるのかと思った事がある。だがまさか、それが普段どうでもいい類になっているあのとりとめのない疑問だとは思わなかった。
 

 
 自分の身に何が起きているのか判らない。

 自身を取り巻く世界が何に変化しているのか追いかけても追いつかない。


 泥か、闇か。それとも汚れた砂か。今自分が何処に居るのか、春歌は心すべてを放り出されて四方八方判らないまま、ずぶずぶと沈んでいく自分の足元の見えない感触だけを拾った。
 













  ~ To Be Continued~

















 

Amadeus 第3話







 Amadeus
 第3話










 春歌に選択肢は無かった。

 疑問は当然あったし、反論と反発も当然持っている。だが、別れると言われたらもう従うしかなかった。大体が逃げる時間すらない。今日の今日だ。


 蘭丸と別れるなど、今の春歌にとって死ぬのと同義だ。それだけは絶対に避けたい。別れないで済むには蘭丸の言う事をきくしかなかった。

 自分は蘭丸を怒らせる何をしたのだろう、などと考えたし、これは冗談ではないかという気持ちが拭えないままだ。

 
 日々は楽しかった。
 
 2人で出かけた事もある。芸能人という職業柄、おおっぴらに街を気ままに歩けもしないが、それでも都会の利便性を生かし少し変装して、最近名をあげて来たグループが公開録画を行うといえば、無料にあやかってそのパフォーマンスを見に行ったり、ちょっとした日用品を買いに行った事もあった。共に食事をし、ベッドも当然共にした。季節もその中で移っていった。

 蘭丸の日常に、既に自分は愛しい相手として立ち位置があった。それは春歌の勘違いではない。絶対に。そんな断言が出来るのに、どうしてこんな風になるのか判らない。というよりも判りたくないし、わかったのなら人として間違っていると思う。そう。やはりこんな事はおかしくて、蘭丸は自分を愛しているに間違いない。

 だが、そう結論付ける度に一瞬でまた同じ疑問が湧いてくるのだ。

 「愛しているのに、他の人とそんな事をしろなんて言えるの?」 と。だけど結局、しないと別れると言われたからには従うしかない。あの目は嘘をついている目では無かった。まして、冗談などの類でもないのも判った。だからこそ一層謎だけが胸を巡る。


 怒らせたのか。嫌われたのか。
 
 違う。

 どれも違う。彼には愛があり、そして、なのに本気で、真斗と寝ないと別れると言っていた。蘭丸が精神分裂を起こしているとしか思えない。でもそんな事もありえない。


 どうしていいのか、どうしてこうなったのか何もかも不明なまま、その時はやってきた。

 

 蘭丸の言った通り、真斗はその夜、春歌の部屋へやってきた。
 
 事前に連絡が入り、食事をしながら仕事の打ち合わせを済ませて行くので20時を回ると承知していたので、春歌は夕方遅い時間に部屋に戻り、さっと簡単に掃除をしてお茶の確認だけしておいた。

 一体真斗はどういうつもりで来るのだろうかと身構えていた春歌は、訪問した真斗の態度に聊か拍子抜けした。

 最初こそ落ち着きなく、ソワソワした様子の真斗に、春歌は自分を誘うタイミングを計っているのだろうかと思ったがそうではなかった。


 「その、ハル。」

 会話が途切れたその時に、斜め下に視線を向けたままの真斗は、真面目な顔で今日訪れた理由を言った。


 「突然ですまなかったが、今日は、神宮寺に頼んでこのような時間を作ってもらった。わざわざ申し訳なかったと思っている。折角の休みの日の夜を、俺の為に空けて貰って。」

 
 春歌は、どうしてそこで蘭丸ではなくレンの名前が出てくるのか一瞬驚いたが、真斗が春歌の様子などお構いなしに話を続けていたので口を挟まずそのまま聞いていた。真斗はとても緊張しているようで、そして何か不安気な様子で、ずっと春歌から少しだけ目を逸らしながら話をしていた。


 「実は・・・その、お前さえよければ、あ、っと何だ、何というか、だな。」


 春歌はイヤな予感がした。


 「俺は、ずっとお前を見ていた。お前がもし、その、今、特に決まった相手が居ないのであれば、その、俺と、交際を・・・してくれないだろうかと、それを、今日は言いたくて。」


 春歌が、思わず目を瞬かせた。
 真斗が予想外の事を言ったからではない。そう告げられるだろうというのは蘭丸から聞いている。聞いてはいても事実になると多少驚くのは当然だが、それそのものに瞼が動いたわけではない。


 「お前が俺にそんな気持ちを持っていない事は承知している。だから、いや、だからこそ、もう少し俺を知ってほしくて、休みなどを合わせてお前と会話する時間をもっと取れたら、嬉しくて、そのチャンスを、もらえ、ないかと。」

 どういう事なのだろう。

 先程感じたイヤな予感というのは、彼がまさかいきなり体の繋がりを求めて言葉を探しているのではないかという予想だ。根底では、真斗に限ってそんな事は無いと彼の人柄から解かっているつもりだ。だが、女が自分の身体を守る本能的な感触でどうしても最悪の事態を想定して構えてしまう仕方なさはある。そこからきた予感だった。決して真斗をそのようにだらしない人物だなどと評価はしていない。

 そしてやはりその通り、彼はいきなり肉体関係を強要するつもりではなかった。

 蘭丸は、戸惑う自分の腕を掴み強引に身体を繋げたが、真斗はそのような邪さなど垣間見えない。彼は、真斗はどうみても純粋な中学生のような告白劇を素で展開している。本気だ。本気で、純粋な気持ちで愛を告げている。どこをどう見てもそれは間違いない。

 春歌はそれに戸惑っていた。大きく、動揺が隠せない程に。真斗の気持ちに、すぐに肉体関係を結びたいなどという軽さは見えない。まったくだ。


 だとしたら、余計に何故。何故そんな、本気で春歌に想いを寄せている男と寝ろ、だなどと。どうしたらそんな発想になるのか判らない。真斗は蘭丸にとってもそれなり可愛い後輩の筈だ。蘭丸は、人の気持ちを踏みにじるような真似をするとは思えない。後輩の恋心を軽く遊びの道具にするような男ではないと信じている。それとも蘭丸は、真斗がこんなに真剣に想いを寄せているとは思っていないのか。

 それも考えにくい。あんな突飛な話を自分の恋人にするのに、事情を詳しく知らないなどと普通はありえない。いや、この状況はだとしたら普通なのか。そうは思えない。ならば真斗のこの真っ直ぐな気持ちを蘭丸は知らずにあんな話をしたのか。でもどうしてだからといって、真斗とベッドを共にするという所まで話が飛躍するのか。

 混乱したせいで黙ったままの春歌の姿勢を否定と受け取ったのか、真斗は慌てて


 「いや、これはあくまで俺の希望だ。お前に全くその気が無いのに無理にという訳ではない。大体、そんな風に交際して貰っても俺は嬉しいとは思えないし、お互いの為に良くない事だ。お前も俺を多少でも、今はまだ男としてではなくても、人としてならそれなりに好いていてくれて、それで合意の上で休日を共に過ごしたりが叶うならば、という話であってだな、あ、いや、その、好いていてくれてというか、その、いや、そうじゃないのは解かっているのだが、だから、もし少しでも考えてくれるのなら。」

 上下に降る手の動きも忙しく、立ち上がらんばかりに必死に釈明にもならない言葉を並べ立てている。しどろもどろになる真斗は、顔を真っ赤に耳まで染めていた。

 黙ったままの春歌に、自分の気持ちが届いていないのかと勘違いしたのか、真斗が、急にぎゅっと春歌の手を握った。

 
 「え、ま、まさ」

 「俺は真剣だ。決して浮ついた思い付きや気まぐれで言っているのではない。信じてほしい。」

 
 その声と表情が、真斗の言葉が真実だと裏付けるが、春歌の目には真斗の顔が見えていても、重なり浮かぶのは蘭丸だ。

 今日、真斗と一晩を共にしないと別れると彼は言った。この真摯な真斗を自分は誑かすのか。気持ちもないのに、嘘をついて春歌も真斗を愛していると勘違いさせるのか。

 それで、傷つかずに済む者が居るのか。この状況で。自分は勿論、真斗も、蘭丸も、誰もが、この渦中に居る人物で無傷である者などいまい。なのにどうして蘭丸はそんな事を望むのか。


 「ハル、何か言ってくれ。」


 真斗の声で我に返った春歌は、真斗の手を握り返した。

 
 「真斗くん。」

 「な、なんだ。」

 「どんなコトがあっても、私の事を好きでいてくださいますか?」

 真斗は一瞬きょとんとしたような風を見せたが、すぐいつもの彼に戻り


 「当然ではないか。俺は真剣だ。先程も言ったが、決して浮ついた軽い気持ちではない。ずっと学園時代からお前を好いていたのだ。お前の素晴らしさはよく解かっているつもりだし、他者にとっては欠点かと思える部分も、俺はとても可愛らしいと思っている。」


 「欠点?」

 今度は春歌がきょとんとする。


 「欠点というと言い方が悪いが」


 真斗は、悪いが、と言いながらもそのまま言葉を続ける。

 
 「お前は引っ込み思案だし、自信が足りない場面も見た事がある。だが、そういう部分も俺は愛しいと思っているし、言い換えれば謙虚さという日本人の徳でもある。それが仇名す時は俺が助けになれればいいと思っている。完璧な人間など居ないのだから、支え合って補い合って成長していければ、俺は嬉しいし、男女交際とはそうあるべきだとも信じている。」


 きっぱりと告げる真斗に、春歌は眩しさを感じながら同時に、罪悪感と焦りを募らせていた。
 この彼を騙すような真似をしなければならない。この純粋で真っ直ぐな熱い気持ちをまるで嘲るような夜を、自分はこれから彼に、本心ではなくても、でも。

 蘭丸と別れたくない。
 嘘だと今でもどこかで思っている。でも、あの時の彼のあの冷たい態度が、言う通りにしなければ本当に別れるだろうと予感させる。


 「あの。」

 覚悟を決めた春歌が、真斗に一歩踏み寄った。


 「私も・・・私も、真斗くんの事、ずっと、好きでした。」

 
 「・・・!」

 
 真斗の喉元が揺れる。
 ああ、自分は、こんなにも簡単に人を騙せるのかと、足の裏からぬるりとした水に嵌った気がした。


 「あの、真斗くんに、お願いがあるんです。」


 「あ、ああ、構わない。何でも聞こう。俺に出来る事なら最善を尽くそう。」

 
 真斗の声に喜びが滲み出ていて、きっと彼の望みはある意味叶う、という希望だけが春歌を支えていた。それだけが、こんなに真面目な彼を欺くたった一つの贖罪となる。そこにすべての良心を託し、春歌は真斗とぐっと距離を縮め、震える声で囁いた。

 
 「私を、抱いて下さい。今日、今、ここで。」

 
 明らかに驚いた空気を放った真斗の顔は見れなかった。

 俯いたままそっと身体を寄せ、彼の服の裾を引いた。彼は何かを言おうとして、そして言うべきかどうか思案しているのが感じられた。軽く握られたまま多少の迷いを見せる真斗の拳が目に入った時、春歌の頭に僅かな閃きのようにしゅっと思い出されたのは、神宮寺に頼んで、という繋がりの判らない真斗の言葉だった。

 










   To Be Continued・・・










 

 第4話は9月上旬に掲載予定です。







 

Amadeus 第4話



 



 Amadeus
 第4話










 「きゃあっ!」

 
 突然突き飛ばされたせいで、身体はそのまま後ろに倒れた。

 すぐ後ろはベッドだったので痛みはなかった。痛みはなかったが、突き飛ばされたという事実に恐怖心が湧き、平衡感覚が一瞬で失われたせいですぐには体勢を立て直す事が出来なかった。


 「出来ませんじゃねえよ。」

 驚きと怯えで竦む春歌を見下ろしたまま、蘭丸が低く呟いた。その声が怖くて、春歌の肩がびくりと揺れる。その揺れを大きな手でぐいっと掴んだ蘭丸が、春歌の顔に息がかかる距離でまた言う。

 
 「本当にヤったのかどうか、ちゃんと再現出来なきゃ信じられねえだろうが。ほら、さっさと真斗にヤラせたのと同じ恰好してみろよ。ちゃんとこうやってベッドに乗っからせてやっただろうが。それとも」


 ベッドに突き飛ばされたのはそういう意味なのかと、どうでもいい考えを巡らせてた春歌の髪を頭ごと持ち、蘭丸が、うつむき加減だった顔を自分に向かせる。


 「ベッドまで待てなかった真斗に床の上で犯されたか? あ?」


 「ま、真斗くんはそんな事は・・・」


 仰向けの身体には、蘭丸がどっかり乗っていた。足先は動かせるが、逃げ出す事は出来ない。


 「俺と違ってそんな真似はしないって? だろうな。品行方正の真斗に、そんな度胸はねえよな。」


 吐き捨てるように言う様は、相変わらず春歌の心を混乱させた。蘭丸が自分をどうしたいのかが判らない。脅迫よりも恐ろしい空気を纏いながら真斗と寝ろと言った割には、実際言う通りにしたと震えながら報告した春歌を突き飛ばして、明らかに苛立っている。



 「アイツは童貞だったろう。どうやって入れさせてやったんだよ。てめーが上に乗ってやったのか。」


 涙が浮いてくる。
 蘭丸の心が見えない。愛してる男の行動の根源が判らない。どうして。

 
 「あっ!」

 頬に流れて耳を濡らした涙が吹き飛ばされるような勢いで、蘭丸が突然春歌の服を乱暴にはぎ取る。


 「や、やめて下さい蘭丸さ、やめて、ダメ!」


 蘭丸は返事をしない。春歌はあっという間に半分裸だ。


 「やめ・・・やめてください・・・やめて・・・。」


 「早く脱げよ。着たままヤったのか? あぁ?」


 「・・・で、すか。」


 「あ?」


 小さく漏れた春歌の声に、蘭丸が動きを止めた。緩めた手が、普段の蘭丸に戻ったような気がして、春歌は思い切って声を振り絞った。


 「どうしてですか。どうして、どうして私が真斗くんとあんな事しないといけなかったんですか。私は、わた、しは・・・私は、蘭丸さんと付き合ってるんじゃなかったんですか。どうして・・・。」


 堰を切るとすぐに喉が震えて声が続かなくなった。
 涙が溢れすぎてまったく色が溶けあってしまった水の中と同様の視界の中で、蘭丸の姿がぶれた。


 「知らねえよ。」

 
 春歌がその言葉に目を動かし、雨粒だとしたら記録的な大きさの雫が一気に頬を滑り落ちる。


 「どうしてかなんて、俺が聞きてえ。」


 「どういう意味、」


 「黙れよ。」

 
 蘭丸の手が、春歌の顔をぐっと掴んだ。


 「言うコト聞かねえなら、勝手に確かめるだけだ。」


 そう言って、春歌をうつ伏せに引っ繰り返し、腰を引っ張った。

 
 「な、・・!」


 何をされるか察しをつけた春歌が、思わず逃げようと動いたのを、蘭丸が圧し掛かって阻止した。


 「やめ、まだ入らな、あ!」

  

  蘭丸は、春歌の抵抗に僅かな躊躇も見せなかった。
  大きな物を無理矢理捻じ込まれる自分の身体の入口で、めりっと音がしたような気がした。


 なのに。


 「あああ、あ、ああっ。」 

 
 零れる言葉はただの一音だけだ。
 
 痛いわけではないけれど明らかに苦痛を伴うその乱暴さに、拒否していた筈の身体も心も一瞬で、受け入れ慣れた侵入物を愛し始める。

 植え付けられた快楽の記憶が全身から芽吹き猛烈なスピードで頭を擡げ、何故だとかどうしてだとかいった迷いの言葉は頭から吹き飛ぶ。好きな男の匂いと熱と滾る血の塊。それだけに支配されて上り詰めてゆく。


 「気持ちいいのか、なあ。」

 

 突然、甘さのある低い声が耳を抜けた。
 
 抜けた音が脳に染みる。煙が絡みついて薫るように、物を考える器官が燻るかの如く犯され蕩け出す。愛してくれていると実感できる時と同じ、甘い声。さっきまでとは確実に違う声。そう思ったら、乱暴に挿入された酷さが一気にどうでもよくなった。

 好きな相手というだけで、こんなにも狂える。愛されてると感じられるとこんなにも気持ち良くなれる。セックスは。
 
 真斗としていた時にはそんな感触は全く得られなかった。

 蘭丸から命令されて仕方なく繋げた体は、それでも真斗にとっては感激の極みだったらしく、びっくりするほど短い時間で何もかも終わった。真斗は春歌を気遣って2度目に至る事はなかった。とにかく春歌と気持ちが通じた喜びに打ち震えていた。そんな真斗を見てじくじくと痛む良心を必死に宥める春歌に、余程快楽など訪れなかった。真斗といる間、ただただ義務感と絶望しかなかった白けた空気しか吸えなかった筈なのに、どんな疑いと不信を持っていようと、愛している相手とセックスをして相手の愛を感じられるというだけでこんなにも全身が震える。世界は自分達だけになって異常な熱を放つ。蘭丸の吐息が意識を満たしていく。


 「言えよ。俺と、真斗、どっちが気持ちいい、言えよ。」

 
 それは嫉妬だろうか。
 だとしたら嬉しい。あんな目に遭わされたというのに、彼が別の男を気にしているなんて嬉しい。


 「あ、あ、蘭丸さん、です、蘭丸さんがいい、蘭丸さんだけがいいです!」

 
 そう叫んだその声に反応して、満足そうな吐息が頬にかかった時、じゅわっと何かが背骨を地味になぞりながら満ちて、爆ぜた。



 「おい、イってんな。俺がまだだ。」

 
 ほんの一瞬だろうが飛ばしていた意識が戻った時、上から声が降って来た。
 既に春歌から判断力は失われていて、それでも次の台詞が、さっきよりは甘さより怒りを含んだ声音であるような気はした。
 
 
 「真斗ともバックでヤったのか? あ?」

 「ち、が・・・。」


 息が上手く吸えなくて声が途切れる。
 意識と体が別々になったみたいな瞬間のすぐ後にまともに喋れる道理が無い。

 
 「あぁ? じゃあどうやったんだ。」

 「普通、に・・・。」
 
 「普通ゥ?」

 「あああっ!」

 
 問いかけながら、蘭丸がわざと大きく腰を打ち付けた。
 激しさに大きな声をあげてしまう春歌を、蘭丸は責め立てる為に余計勢いよく腰を動かし責める。

 
 そして急に動きを止めると、春歌をごろんと仰向けにし


 「こっちか。」

 「あっ、は、あ、ん。」


 一瞬抜けたモノを素早く入れ直され、また声が上がる。


 「答えろ。」

 「んふぅぁあ!」

 
 ぎゅっと胸の先を指で捻られ、大きく体が反る。もう蘭丸のなすがまま、されるがままになってしまっていた。


 そんな事を聞いて、どうしたいの。
 そもそもが、そんな事を聞きたいの、本当に。

 聞きたい事は頭の片隅に浮かんでは溶けて行く。
 そしてそのまま、意識すら溶けた。

 
 最後の記憶は、蘭丸が達して、そのまま自分を抱き込んだので彼の鼓動がまだ早く打つ音を、心地良いと思った、そのまどろみの淵だった。




 どれくらい寝たのか。
 ふと目が覚めた。

 蘭丸の話し声で目が覚めた。でも、目は開けなかった。
 眠りから覚めたが、蘭丸が誰かと話しているのが判って、そのまま目を閉じ、動かずにいた。


 「ムカつくんだよ。」


 すぐ隣で会話しているようだった。ベッドの上には居ないようだが、すぐ近くにいる。

 怒っているのだろうか。
 でも、普段からそんなような言葉遣いをする人だとも思う。


 「ああ、わかってる。・・・ああ、それについては保障してやるよ。てめーこそ、約束忘れんなよ。」


 約束?
 なんの? どんな? 誰と? 


 「わかったような口きいてんじゃねえ。もう切るぞ。あ?」


 彼の声が余計に不機嫌になる。
 気に障る事でも言われたのだろうか。


 「・・・来週だな。」


 来週。
 来週、何があるの。


 急速に意識がハッキリしていく。
 イヤな予感がする。


 春歌は寝返りを打った。そして、まるで寝返りを打ってから意識がついたかのようにゆっくり目を開けると、蘭丸がこちらを見ていた。春歌はまさか起きていたのがバレているのではと一瞬どきりとしたが、春歌が起きたのを認識した蘭丸は顔色ひとつ変えず、「じゃあな」 と短く会話を終えた。


 別にどうという事もなく、蘭丸がぐるりと首を回す。



 「・・・電話、してたんですか。」

 
 蘭丸の手にある小さな機械に目を遣る。
 蘭丸はそれには答えず、もう片方の手に持っていた水を飲み、春歌に言った。


 「来週、真斗がコンサートに行きたいんだと。行って来い。」


 ほとんど口の先まで出掛った言葉を必死で呑み込んだ。
 聞いても答えてくれないどころか、無用な怒りを買いそうで、恐ろしさから押しとどめた。


 「真斗くんと電話をしていたんですか?」


 本当はそう聞きたかったのだが。

 蘭丸がそんな隙を一切与えず、仕事に行くと一言だけ告げて部屋を出て行った。
 

 彼が出て行ったドアを見つめ、そういえば既に着替えを済ませていたけれど、一体彼はいつ起きたのだろうなどと、どうでもいい事が頭を占めている自分に気付いて、春歌は力なく自分も帰り支度を始めたのだった
 




 

 






  To Be Continued・・・















Amadeus 第5話







 Amadeus
 第5話









 真斗は満足気にパンフレットを眺め、ほう、と感嘆の息を吐いた。

 彼の隣で、春歌はパンフレットを読んでるフリをしながら別の事を考えていた。


 誘われたのはジャズコンサートで、チケットは即日完売したらしい人気の公演だった。テレビ局で見かけた芸能人の姿もちらほらあった。見事な演奏は、確かに聴いてる間はほぼほぼ春歌を魅了し、束の間現実の一切を忘れさせた。

 拍手が止み、ホール内の照明が点いても春歌も暫く席に座っていた。その春歌より明らかに余韻に浸っている真斗がようやく現実に戻ったようにして服の襟を直す仕草を見せる。そして、会場のロビーラウンジでお茶を飲んでいきたいと言い出し、春歌はそれに付き合った。

 日曜だからか早い時間から始まったコンサートのお陰で、ロビーラウンジはまだ営業していた。ラストオーダーまで余裕があるせいで、広くない店は満席に見えたが、運良く残っていた最後の席に滑り込めた。

 眼鏡を掛け、帽子を目深にかぶった真斗に気付く者はいない。
 それでも用心して、2人掛けのテーブルの椅子の位置を少しずらし、他の客の目から真斗の顔が見えない位置に彼を座らせる。


 
 美しい音楽だった。
 連れて来てもらえたのはありがたい事だった。

 蘭丸の為にもいい曲を。
 最近富にそう思うようになった春歌にとって、勉強にもなるこういう機会はしかし金額もそれなりかかる為、チケットを用意して貰えるなどは本当に感謝すべき事だ。付き合い出してからは何をしていても蘭丸の曲の為に、と結びつけてしまって自分で苦笑する時がある。

 そう言えば、蘭丸は最近、春歌の作った曲が良ければ良い程、悲しそうな目をする事があるなと、春歌はふと、こちらに向かってくるウエイトレスが持つ盆の上の茶器が自分達の元へ運ばれてくるだろうとぼんやり予想しながら思い出した。

 自分で自分の曲を良いと評するのはおこがましい。自信が持てるといえばいいのだろうか。これこそ! と満足いく仕上がりになった曲ほど、蘭丸は歪んだ表情を見せる。それはほんの少しの時間で、しかも、真剣に聴いていると言われればそれまでの表情なのだが、自分は彼を愛しているのだ。彼の些細な変化には敏感だ。違和感はあった。悲しそうな苦しそうなその一瞬の顔が判る。

 ただ、その歪みを生む原因が悲しいというのが適切かどうかは判らなかった。単に機嫌が悪いようにも見えたし、イライラしてる感じもした。何故だか苦笑する日もあった。それが苦笑なのかと詰問されたら怯みそうだが、少なくともあの時はそうとった。でもそれはいつも一瞬で、しかし確かなのはどちらかといえばマイナスな何かを表現しているとしか思えなかった。何故だか判らないがそんな気がする事が多かった。
 
 でも幾ら並べ立てても、気にしすぎかな、とも思える程度の雰囲気だったのですぐに忘れてしまう小さな事だ。その時だけ。さっきのような、思わず笑顔で拍手を贈ってしまう演奏を聴いてる最中などは特にそんな些細な引っ掛かりはまったく浮かばない。演奏は感激して入り込めた。

 でも、大きな問題については別だ。
 そう、今まさに自分が置かれているこの状況。自分の意思とは関係無く、しかも蘭丸からの要請で真斗と何故か交際をしているというこの展開についてだ。これに関しては常に何をしていても頭の片隅に引っ掛かっている。

 聴いてる間、何度、真斗にどうやって聞き出そうかというそれが頭をよぎったか判らない。寧ろそれしか考えてなかったのではないかとすら思う。あの時の蘭丸さんの電話の相手は貴方ですかと、それだけを尋ねるのにこんなにも悩む。

 
 蘭丸には、あの後何度か機会を伺って、今なら機嫌がよさそうだと思った時に1度だけ尋ねた。

 
 「あの時の電話は、真斗くんとしていたのですか?」

 
 蘭丸は特に慌てるでもなく すぐさま真斗ではないと言ったので春歌は多少拍子抜けした。だが、相手が誰だったのかは答えてはくれなかった。努めて何気ない風を装い、では誰だったのかと問うた春歌を彼はつまらなそうに一瞥すると有無を言わさず抱き込み、そのまま口がきけないようにする為の如く性急に抱いた。

 蘭丸のどこかあやふやな態度のせいで、春歌はなんとなく、真斗ではないという説明そのものも心の底からは信じられないままだった。あの時のあの、質問に答えた瞬間の蘭丸の雰囲気だけを思い返せば、とても嘘をついているようには思えない。さらりと答えた感じから直観的にその時も本当だろうと感じ取った。筈だったのだが、その後の質問に答えてもらえなかったのがどうにも腑に落ちない。

 
 「お待たせしました。」

 
 かちゃりと音を立てて置かれる紅茶が香る。

 運ばれてきたティーカップはとても浅くて、そんなに喉が渇いてない春歌には丁度良かった。
 真斗が一口飲み物を飲んで、ほっと小さく息を吐いたのを見計らい、春歌は徐に口を開いた。

 「今日はありがとうございました。あの、今度から、こんなお誘いも出来れば直接言ってもらってもいいですか。その、私たち、お付き合いを始めたのに、あの時うっかり連絡先を交換し忘れてしまったので、交換、しませんか。」

 お付き合いを始めた、という台詞がすんなりと口をついて出た自分に驚く。
 そうすると、あの時の蘭丸が同じなのではないかという疑いが色濃くなる。嘘だからこそ、何の衒いもなくすんなりと言えるのではないか。

 堂々巡りだ。
 何かあれば疑い、何かあれば信じる。それの繰り返し。出口が無い。

 今や心の片隅で常に猜疑心を飼って生活している自分とは正反対な爽やかさで、真斗は、そういえばそうだったというような顔をする。
 今しがた聞いた音楽に感動している顔だ。そこに邪さや汚れたものはない。眩しかった。そして今度はそんな真斗に蘭丸の様子を重ねて、やっぱり蘭丸は嘘などついてないと思う。蘭丸は態度や言葉はぶっきらぼうだが、平気な顔で嘘を吐くような男でもなかった。

 だけど、だったらこんな事を要求するだろうか。

 ・・・だめだ。

 春歌は頭を振る。
 
 とにかく日々これの繰り返しで、春歌は精神的に疲弊してきていた。

 真斗が笑顔で話を続ける。


 「ああ、そうだな。俺はあの時つい舞い上がってしまっていて・・・。そうだな、交換するとしよう。」

 「そうしたら、直接誘ってもらえますしね。」

 「そうだな。お前こそ、次はあいつを通さず俺に直接連絡をくれればいいぞ。」

 「・・・はい?」


 春歌は作った笑顔のまま首を傾けた。
 真斗の台詞は春歌にとっては不思議だったからだ。

 「? 私、真斗君に会った時に直接お返事しましたよ?」

 
 「ん? ・・・ああ、そうではなくて、それは待ち合わせ場所をあそこにしようかと提案してくれた時の事だろう。その前の、取り敢えず行けるかどうかの簡単な返事は最初、神宮寺を通してくれたではないか。お前に会った時どうしても時間が無くて待ち合わせの話しかできなかったんだが、今日はそれも伝えたかった。そろそろ神宮寺を通して色々話をするのも止めにしてもいいのではないかなと。しかしまあ、あいつには仕方ないから礼を言わねば。このチケットもあいつが譲ってくれたのだからな。」

 
 あまり驚かない。
 ただ、この前も、どうして神宮寺さんなんだろうと思ったが、今回も脈絡もない部分から彼の名前が出て来て、春歌は益々不思議に思った。

 この流れからいけば、蘭丸がこの間電話をしていたのは多分神宮寺レンだ。神宮寺レンがこのコンサートの話を持ちだし、その場で蘭丸がOKの返事を出してしまったから自分は行かざるを得なくなってて、そして、レンはそのまま蘭丸の返事を額面通り受け取って真斗に伝えている。多分、その流れだ。

 でも、そしたらあの、約束とは何だろう。蘭丸は約束という言葉を口にしていた。彼は神宮寺レンと何かを約束しているらしい。蘭丸とレンがする約束というのがあまり思い浮かばない。

 
 突然自分に、真斗と付き合えなどと言い出したのは蘭丸だ。真斗はどうやらずっと自分の事を好きだったようだから、それが周りにバレていたとしても、彼女を突き出すような真似をする蘭丸の真意が判らないとしても、そこにレンが加わる図が不思議だ。まったく関係ない人間が絡む理由が判らない。

 真斗の願いをある意味叶えるような行動? なぜ? それが神宮寺の何の利益を生むのか。そして自分の恋人を差し出すのと代われる程の利益が蘭丸にあるとでも。間に第三者を挟んで? まったく意味不明だ。じゃあ利益も無しに? 何のために?

 まあ、それを抜いても自分の恋人に違う男とも同時進行で付き合えと言うのが大体、現実味も無いし信じられない行為なのだが。

 思い返せば春歌自身、自分が不思議だが、あの時の蘭丸相手には断れない何かがあった。
 
 どこまでも理不尽な要求を呑まざるを得ない、切迫した何かが彼にあった。だから自分は言われるがまま真斗と逢ったのだ。それが何かは判らない。ただ、あの時も感じたが、本当にこの要求を呑まない自分には用が無い。という気迫があった。寧ろ、その為に蘭丸は春歌を手中に置いていたのだとでもいうような。

 判らない事だらけだ。
 わからない、わからないの連発。でも実際何もかもが判らないのだから仕方がない。蘭丸は自分に飽きたのだろうか。それとも最初から自分を愛してなどいなかったのか。

 そこまで考えて頭を振った。
 バカげている。何が楽しくて、他の男に渡す為に愛してるなどと囁き、面倒なケンカも乗り越えながら付き合いを継続して来たというのだ。ありえない。こんなことを考えるなんてどうかしていると、春歌は冷めてきた紅茶を口にした。

 「時間はあるか?」

 ふいに聞かれて、何気に顔を上げる。
 すると真斗がふっと目を揺らした。

 「・・・いいな。」

 「え?」

 「お前の、その顔だ。そういうふとした表情が、お前はとても可愛らしくて、目が離せない。」

 カっと顔が火照る。
 途端に逃げ出したくなってカップを落としそうになって慌ててソーサーに戻す。顔に何かがついていやしないかと急に気になって頬に手を当てた。

 「そうやって照れられると、俺もどうしていいか判らなくなってしまうな。」

 真斗は少し下を向いて自虐的に笑い、そして、春歌の手を取って立ち上がった。

 「部屋を、取ってあるのだ。このすぐ近くのホテルに。行こう。」

 私は、蘭丸さんと。

 喉まで出掛った言葉は言えなかった。
 言ったら自分は蘭丸の相当な怒りを買い2度と逢って貰えないし、真斗は傷つく。そして、何故かいつも名前が出てくるレンの不思議が判らないままになってしまう。

 そんな考えが一瞬で数多過って、言えなかった。


 
 

 
 「ダ、ダメです!」

 
 甘い吐息から一転、素っ頓狂とも言える声を春歌は上げた。
 ベッドの上だ。
 拒む自分の方が卑怯たらしい。判っていても一度は抵抗してしまうのが女なのかもしれない。

 
 「・・・何故だ。俺は、俺の印をお前の身体に刻みたい。そんなにダメか。」

 「い、痛い、から・・・。」

 必死に身を捩り、嘘でも泣きそうな顔を作る。
 たっぷりしたキスを終えた真斗が強く肌を吸い上げようとするのに気付いて、咄嗟に手で押し返した。

 どうしてもつけられたくなかった。蘭丸に見られたくなかった。こんな事をさせている男に仕返しでもという気持ちは春歌は一切持てなかった。それでも蘭丸が好きだから、証拠は見られたくなかった。例え明白でも、目に見える自分の身体に真斗の証を付けられるのだけは拒みたかった。

 色々気になるとかなんだと理由があれど、結局流されてベッドに横になっている自分が虚しい。
 何だかんだで真斗をそれなりに好きでいる自分が浅ましくてうんざりする。快楽に弱い自分に嫌気が差す。

 だけど、印はつけられたくない。
 そんな事を許したら自分はそれこそ蘭丸と終わりそうな気がする。

 いや、もう終わっているのではないか。こんな状態になっている時点で。嗚呼、また堂々巡りだ。こんな時に。こんな逃げ出す事も叶わないような場所で。彼と自分の立場を考えたら、騒ぎになるような真似は例え小さくても出来ないのだ。


 「どうした。何を考えている。」

 真斗の少し低い声で現実に引き戻される。
 ぐっと、彼が体重をかけてより自分を抑え込んだのが判った。

 「あ・・・。」

 声も手も上げる前にちりっと痛みが走る。
 
 とうとう跡が付けられた。
 それが判って自分の中の何かの光が断ち切られる。

 やっぱりどうしても納得がいかない。
 どうして一番好きな男以外とこんなことをしなくてはいけないのか。あの時頷いた自分が悪いのだけれど、でもあの場で断ったら自分は一番好きな男まで失っていたのに。そもそもがあんな話が持ち上がる理由が知りたい。

 自分の世界なのに、自分が知らない所でいつから日常が狂っていたのか。この跡は、これ以上何かを引き起こすのだろうか。2度も3度も同じ痛みが走るという事は、何か所も付けられているのか同じ場所により深く刻まれているのか。

 こたえを教えてくれるのは、きっと、彼だ。
 彼に会わないと。聞かないと。

 そう決めた時、鋭い快感が自分の中を貫いた。










 To Be continued・・・








 
 







プロフィール

みるくあずき2

Author:みるくあずき2
成人。
主婦。母。妻。嫁。娘。事務員。など。

本家ブログはアメブロ
http://ameblo.jp/milk15azuki
にて、乙女ゲームレビュー(感想・攻略? 雄叫び、乙女向けCDも愛聴)を書き綴っております。

乙女ゲ歴というかゲーム歴4年。
妻となり母となって大分経ってから見つけた趣味なので、遅咲きです。
遅咲きの狂い咲きってヤツですね。

本家ブログは只今リアル絶賛多忙中の為に気紛れゆるゆる更新です。コチラは元々気の向くままに進めています。

下のカテゴリからお好みのモノを選んで頂くと、連載は1話から読めます。

感想・お世辞は大歓迎ですが、苦情は受け付けられません。
鍵付きのコメントは、拍手コメントも含め一切の誤表示を防ぐ為、お返事は致しませんが、必ず読んでおります。励みになっております。有難うゴザイマス。
拍手とかコメントとか貰えると泣いちゃうくらい嬉しいですよ・・・。

鍵付きでは無いコメントは、拍手コメントも含め必ずお返事させて頂いております。
宜しくお願い致します。

只今うたプリだと トキ春 嶺春 蘭春 音春を筆頭にカミュ春や翔春、真春、レン春もございます。R18、オールNLとなりますので宜しくお願い致します。

だけど最近プリンスよりも先輩とかヘヴンズが好きだったり・・・。

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